“走り”のキャラに路線変更 これで「ヴェルファイア」は安泰か?
2023.07.19 デイリーコラムアルファードの27分の1に
超絶ヒットとなっているトヨタの「アルファード」と「ヴェルファイア」の新型。この先1年後までの生産枠は受注開始日に埋まり、仕様によっては納車が3年後になりそうなのだとか(7月18日時点でトヨタ公式ウェブサイトの工場出荷時期めど情報は「詳しくは販売店にお問い合わせください」となっている)。スーパーカーかよ!(笑)
いずれにせよ、アルファード/ヴェルファイアのフルモデルチェンジは大成功だったようだ。というよりも、揺るぎない両車の高い人気が今回のフルモデルチェンジで証明されたといったほうがふさわしいのかもしれない。
そんななか、ヴェルファイアが新型でもしっかり用意されたことに安堵(あんど)している人もいるのではないだろうか。
なぜなら、一時期は「ヴェルファイアは廃止」なんていううわさが飛び交っていたからだ。実は、そのうわさの背景にはヴェルファイアを取り巻く2つの事情がある。
ひとつは、ここ3年ほどでヴェルファイアの販売台数が極端に落ちたことだ。
2019年通年の車名別登録台数を見ると、アルファードの6万8705台に対し、ヴェルファイアは3万6505台を計上していた。しかし2022年はアルファード6万0225台に対して、ヴェルファイアはたったの2247台。わずか27分の1である。そんなにも違うの? と思わず二度見してしまったのはここだけのナイショの話だ。
コロナ禍による生産調整があるにしても、この数字を見ると「新型がない」と言われても異論を挟む余地はないだろう。
もうひとつは、トヨタのラインナップの戦略。ここ3年ほどで、「ルーミー」の兄弟車である「タンク」、「ハイエース」の兄弟車「レジアスエース」、そして「プロボックス」の兄弟車「サクシード」など、トヨタの兄弟車がひっそりと消えているのだ。
「ヴォクシー」はなぜ残ったか?
聡明(そうめい)な読者諸兄ならお気づきだろう。その2つの事情には、共通の理由が存在する。2020年5月に始まった「全販売店全車種併売化」だ。
トヨタはこれまで「トヨタ店」「トヨペット店」「カローラ店」「ネッツ店」と複数の販売チャンネルを持っていて、「プリウス」や「アクア」など全チャンネルで売っている車種のほか、販売店専売車種を用意していた。例えばアルファードが欲しければトヨペット店に行くしかなかったのだ。しかしそれらの垣根が一気に取り払われ、どのお店に行っても同じ車種を買えるようになった結果、兄弟車が不要なケースが多くなり、またアルファードとヴェルファイアが同じ店で選べるようになり、販売台数に大きな差がついてしまったのである(どうやらみんなアルファードのほうが好きらしい)。
そんな状況に鑑みると、今回のフルモデルチェンジでヴェルファイアがなくなってもおかしくはなかった。だがしかし、ヴェルファイアは新型でもしっかり残されたのである。
実は、兄弟車をなくす方向のトヨタながら、フルモデルチェンジでも兄弟車が残された例がある。それは「ノア」の兄弟車である「ヴォクシー」だ。トヨタが全販売店全車種併売化に踏み切ってから、フルモデルチェンジを経ても兄弟車が残された初めての新型車となった。
ヴォクシーはアルファードに対するヴェルファイアのような位置づけ。もともとネッツ店用に設定されたもので、エクステリアデザインで差別化するいっぽう、これまでグレード構成や価格はノアとまったく同じだった。
しかし、フルモデルチェンジで起きた最大の変化は、両車の関係が変わったことだ。ヴォクシーはノアとはグレード構成を変えたほか、価格帯も高くして、これまで「並列」だった関係を「直列」としたのだ。
その位置づけは「ノアよりもさらに個性的とした、チャレンジングなモデル」。開発者によると「ノアのエアロ仕様グレードを“従来のヴォクシー”のポジションにしたうえで、新型ヴォクシーはさらにデザインを攻めた提案型のモデルという位置づけ」なのだそうだ。ヴォクシーの登場以来初めて、ノアとの間に上下関係ができたのである。
現代の「クラウンアスリート」
実は、新型ヴェルファイアも考え方は同様。グレード構成と価格をアルファードとそろえるのではなく、アルファードとは異なる展開としたのである。しかも、中身を見るとその差異化はノアに対するヴォクシー以上。ハイブリッドは共通だが、なんとガソリン車は自然吸気2.5リッターのアルファードに対してヴェルファイアはよりパワフルなターボ付き2.4リッターとパワートレイン(ノアとヴォクシーは共通)が違うのだから驚くしかない。ヴェルファイアはボディーにも補強が施され、アルファードに対して走りのレベルも引き上げられているという。
トヨタいわく「(ヴェルファイアには)デザイン面にとどまらず走りの面でも新型にふさわしい個性を付与しました」とのこと。ガソリン車の価格(福祉車両除く)はアルファードが540万円から(現在は中間グレードだけの設定で追ってベーシックグレードなども追加される)、対してヴェルファイアは655万円からと、そこでも大きく差がつけられているのだ。
というわけで、今回のフルモデルチェンジにおけるアルファードとヴェルファイアの関係性の変化をヒトコトで言うと「横から縦へ」だ。その差異化はパワートレインにまで及ぶのだから恐れ入る。
そして今回のコラムを書くにあたって編集部から言い渡されたテーマは「“走り”のキャラに路線変更 これでヴェルファイアは安泰か?」なのだが、答えはもちろん「YES」である。ターゲットユーザーは従来よりも狭まったが、そのぶん個性が際立つようになったので存在感は高く、かつてのようにアルファードに匹敵する販売数は見込めないにしても存在としては安泰で間違いない。
国産高級車市場で最も売れているポジションに君臨する昨今のアルファード/ヴェルファイアはこれまでの「クラウン」のような立場だが、新型ヴェルファイアはいうなればかつての「クラウンアスリート」といっていいだろう。
(文=工藤貴宏/写真=トヨタ自動車/編集=藤沢 勝)
工藤 貴宏
物心ついた頃からクルマ好きとなり、小学生の頃には自動車雑誌を読み始め、大学在学中に自動車雑誌編集部でアルバイトを開始。その後、バイト先の編集部に就職したのち編集プロダクションを経て、気が付けばフリーランスの自動車ライターに。別の言い方をすればプロのクルマ好きってとこでしょうか。現在の所有車両は「スズキ・ソリオ」「マツダCX-60」、そして「ホンダS660」。実用車からスポーツカーまで幅広く大好きです。