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あなた持ってるそのダイヤ、輝きは本物?

倫理的に作られたプロダクトに対するニーズの高まりとともに、合成ダイヤモンド=ラボグロウン・ダイヤモンド市場が「天然」を凌ぐ勢いで急成長中だ。キラキラと輝く「愛の証」をめぐるムーブメントの最前線を追った。
CVD(化学蒸着)成長法と呼ばれる合成方法によって作られた、ラボグロウン・ダイヤモンド。いわば合成ダイヤモンドの「素」といえる黄色の種結晶に、無色のダイヤモンドが成長している様子。Photo: © GIA

言ってみれば、ダイヤモンドはさまざまな圧力や思惑のもとで、うまく立ち回った石炭の塊だ。しかし、その圧力がどこでどんなふうにかかったのかが、ファインジュエリー業界を真っ二つに分断する議論の論点となっている。

ここ5年間の技術の急激の進歩によって、業界は「ラボグロウン・ダイヤモンド(Lab Grown Diamonds)」の躍進を目の当たりにしてきた。ラボグロウン・ダイヤモンドは、その名の通り、工場で人工的につくられたダイヤモンドだが、化学組成も見た目も天然ダイヤモンドとまったく同じだ。天然のものに対し、たった数カ月で合成できてしまうという利点がある。プロダクトの倫理性に敏感な世代がダイヤモンドを購入する年齢に差しかかるいま、この宝石は、もっと環境に優しくサスティナブルな方法で生産されるべきだと主張する人は多い。

アメリカ連邦取引委員会が「本物」と認定!

どちらが天然ダイヤモンドで、どちらがラボグロウン・ダイヤモンドか、あなたは見分けがつくだろうか? 答えは、左が天然、右が合成。Photo: Kevin Schumacher © GIA

合成宝石の歴史は意外と長く、その始まりは19世紀にまで遡る。しかし、まともな大きさのダイヤモンドとなると、話は別だ。人工のルビーやサファイア、エメラルドはすでに珍しくなくなったが、それでも、「希少でラグジュアリーでユニーク」という威信を保ち続けている。

「(ラボ)グロウン・ダイヤモンド」の価格は、天然ダイヤモンドに比べると30〜40パーセントほど安い。合成方法が一般化するにつれ、価格の差はさらに広がり、天然ダイヤモンドは競争力を失い続けることになる(ダイヤモンド生産者組合であるDPAは、『(ラボ)グロウン・ダイヤモンド』という名称は誤解を生むと抗議してきた。決着がついたのは2018年7月。アメリカ連邦取引委員会から、合成ダイヤモンドも「本物の」ダイヤモンドとして宣伝していいと認められたのだ)。

それにしても、いったいどうやってダイヤモンドを「育てる」のだろう?

方法は2つある。ひとつは、炭素に高温高圧をかけるHPHT方法。もうひとつは、3Dプリンティングのように、真空チャンバー内で結晶の薄膜を積層させるCVD方法だ。

ここで覚えておくべきは、どちらの方法も莫大なエネルギーを必要とし、とてもエコフレンドリーとは言えないということだ。とはいえ技術の精度はかなり高く、専門家も特別な機械を使わない限り、天然と合成の区別がつけられないほどだという。消費者たちは、人工のダイヤモンドが正真正銘の「ダイヤモンド」ではなく、天然物に比べると価値が落ちるということを知っている。それでも、この人工ダイヤモンドは大きさのわりに安価で、何よりも「罪悪感のない投資である」という点で、人々を惹きつけているのだ。

シリコンバレーも注目する「工場育ち」の宝石。

HPHT方法で作られたラボグロウン・ダイヤモンド。約1mmほどの大きさ。Photo: © GIA

「若者の多くは、この種のダイヤモンドに高い興味を示しています。映画『ブラッド・ダイヤモンド』を通じて、ダイヤモンド採掘の負の側面を知ったからです」

こう語るのは、シリコンバレー拠点の大手ダイヤモンド製造会社「Diamond Foundry」に投資した数多くの大富豪のひとり、ジーン・ピゴッツィ(Jean Pigozzi)だ。同社の投資家にはレオナルド・ディカプリオをはじめ、FacebookやTwitterの共同創業者、eBayの創業者兼CEOが名を連ねていることからも、そのポテンシャルの高さをうかがい知ることができるだろう。

消費者たちは倫理的な問題だけでなく、ダイヤモンド採掘が環境に与える悪影響についても敏感だ。Diamond Foundryは、「世界にポジティブな影響を」という同社の精神を積極的にアピールしている。同社がダイヤモンドの生産に使っているのは、水力発電式のプラズマリアクターだ。CEOのマーティン・ロッシュアイゼンは、こうアピールする。

「現在のところ、我が社は世界で唯一『カーボンニュートラル』の認証を受けたダイヤモンド製造会社です。人間の活動のなかで、自然に最も大きな爪痕を残すのが採掘です。ダイヤモンド1カラットを採掘するために250トンの土が掘り返されます。それに伴い、2,011オンスの大気汚染物質が放出され、143ポンド(64.8kg)の二酸化炭素が排出されるのです」

生き残りをかけた老舗ジュエラーの挑戦。

こちらもCVD法によって約2mmに成長したラボグロウン・ダイヤモンド。Photo: © GIA

もちろん、いちばん環境に優しいのは新品のダイヤモンドを一切買わないことだ。ブティックやオークションには、セカンドハンドのダイヤモンドが多数出回っているし、セカンドハンドジュエリーの修復やリデザインを行う宝石店も多い。

しかし、大手ジュエラーにとって、合成ダイヤモンドへのシフトは難しい問題だ。老舗ブランドのデビアス(DE BEERS)を例にとってみよう。「ダイヤモンドは永遠の輝き」というキャッチコピーを生んだ同社は、合成ダイヤモンドへの抵抗感を示し、ダイヤモンドの「希少で永遠の輝きを放つ、婚約指輪の唯一無二の選択肢」というイメージを守ろうとしてきた。しかし2018年5月、同社はラボグロウン・ダイヤモンドに特化した新会社「Lightbox」を設立し、9400万ドル(約106億円)を投じて、アメリカ・オレゴン州に生産拠点も新設した。Lightboxは、2020年までに人工ダイヤモンド50万カラットの生産を目標としている。

Lightboxのアプローチは明確だ。若い顧客をターゲットとする同社は、デビアスが行う婚約指輪のエモーショナルな宣伝とは打って変わって、カジュアルでファッショントレンドを意識したキャンペーンを発信している。価格は、1カラット当たり800ドル(約9万円)から4,000ドル(約45万円)。ちなみに、天然ダイヤモンドの相場は、1カラット当たり8,000ドル(約90万円)ほどだ。Lightboxで最高マーケティング責任者を務めるサリー・モリソンは言う。

「わたしたちは、合成ダイヤモンドのありのままを伝え、重さによって価格を決定しています。天然ダイヤモンドは、その希少性に応じて価格が変動するのですが、ラボグロウン・ダイヤモンドでは、その必要がないのです」

合成と天然は共存可能か?

アトリエ・スワロフスキー・バイ・ステファン・ウェブスターのブレスレット。

モリソンいわく、同社最大の競合はスワロフスキー(SWAROVSKI)などのコスチュームジュエリー・ブランドだ。

Lightboxの設立によって、デビアスは市場を二分することに懸けている。一方は、天然ダイヤモンドを使った婚約指輪を筆頭とするラグジュアリー市場。もうひとつは、ミレニアル世代を狙った人工ファッションジュエリー市場だ。

新旧のジュエリーブランドにとって、ラボグロウン・ダイヤモンドは未知のカテゴリーだが、ロンドン有数のジュエリーデザイナーであるステファン・ウェブスターは、そこに少なからず興味を示しているようだ。

自身のレーベルでは天然ダイヤモンドを扱っているウェブスターだが、アトリエ・スワロフスキー(ATELIER SWAROVSKI)とつくったフェアトレードラインでは、14カラットのリサイクルゴールドやローズクォーツと共に、ラボグロウン・ダイヤモンド(スワロフスキーは、「クリエイテッド・ダイヤモンド(Created Diamonds)」と呼んでいる)を使っている。ウェブスターは言う。

スワロフスキーからこのプロジェクトのオファーをもらっとき、これまでとはまったく違うことを始めることになるのだろうという予感はありました。このフェアトレードコレクションでは、意図的に小さなストーンを使っています。作品に、キラキラとした煌びやかさを加えるためです。トレンド性の高いファッションジュエリーにおいて大切なのは、デザインであり、個々のストーンの価値はそれほど重要ではないのです」

変わりゆく価値観。

Photo: スワロフスキーによる合成のクリエイテッド・ダイヤモンド。

合成ダイヤモンドは、ファインジュエリーにとっての民主的なプラットフォームになるだろうと、ウェブスターは考えている。そう、ハイエンドブランドがセカンドラインを設立したり、ハイストリートブランドとコラボレーションするのと同じように。スワロフスキーの理事を務めるナジャ・スワロフスキーも、それに賛同する。

「ダイヤモンドは、希少で貴重なものだと信じられていますが、それも世代的な価値観なのかもしれません。母がクリエイテッド・ダイヤモンドを買うことは絶対にあり得ませんが、娘たちは、クリエイテッド以外は買わなくなるでしょう」

長年クリスタルを扱ってきたスワロフスキーにとって、クリエイテッド・ダイヤモンドは、ファインジュエリー市場参入への第一歩だ。ナジャは、倫理的に取り引きされたものであれば、天然ダイヤモンドの取扱も視野に入れていることを明かした。

「ファインジュエリー市場への参入に、心からわくわくしています。でも、なぜファインジュエリーブランドはクリエイテッド・ダイヤモンドを受け入れようとしないのか。私には、まったく理解できません」

アトリエ・スワロフスキーによる、クリエイテッド・ダイヤモンドとクリスタル、フェアトレード・ゴールドでできた、エシカルなイヤリングを着けたペネロペ・クルス。Photo: Lewis Mirrett

ジュエリーブランドのコミュニティー、そしてラグジュアリーブランドの消費者たちにとって、合成ダイヤモンドと天然ダイヤモンドは別物なのだ。現在、全世界におけるダイアモンドジュエリーの売上の3分の1近くを占めるのは、婚約指輪だ。消費者たちが、大事な婚約指輪に合成ダイヤモンドを使おうと思うかどうかは、大きく議論の分かれるところだ。

少なくともデビアスは、合成ダイヤモンドの婚約指輪などあり得ないと考えているようだ。しかし、市場調査会社のMVIが行った調査によると、ラボグロウン・ダイヤモンド製の婚約指輪を買いたいと考える消費者の割合は、2016年の55%から2018年の70%に増えているという。

Diamond Foundryのロッシュアイゼンは、「産業の成長速度を考えると、2030年までには天然ダイヤモンドを追い越す勢い」と言う。同社の生産量と売り上げは、四半期ごとにほぼ倍増しており、現在では、年間10万カラットのダイヤモンドを生産しているという。この勢いが続けば、ヴァンドーム広場の老舗ジュエラーたちが、合成ダイヤモンド市場に参入しだすのも時間の問題だろう。

Text: Osman Ahmed Translator: Asuka Kawanabe