ベンゼン環エステル 触媒で異性化する

ベンゼン環のエステルを触媒の力で異性化する

世界初・エステルダンス反応の開発 独自の金属触媒で実現

発表のポイント

独自の金属触媒により 世界初のエステルダンス反応に成功

医薬品や機能性分子を含む様々な芳香族エステルの新奇合成を実現

クロスカップリング反応と組み合せると様々な置換芳香族化合物を合成可能

早稲田大学理工学術院の山口潤一郎(やまぐちじゅんいちろう)教授らの研究グループは、独自で開発した脱一酸化炭素金属触媒を用いて、芳香族エステル(※1)のエステル部位を芳香環上で異性化させる「エステルダンス反応」の開発に世界で初めて成功しました。

芳香族化合物は芳香環上に2つ以上の置換基をもつ場合、構造異性体(※2)が存在します。それぞれの構造異性体は物性も用途も異なるため、それらを作り分けることが必要となります。芳香族化合物の異性化反応が工業的手法として知られていますが、非常に過酷な条件が必要であり、官能基(※3)を有する芳香族化合物には適用不可能でした。

今回、研究チームはエステル部位を有する芳香族化合物(芳香族エステル)の異性化反応の開発を試みました。その結果独自のパラジウム触媒を用いることで、触媒的に芳香族エステルのエステルを異性化させる、「エステルダンス反応」の開発に世界で初めて成功しました。医薬品や機能性分子を含む30種類以上の芳香族エステルでエステルダンス反応が効率よく進行します。本反応を用いることで、従来法では合成が困難であった高価な芳香族エステルも簡便に合成することも可能です。エステルは様々な化合物に誘導できる万能官能基であり、例えばクロスカップリング反応(脱エステル型カップリング反応)と組み合わせると様々な芳香族化合物の新たな合成手法となります。

本研究成果は、アメリカ科学振興協会誌『Science Advances』に2020年7月8日(米国東部標準時:夏時間EDT)に掲載されました。

論文名:Ester Dance Reaction on the Aromatic Ring(芳香環上のエステルダンス反応)

(1)これまでの研究で分かっていたこと

芳香族化合物は芳香環上に2つ以上の置換基をもつ場合、構造異性体が存在します。例えば、置換基としてメチル基(CH3-)を芳香環上に2つもつ化合物は、その位置によってo(オルト)-キシレン、m(メタ)-キシレン、p(パラ)-キシレンと3つ存在します。各々の構造異性体は化学的・物理的性質が異なるため、それらを純粋な化合物として用いるためには作り分ける(もしくは分離する)ことが必要となります。それらの合成法として、構造異性体の異性化反応が工業的に使われています。しかし、非常に過酷な条件が必要かつ、たくさんの構造異性体や置換基が転位した生成物を与えるため、位置選択的に単一の化合物を得ることは困難です。さらに、反応性の高い官能基をもつ芳香族化合物には異性化反応は適用不可能でした。

(2) 今回の研究で新たに実現しようとしたこと

早稲田大学の研究グループ(松下薫博士、瀧瀬瞭介博士、武藤慶講師、山口潤一郎教授)は、官能基をもつ芳香族化合物として、多くの化学原料として使われる芳香族エステルを選定し、官能基であるエステルを異性化させる触媒反応の開発に成功しました。

(3)そのために新しく開発した手法

研究グループは芳香族エステルのエステルを活性化できる触媒を開発しており、様々な芳香族エステルの新奇変換方法を開発しています。その反応開発の過程で、思いがけずエステルの異性化反応(1,2-転位)を発見しました。最適化の結果、塩化パラジウムと研究グループが独自に開発したdcyptという配位子(※4)を触媒として、炭酸カリウムを加え、m-キシレン中で150℃、24時間加熱すると効率よく反応が進行することを見いだしました。すべてのパラメーターが重要で、研究グループらは通常エステルの活性化触媒の遷移金属としてニッケルを用いていましたが、ニッケルでは反応は進行せず、パラジウムを使う必要があります。配位子も、類似した構造は効果がありますが、dcyptが最も効果が高い配位子です。炭酸カリウムもその量も重要であり、反応温度も細かい最適化がなされました。研究チームはエステルがダンスするように芳香環上を動くため、この新規反応を「エステルダンス反応」と名付けました。

(4)今回の研究で得られた結果及び知見

今回の研究により、医薬品や機能性分子を含めた30種類以上の芳香族エステルにおいてエステルダンス反応が効率よく進行することがわかりました。また、本反応を用いることで、従来の手法では合成することが難しかった芳香族エステルの迅速合成にも成功しています。例えば、医薬品プロベネシドをエステル化した化合物に同反応を行うことで、C4位からC3位に移すことができます。また安価なエステルから同反応により高価なエステルを合成可能です。本反応によって得られる生成物も芳香族エステルであり、万能官能基であるエステルをもっています。そこで、近年勢力的に研究されている芳香族エステルと種々の求核剤(※5)(Nu)をカップリング剤とした「脱カルボニル型カップリング」とエステルダンスを組み合わせた逐次反応を開発し、様々な芳香族化合物の新たな合成手法を提供することができました。さらに、一部の芳香族エステルにおいて、エステルダンス反応を連続して進行させてエステルを1,3-転位させることにも成功しました。

(5)研究の波及効果や社会的影響

今回開発した「エステルダンス反応」は芳香族エステルを用いた新たな触媒的異性化反応です。芳香族エステルは有機合成化学で頻用される基本構造の一つであるため、医農薬の開発研究や工業プロセスに新たな手法を提供することができます。

エステルがそのままとなりの炭素に移動するというユニークながら大変シンプルな手法であるため、特別な知識を有する化学者以外でも直截的に理解でき、誰もが利用できる合成ツールになり得る可能性があります。

(6)今後の課題

新形式の反応であるため適用可能な化合物が芳香族エステルに限られていること、反応は通常の芳香族化合物の異性化反応に比べると温和ですが、いまだ高温(150℃)を必要とすることが今後の課題です。反応はまだ発見されたばかりであるため、今後、様々な芳香族化合物への適用拡大検討やより高活性な金属触媒の探索を通じて、これらの課題を克服したいと考えています。

(7)用語解説

1 芳香族エステル:ベンゼン環にエステル(COOR)がついたもの。安価な安息香酸誘導体やサリチル酸などから誘導できるため、容易に入手可能。香りのある化合物が多い。

※2 異性化反応:置換基を別の結合部位(炭素など)に移す反応のこと。

※3  官能基:有機化合物で反応が進行しやすい部位。

※4 配位子:金属触媒の性質を変化させることができる部位。この精密な設計により、触媒効率や反応性を劇的に変化させることができる。

※5 求核剤:電子が不足している化学種(求電子剤)と反応し電子を受け渡すことで化学結合を形成する化学種。

(8)論文情報

掲載雑誌:Science Advances(サイエンス・アドバンシス)
論文名:Ester Dance Reaction on the Aromatic Ring(芳香環上のエステルダンス反応)
著者:Kaoru Matsushita, Ryosuke Takise, Kei Muto, and Junichiro Yamaguchi(松下薫、瀧瀬瞭介、武藤慶山口潤一郎
論文公開日:2020年7月8日 (米国東部標準時:夏時間EDT)
DOI: 10.1126/sciadv.aba7614
掲載URL: https://doi.org/10.1126/sciadv.aba7614

(9)研究助成

研究費名:科学研究費 基盤研究(B)
研究課題名:脱カルボニル型変換反応の非線形展開:転位・脱酸素・メタセシス
研究究代表者名(所属機関名):山口潤一郎(早稲田大学)

研究費名:科学研究費 新学術領域研究
研究課題名:芳香族化合物の触媒的官能基転位反応の開発
研究究代表者名(所属機関名):山口潤一郎(早稲田大学)

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