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「平和をどう守る?」教えて! 多湖教授(前編)

社会問題ってなんだか敷居が高い…そう思う早大生も多いかもしれません。新コーナー「教えて! わせだ論客」では、社会が抱える特定の問題に着目し、4人の教員からそれをひもとくヒントを教えてもらいます。

2023年度のテーマは「平和をどう守る?」。ロシアによるウクライナ侵攻などで世界情勢が不安定になる中で、あらためて平和とは何かを考えます。2人目のゲストは国際政治現象を科学的に論じる、多湖淳教授(政治経済学術院)です。前編では、テーマへの回答と今学生ができることについて、お話いただきました。

多湖先生、平和ってどのように守れるのですか?

戦争のコスト認識を高めることのほか、戦争の原因である「価値の不可分性」、「情報の非対称性」、「コミットメント問題」を作らない状態を維持することです。具体的には、領土を分割不可能だと考えないこと、国家の意図や軍事力などを巡る情報の透明性を高めること、国家間で互いに相手を信用できるような関係性を作っていくことです。

 

平和とは「戦争のない状態」、「交渉が成立している状態」

世界情勢が不安定になっているのを感じる学生も多いはず。多湖先生は「平和をどう守るか」という問いに対し、どうお答えになりますか?

それを考えるにあたって、まず、「平和とは何か」について考えましょう。一つのあり方は「戦争のない状態」です。朝鮮半島の休戦協定のように、戦争をしていなくても積極的な意味での平和ではない状態はありますが、狭義の定義ではこうなります。もう一つは2国間の「交渉が成立している状態」です。なぜならば戦争は交渉の失敗によって引き起こされるからです。戦争は非常にコストのかかる割に合わない行為なので、できれば、2国間の紛争は戦争にならないように交渉で解決したい。しかし、交渉が失敗し、一方が大きなコストをかけてでも武力行使すると決断したとき、戦争は始まります。

ちなみに、戦争とは戦闘員が年間1,000人以上継続的に戦死するような国家間の紛争と定義されます。この定義にあてはめると、例えば大量殺りくは、強い国家や組織が弱い相手を一方的に虐殺するような状況のため、戦争ではありません。現在のミャンマー軍事政権下の状況は、仮に反政府勢力の組織化が進まずに軍隊が民主化勢力を圧倒し続ければ、これに該当することになるかもしれません。

そもそも戦争はどのような原因で始まるのでしょうか?

これはスタンフォード大学のジェームズ・フィアロン教授が提唱した「合理的戦争原因論」で説明するのが妥当です。原因は少なくとも三つあります。それは、①価値の不可分性、②情報の非対称性、③コミットメント問題です。一つずつ説明しましょう。

まず、①の「価値の不可分性」は、「固有の領土」など分割できないものを巡る争いが該当します。例えば、隣り合う2国が同じ土地をそれぞれの宗教的な“聖地”として捉える場合、その土地を分けることができない以上、どちらがその土地を保持するかを巡る争いは、交渉ではなく戦争による解決しかないという結論になりやすいです。

次に、②の「情報の非対称性」。これは、紛争の当事者2国間において、相手の情報が不透明な状況を指します。一方の軍事力が圧倒的に高いことが明確である場合、基本的に戦争は起きません。相手の軍事力や意図が分からないとき、戦争は起こるのです。

そして、③の「コミットメント問題」は、“約束問題”と訳してもいいでしょう。紛争の当事者2国間において、相手の約束を信用できない状況になると戦争は起きやすくなります。国内社会と異なり、中央政府がないのが国際社会です。国家間の約束を担保する役割として、国連などの国際機関が機能します。例えば、戦争中のロシアとウクライナの関係であっても、トルコと国連が間に入り、ウクライナの穀物輸出を妨害しないという「黒海穀物イニシアチブ」が合意されていて、約束の担保は国際協力の余地を残します。よって、戦争をしなくて済む国際約束の担保を提供する意味で、国連といった第三者にできることはまだあると思います。

2022年7月、「黒海穀物イニシアチブ」の署名式で文書を交換するロシアとトルコの代表。国連のグレテス事務総長(前列左)とトルコのエルドアン大統領(前列右)も出席(写真提供:共同通信社)

では、改めて「平和をどう守るか」について、教えてください。

論理的に考えると、戦争のコスト認識を高めることの他、今述べた「合理的戦争原因論」の三つの原因をつくらない状態を維持することで実現できます。

例えば、「価値の不可分性」を考える場合、まず、各国が領土を巡って今持っていないものを求めない、現状維持(ステータス・クオ)原則を順守する姿勢が欠かせないと思います。また、そもそも地球上に「固有の領土」などない、領土は場合によっては共有できるという考えが一般的になれば、戦争は回避できるはずです。

「情報の非対称性」に関してもメディアが機能している民主主義国家であれば、情報の透明性が高く、戦争を回避できる可能性は高まります。民主主義国家だから戦争をしないという結論には必ずしもなりませんが、現在、紛争問題を抱える国々に民主的ではない独裁政権が多いのは偶然ではないでしょう。

「コミットメント問題」については、各国が約束を守り、信頼できる国家であるならば、コミットメント問題型の戦争に巻き込まれる可能性は相対的に低いと考えていいでしょう。そのため、各国が国際ルールを積極的に順守し、国際的な信用を獲得していくことが重要になります。

「ネガティビティ・バイアス」に流されず冷静になること、さまざまな国の人々と個人的な人間関係を築くこと

学生の立場で平和を守るために具体的にできることはありますか?

昨今の米中問題を考えてみましょう。米国も中国も経済面では相互に相手を必要とする分野も多く、戦争をするメリットは大きくないと考えるのが妥当です。それなのに、対立をあおるような報道をメディアが発信しがちです。これは「ネガティビティ・バイアス」といって、ネガティブな情報の方が人々の目を引く傾向があるからです。こうしたメディアやSNSの「ネガティビティ・バイアス」に流されないよう、冷静になることです。

本来、どの国も良きパートナーとして、時に競争しながらも協力して地球の環境を良くしていくべきなのは間違いありません。米ソ冷戦が不毛なまま終わった歴史を振り返れば、各国が国際的に協力した方が、世界が良くなるのはすぐに分かります。例えば、1990年代の米ソ冷戦終焉(しゅうえん)後の平和の配当によって、各国の防衛費は大幅に下がりました。

また、不必要な対立を少なくする役割を担うように努力することも重要です。早稲田大学には、中国、韓国、米国、ロシアなど世界各国からの留学生が集まっています。まずは、恐れる前に話をして、相手を知ることが重要です。相手の言語や文化、歴史を知れば、どのような思考の人々なのか理解できるでしょう。国家や政府という枠組みなど気にせず、さまざまな国の人々と個人的な人間関係を築くなかで、見えてくることはあるのではないでしょうか。

まずは、自分の価値観だけで世界情勢を見るのは危険ですし、浅はかなことだと意識してほしいです。当事者の論理をしっかり理解した上で、平和を守るために自分に何ができるか考えてみてほしいと思います。

インタビュー後編(7月14日公開予定)では、先生のご専門や現在行っている研究内容、早大生へのメッセージをお届けします。乞うご期待!

多湖 淳(たご・あつし)

政治経済学術院教授。博士(学術)東京大学。専門分野は国際政治学。主たる関心は米国外交、同盟・有志連合、計量手法で、国際政治現象を巡る計量分析、特に近年は量的テキスト分析やサーベイ実験の手法を用いて活動している。
公式サイト:https://a-tago.github.io/

取材・文:丸茂 健一
撮影:深堀 雄介
画像デザイン: 内田 涼

▼後編はこちら!

「平和をどう守る?」教えて! 多湖教授(後編)

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