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「私にとってアスペルガー症候群は天からの贈り物」──84歳の俳優アンソニー・ホプキンスが祝福する脳の多様性。【世界を変えた現役シニアイノベーター】

1987年にコマンダー(大英帝国勲章3等勲爵士・CBE)、1993年にナイトの叙勲をイギリス王室から受け、世界的俳優として映画界に君臨するアンソニー・ホプキンス。2017年にアスペルガー症候群であることを公表し、開設したばかりのSNSで突出した芸術的才能を披露するなど、精力的に人生を謳歌する。
BEVERLY HILLS CALIFORNIA  MARCH 27 Anthony Hopkins attends the 2022 Vanity Fair Oscar Party hosted by Radhika Jones at...
BEVERLY HILLS, CALIFORNIA - MARCH 27: Anthony Hopkins attends the 2022 Vanity Fair Oscar Party hosted by Radhika Jones at Wallis Annenberg Center for the Performing Arts on March 27, 2022 in Beverly Hills, California. (Photo by Rich Fury/VF22/Getty Images for Vanity Fair)Rich Fury / VF22 / Getty Images for Vanity Fair

「おはようございます。今、生まれ故郷のウェールズにいます。83歳でまさかこのような賞を受賞するとは思っていませんでした。まずはアカデミーに感謝を申し上げます。そして、急逝した俳優のチャドウィック・ボーズマンに、この賞を捧げます」

映画『ファーザー』(2020)で認知症の父親を演じ、2021年4月に行われた第93回アカデミー賞授賞式で2度目の主演男優賞を獲得したアンソニー・ホプキンスは、自身のインスタグラムを通してこう挨拶した。実は当の本人は受賞を全く予期しておらず、ウェールズに帰郷していたため本人不在の授賞式となったことでも大きな話題を集めた。

ホプキンスは、1937年に実直なパン職人の父リチャードと母アニーの一人息子として、イギリス・ウェールズの小さな港町ポート・タルボットに生まれ育った。本人曰く、「動作が遅く、勉強もスポーツもできないいじめられっ子だった」が、そんな彼に転機が訪れたのは17歳の時だった。

「地元出身の大スターだった俳優のリチャード・バートンにサインを貰った時、俳優になりたいと思いました。そして、17歳の時に新聞で目にしたカーディフの英国ウェールズ音楽演劇大学の広告を目にし、なんの迷いもなくすぐに入学を申し込んだのです」

同校を卒業し、イギリス陸軍での2年間の兵役を終えると、ロンドンで舞台俳優としてのキャリアをスタート。そして『冬のライオン』(1968)で映画俳優デビューを果たし、デイヴィッド・リンチ監督の『エレファント・マン』(1980)では主演の外科医トリーヴズ役を、『ヒトラー最期の日』(1981)ではアドルフ・ヒトラー役を演じるなど、社会現象を巻き起こした数々の注目作に出演した。

高度な演技力の裏にある感覚の鋭さ。

1992年に行われた第64回アカデミー賞授賞式にて、主演男優賞に輝いたアンソニー・ホプキンスと主演女優賞のジョディ・フォスター。Photo: Ron Galella, Ltd. / Ron Galella Collection via Getty Images

そして1991年、彼の俳優人生を大きく変えるきっかけとなる作品と出合う。スリラー映画『羊たちの沈黙』(1991)だ。同作でホプキンスは、高い知能を持つ連続猟奇殺人犯ハンニバル・レクター博士を見事に怪演し、自身初のアカデミー賞主演男優賞を獲得。相手役であるジョディ・フォスター扮するFBI訓練生クラリスに射抜くような眼差しを向け、一方的に質問を畳み掛ける姿はもはや演技の域を超え、フォスターに「本当に彼が怖かった」と言わしめたほどだ。

「最初タイトルを聞いた時、私は子ども向けの映画だと思いました(笑)。ですが脚本を読み進めるうちに、幼い頃に目撃した動物虐待の現場が心に浮かんだのです。この猟奇的行為に私は大きなショックを受け、その記憶は心の中に種のように植えつけられ、ずっと根付いていました。それが一種の閃きとなったのです」

どこまでが演技なのかが分からない、と評される彼の高度な演技力の裏には、アスペルガー症候群の特性が大きく関わっている──とも考える彼は、アスペルガーと診断されたことを公表した2017年に、イギリス『デイリー・メール』紙にこう語っている。

「一匹狼でパーティーには行かないし、友達もあまりいない。でも、人が好きなんです。人の頭の中に入ることが。その人物を分解して、その人の本質を探るのが好きなんです」

脳の多様性が生む才能。

映画『Armageddon Time』(2022)の撮影セットにて。Photo: James Devaney / GC Images

厚生労働省によると、アスペルガー症候群とは発達障害の一つで、自閉症、広汎性発達障害などとも呼ばれていたが、2013年よりアメリカ精神医学会が自閉症スペクトラム症としてまとめて表現するようになった脳機能障害だ。対人関係が苦手、活動や興味範囲の狭さ、感覚の鋭さやこだわりの強さなどの特徴があり、日常生活がパターン化しやすく、変則的な予期せぬ出来事を嫌うといった傾向があり、現在100人に1人が診断されているとの報告もある。また、周囲に誤解されることも多いことから、行動の前にはしっかり予告をすることや、わかりやすい方法や仕組みを作ることなどの周囲のサポートが欠かせないとも言われている。

映画『ファーザー』で役作りをするに当たり、身内に認知症患者がいなかったことから認知症の親を持った友人の行動と、脚本のセリフ一つひとつからこの病の本質についてつぶさに分析したというホプキンス。そんな彼は、自身がアスペルガーであると診断された時、病に対する知識がなかったことをUK版『GQ』のインタビューでこう振り返っている。

「アスペルガーだと告げられた時、私は全く信じられませんでした。身体のどこにも異常を感じていなかったからです。それに、私はたまたま俳優という仕事を生業にしているだけで、それ以外はなんら他の人たちと変わりありません。もっとも、私がこの症状について無知だったのは否めません」

しかしながら、記憶を辿るといつも一つのことに強くこだわることが多く、思い当たる節があった、とも。そんな彼は現在では自身のアスペルガー症候群を自身にとっての宝物であると続けた。

「私をアスペルガー症候群と診断した医師は、それを“ニューロ・ダイバーシティ(脳の多様性)”と呼びました。人間には素晴らしい脳が備わっていますが、すでに地球環境の半分を壊してしまったのだから、皆それほど完璧なものではないのでしょう。ですから、私はアスペルガーを天からの贈り物だと思っています」

Text: Masami Yokoyama  Editor: Mina Oba