Vol.233-2 文化財の価値と保存・活用


公益財団法人 山梨総合研究所
研究員 大多和 健人

 「文化財」と聞いて、神社仏閣、仏像や絵画、遺跡を思い浮かべる方が多いと思うが、他にも音楽や動植物、信仰、技術など文化財には幅広い分野がある。富士山も特別名勝として文化財となっていることをご存知だったであろうか。今回は文化財の保存・活用や今後予定されている文化財保護法改正の方向性について取り上げてみる。 

1.文化財と文化財保護法

 文化庁の定義によると、文化財は「我が国の長い歴史の中で生まれ、はぐくまれ、今日まで守り伝えられてきた貴重な国民的財産」とされている。大きくは有形文化財(建物工芸品など形のあるもの)、無形文化財(音楽など形のないもの)、民俗文化財(風習や信仰などに関わるもの)、記念物(史跡名勝天然記念物)の4つに分類される。また、文化財保護法では、文化財保護を目的として、国宝、重要文化財、史跡、名勝、天然記念物等として指定、選定、登録を行い、現状変更や輸出の制限、保存修理や防災施設の設置、史跡の公有化等への補助を行っている。さらに、文化財の鑑賞機会を増やすなど、活用についても措置を講じている。
 都道府県や市町村では、文化財保護法において国指定等の文化財以外の文化財について区域内に存するもののうち重要なものに指定等を行い、その保存及び活用のため必要な措置を講ずることができるとされ、それぞれ条例を定めている。

 図1 文化財の体系図()

出典:文化庁HP(http://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/gaiyo/taikeizu_l.html

2.文化財保護の歴史

 日本の文化財保護政策は明治4年の古器旧物保存方によって始まった。時代が江戸から明治に替わり、文明開化の名の下に、西洋化(近代化)が急激に推し進められ、日本古来の伝統文化を軽視する風潮も次第に強くなった。旧来、文化財(古物旧物)を保護する役割を担っていた武家や寺院は急速に力を失って文化財を維持管理することができなくなり、多くの文化財が廃棄や売却などで失われていった。古器旧物保存方の内容としては、古器旧物を保全することの通達と、目録と所蔵人の詳細なリストの作成・提出を命じたものであった。このリストで行われた古器旧物類の分類は、現在の博物館の列品分類の原型となっている。
 その後、明治30年には現在の文化財保護制度の原型となった古社寺保存法の制定や、大正8年制定の史跡名勝天然記念物保存法、昭和4年制定の国宝保存法を経て、昭和25年制定の文化財保護法へと繋がってきている。

 3.文化財と文化財行政の現状

(1)文化財の指定等の状況

 平成2941日現在の国による文化財の指定等の状況は図2のとおりであり、指定、選定、登録、その他の全てを合わせると、その数は28,220件にのぼる。
 わが国全体の総数では、都道府県と市町村によって、指定、選定された110,771件、登録された4,623件、その他1,175件の文化財が加わることになる(平成2951日現在で、一部に重複指定あり)。
 山梨県の文化財の数は、国指定等268件、都道府県指定等が526件、市町村指定等が1,583件となっている(平成29121日現在)。うち国宝が5件(清白寺仏殿、大善寺本堂附厨子一基、絹本著色達磨図、絹本著色夏景山水図、小桜韋威鎧兜・大袖付)、特別指定の記念物が5件(富士山、御嶽昇仙峡、鳴沢熔岩樹型、ライチョウ、カモシカ)、伝統的建造物群保存地区が2地区(早川町赤沢伝統的建造物群保存地区、甲州市塩山下小田原上条伝統的建造物群保存地区)となっている。

 図2 国指定文化財等件数一覧

出典:文化庁「我が国の文化政策 平成29年度」

 

(2)文化財の保存、活用及び継承等に関する予算

 予算についてみると、文化庁では文化財の保存、活用及び継承等に関する平成29年予算として46,920百万円を計上している。この予算は3本の柱から成り立っており、それぞれの事業概要については以下のとおりである。なお、東日本大震災において被災した文化財の修復や、損壊した博物資料館の修理等の支援については、東日本大震災復興特別会計として904百万円を別途計上している。

  • 文化財総合活用・観光振興戦略プランの創設(予算額10,421百万円)

 平成283月に策定された「明日の日本を支える観光ビジョン-世界が訪れたくなる日本へ-」のなかで、「文化財の観光資源としての開花」が掲げられた。全国200拠点を目標として、文化財を中核とする観光拠点の整備と、文化財の魅力向上を通じた観光振興と地域活性化を推進する。具体的な事業としては、観光拠点優良モデル創出のための文化財整備支援、世界に向けた情報発信への支援、外国人旅行者のニーズ把握や解説などの多言語化の支援などがある。新規事業の多さや、予算関連資料における事業の記載順からも、文化庁が重要視していることがうかがえる。

  • 文化財の適切な修理等による継承・活用等(予算額32,248百万円)

 国宝や重要文化財、史跡などを積極的に活用しながら次世代に継承するために修理や整備、防災、防犯に対する支援を行うもので、学術的な調査や史跡等の買上げ(公有化)などの事業もここに含まれる。

  • 文化財の公開活用、伝承者養成、鑑賞機会の充実等(予算額4,251百万円)

 文化財の公開や鑑賞の機会の提供と、無形文化財等の伝承者養成、わざの錬磨等に対する補助を行うもの。文化財所有者への防災・防犯に関する研修や、記録資料のデジタル化、文化財の補修用原材料確保のための需要予測、アイヌ文化振興、美術館・博物館の企画展の支援、保存管理の措置をとる必要がある国宝重要文化財の買上げ(公有化)などがこれにあたる。

(3)世界の中の日本

 世界に目を向けると、「諸外国の文化政策に関する調査研究報告書」(株式会社野村総合研究所)において、平成24年度(2012年度)の文化予算額の国際比較を行っており、図3・4のとおり、日本は予算額、国家予算に占める割合のいずれも7カ国中6番目となっている。このデータは、各国において分類や集計に違いが見られるため、文化財に関する部分のみではなく、現代美術やメディアなども含めた広義での文化予算の比較ではあるが、各国が文化関連施策をどの程度重視しているのか推し量るには十分であろう。

 図3 各国の文化予算額の比較(平成24年度)  (単位:億円)

出典:平成24年度文化庁委託事業「諸外国の文化政策に関する調査研究報告書」
(株式会社野村総合研究所)

 

図4 各国の文化予算が国家予算に占める割合の比較(平成24年度)

出典:平成24年度文化庁委託事業「諸外国の文化政策に関する調査研究報告書」
(株式会社野村総合研究所) 

(4)山梨県民の意識

 平成24年度に県が実施した県民意識調査のなかで文化・スポーツ・生涯学習の分野で行政に求めることを質問した結果が図5である。この調査は、県民の成人2,000人を無作為抽出して行ったものであるが、「文化財の保存・活用」で25.6%、「郷土の歴史や文化を自ら学べる機会(講演会、講座、学級、教育など)の充実」で25.1%の県民がさらなる注力を求めていることがわかった。なお、平成20年度に実施された同調査において、「文化財の保存・活用」の回答は12.9%であった。

 図5 県民意識調査(平成24年度)における文化行政に関する要望

※設問は、10種類の項目のうち「最大で3種類」を選択できるとしている
出典:平成24年度実施県民意識調査報告書

4.今後予定されている法改正の方向性について

 平成 29 5 19 日に文部科学大臣は文化審議会文化財分科会に対し、文化財の確実な継承に向け、未来に先んじて必要な施策を講じるための文化財保護制度の在り方について包括的な検討を求める諮問を行った。文化庁は平成30年の法改正を目指しており、以下は文化審議会文化財分科会企画調査会(以下、調査会という)の中間まとめを要約したものである。

(1)背景と方向性

 過疎化や少子高齢化の進行により地域の衰退が懸念されており、未指定を含めた文化財は、開発や災害だけでなく、文化財を継承する担い手の不在による散逸・消滅の危機にも直面している。このため、これまで価値づけが明確でなかった未指定の文化財を対象に含めた取組の充実と、文化財継承の担い手を確保し社会全体で支えていく体制づくり等が求められている。

(2)文化財の継承のための方策

 文化財やその所有者に最も身近な行政主体である市町村のレベルで、地域住民や団体と緊密に連携しながら消滅の危機にある文化財を掘り起こし、地域一体で計画的に保存・活用に取り組んでいくことが極めて重要である。

  • 市町村による基本計画の策定推進
  • 民間の活動推進、協働体制の構築と制度化の検討
  • 保存活用計画の作成促進
  • 所有者負担の軽減と支援者の育成
  • 関係機関からの相談を一元的に受ける国の窓口・センター機能の整備

 (3)その他の施策

  • 地方公共団体への専門的職員の配置促進と首長部局の文化財保護に関する裁量向上
  • 国際交流や訪日外国人旅行者への対応
  • 文化財の魅力の発信強化

  調査会の中間まとめについては、文化財の保存と活用は、文化財の次世代への継承という目的を達成するための手段であることが強く押し出された形となっており、文化財の保存に悪影響を及ぼす活用については強く否定している。また、史跡における復元建物については、「史跡の本質的な価値を構成するものではない」としながらも、広告塔としての役割は評価しており、昨今話題になっているRC造天守などの問題も含め、今後の復元建物の在り方について調査検討を求めている点も特徴的である。
 なお、第2次答申に向けて、文化財を守る技術者・技能者の人材育成と確保、原材料の確保、大規模災害発生時の文化財レスキュー活動などについて検討に着手するとしている。

5.まとめ

 このレポートでは文化財の概要と保存・活用、平成30年に予定されている文化財保護法改正の方向性について取り上げた。
 日本の文化財行政は、旧来から課題とされていた、予算確保、人材育成、原材料確保などに加えて、インバウンドやツーリズムといった「新しい形の観光」に対し、どう向き合うか問われている。観光コンテンツとして観光客目線での理解促進と活用を目指す文化庁と、文化財の保存・継承に重きを置き、観光ありきの活用に警鐘を鳴らす文化審議会文化財分科会という構図が透けて見える。どちらへ舵を切るべきか、みなさんにも是非ご一考いただければ幸いである。

6.最後に(私見として)

文化財とは、地域の文化を構成するピースであり
文化財の「調査・研究」とは、先人の文化、想い、技術を「思い出す」こと
文化財の「保存」とは、先人の文化、想い、技術を「記憶」すること
文化財の「活用」とは、先人の文化、想い、技術を多くの人と「共有」すること

 このように私は考えている。言い換えれば、調査・研究がなされなければ「ただのモノ(古物旧物)」であり、歴史・文化的な背景が明らかになり、それが人々に共有されることで文化財としての価値を持つに至るということである。
 文化庁は共有のありかたとして、対象範囲を「世界」に、共有方法を「観光」にすることを打ち出している。しかし、地域内で文化的価値観の共有と醸成ができていなければ、何を整備しても、どこかの国の町並みを模倣しただけのテーマパークと何ら変わらないのではないだろうか。長年にわたり積み重ねられた文化の厚みと、その文化への理解と畏敬の念を持った地域住民のホスピタリティーがあってこそ、多くの人を惹きつけ、何度も足を運んでもらえる「魅力ある地域」になると私は考えている。