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今こそ、もういい加減に変わるべき──伊藤詩織、北原みのり、岸本学、田中俊之と考える「性暴力」。【後編】

4人の有識者とともに日本の「性暴力」問題について前編と後編の2回に渡って考える本企画。性暴力か否かを決定づける上で最も重要なポイントとなる「積極的同意」や、日本の法律や権力構造の問題等々について語ってもらった前編に続き、後編では、日本の痴漢をめぐる問題や海外でのポジティブな変化等について話し合った。前編はこちら
今こそ、もういい加減に変わるべき──伊藤詩織、北原みのり、岸本学、田中俊之と考える「性暴力」。【後編】
Yuri Manabe

この痛みや涙は、死ぬまで止まらない。

伊藤 私は、レイプが社会に与える影響の深刻さが十分に理解されていないことも懸念しています。「レイプは紛争下で最も安い武器」とも言われるように、被害者だけでなくコミュニティ全体を破壊し得る。家族や周囲の人々、そして下の世代にまで影響を及ぼし、トラウマが受け継がれていくんです。イギリス政府が性暴力の被害者支援に充てる予算を決めるため、被害者が負った心身の傷の治癒の医療費、社会復帰にかかる時間と費用を試算したら、莫大な金額になった、という話があります。つまり国レベルの大損失であるというわけです。

岸本 性被害が与える経済的インパクトは国にとっても大きなロスであると証明されたわけですね。

伊藤 私自身も、2018年ノーベル賞平和賞の発表の際、ソウルで開かれたアジアの国際調査報道会議に出席したんです。そこで用意してもらったホテルの部屋が被害に遭った部屋と似ていて。事件から3年も経っていたはずなのに、一気にトラウマがよみがえって、部屋に戻れなくなってしまったんです。

その会議の後、韓国で「元慰安婦」と呼ばれるハルモニたちにお会いしたので、「この痛みや涙はいつ止まるの?」と質問しました。そしたら、「そんなの死ぬまで止まるわけないよ」と言われて。性暴力の被害に遭った人は、一生その体験と一緒に生きていかなければならない。いま、現時点でも、性暴力が原因で社会に戻ってこられない大切な人たちがたくさんいます。こうした人たちを救うために、すぐに制度を変えるべきなのに、何も変化が起きない。だから、日本は経済も発展しないのだと思います。

痴漢が「迷惑行為」である異質さ。

フラワーデモ発起人で作家の北原みのり。

V 性暴力は「人権問題」であり、「人としてありえないこと」だという理解が広がって欲しいと感じています。同時に、日本では人権問題について深く考える機会がもっと増える必要があるように思います。

北原 多くの人の間で性暴力が人権の問題だと捉えられておらず、女性だけの問題とされていることにも危機感を抱いています。フラワーデモで痛感しましたが、日本では「女性の権利=人権」だという認識が薄い。1995年にヒラリー・クリントンが「Women's Rights are Human Rights(女性の権利は人権だ)」と言って、女性が虐げられた末に起こる貧困や性暴力、経済格差が全て人権問題だと訴えました。それから30年近く経つのに、法整備が全然進んでない。そもそも、日本は痴漢がいまだ性暴力と認識されていない恐ろしい国ですから。

岸本 痴漢は「性的暴行」ではなく、「迷惑行為」と認識されていますからね。日本では、痴漢被害を受けて学校をやめる子もいるのに、「痴漢=いたずら程度」だと考えている。時には、「相手がイケメンだったらいいんでしょ?」などという見当違いな声もあり、愕然とします。

伊藤 以前、アルジャジーラと痴漢について共同取材をした際、記事のヘッドラインに「Sexual assault in Japan: 'Every girl was a victim'(日本の性的暴行の現状: すべての女性が被害者)」と編集者がタイトルをつけており驚きました。「すべての」という表現は、彼らが編集者の印象としてのものだったので、実態の感覚とのズレを感じましたが、痴漢が性的暴行と言われたことに改めて国際社会と日本の性的暴行の認識の格差を実感しました。

男性は性役割に疑問を持たない?

大正大学心理社会学部人間科学科准教授で社会学者の田中俊之。

田中 社会学を研究するなかでいつも思うのが、「社会問題を世の中にアピールするのは非常に難しい」ということです。なぜなら、社会問題は無限にあるからです。自分にとって重要な社会問題でも、すべての人にとってそうだとは限らない。これについても考えておく必要があるかなと思います。例えば日本は労働や政治の場において女性差別が大きい国だからこそ、いまだに男性は「学校を卒業したら定年退職するまで40年間は働き続け、家族を養うもの」というジェンダー労働を勝手に背負っている部分があります。女性がそれを望んでいなかったとしても。

伊藤 逆に言えば、男性も「男だからこうしなさい」というプレッシャーはすごくあると思うので、それ自体も本来はあってはならないことですよね。そもそもジェンダー役割はなくすべきだと思います。

田中 僕も本来はそうあるべきだと思います。ただ、日本の男性は概して自分のジェンダー的役割に疑問を抱く人が少なく、「自分が男性として、この社会で何を課せられているのか」という問い自体を持っていないことが多い。そうした人々を再教育するのは、なかなか難しいと思います。むしろ、セクハラで訴えられたくないから、本質はわからなくても知識武装しようとする人が増えそうな気がしていて。

伊藤 逆に、日本では社会規範が重んじられているからこそ、「これは犯罪だ」と法的に規定されれば、それに従うべく知識や行動をアップデートする人も増えるのではないでしょうか。

みせばや総合法律事務所の代表で弁護士の岸本学。

北原 私自身、以前は「男性を変えなきゃ社会は変わらない」と思っていたんですが、ある時、世界人口の過半数を占める女性自身が意識を変えれば社会は変わるのだと気づきました。

韓国でも、「慰安婦」問題が引き金となって、アジアを牽引する#MeToo運動が起き、女性の人権に対する意識が変わりました。堕胎罪が撤廃され、性暴力の刑法も変わり、性暴力被害者を支援するワンストップセンターが増設された。こうした韓国の例を見ると、相手を変えるのではなく、自分自身を変えることが一番の近道なのだと思うようになりました。

伊藤 隣国の韓国や台湾で大きな変化が起きていることに勇気づけられます。ヨーロッパやアメリカの話にはピンと来なくても、アジアの隣国でどんどん進んでいる素晴らしい法改正に日本も見習うべきです。ここで変われなければ、「人としての尊厳が守られない国」という評価を下されてもおかしくありません。

メディアで描かれる性的同意。

ジャーナリスト、ドキュメンタリー映像作家の伊藤詩織。

V 今、低年齢の子どもに向けた性教育本が増えています。徐々にではあっても、良い変化も起きている。皆さんはこうした状況をどのように捉えていらっしゃいますか。

田中 次世代のことを考えると、法律整備と同時に大切なのは教育ですよね。子ども向けの性教育の本が人気であることにも、親が自発的に子どもに対してジェンダーや性暴力の問題を教えようとする流れがあるように感じます。

伊藤 教育指導要領を大本から変えようとしても、どうせすごく時間がかかってしまう。でも、学校で教えられないなら、家庭でやればいい。助産師のシオリーヌさんのYouTubeチャンネルをはじめ、すばらしいコンテンツは多数あります。私も、付き合った異性には生理の大変さをちゃんと話しますし、経血を見せて説明したこともあります。一方で、私自身も男性の体について知らないことがある。だからこそ、互いに教え合うことが大切だと思います。

V 男女ともに、学び合わないといけない……ということですね。

伊藤 あとは、メディアから変えられる部分もあると思います。最近いいなと思ったのは、例えばNetflixの学園ものなどのオリジナルシリーズには、性交渉の前に合意を取るシーンが描かれているものが多いことです。子どもをはじめ多くの人が見るメディアこそ、きちんと描くべきです。

北原 私は、「Pleasure」や「Violence」のより実感を伴う日本語訳があればいいなと思います。例えば「Pleasure」は、「悦楽」や「快楽」と訳されますが、どこか違和感が否めない。しかも、日本で性にまつわる「Pleasure」を語ろうとすると、すぐにAVなどの話になってしまう。けれどそこに正しい日本語があれば、男性も女性もそれぞれの「Pleasure」に気づき、楽しい性の文化を作れるような社会になれるかもしれません。

岸本 やれることはたくさんある。だから、諦めずに、今後も声を上げていきたいですね。

伊藤 法改正にしてもジェンダー役割にしても、これまでの延長上で考えていても変化は起きません。国際社会を見れば分かる通り、答えはすでに出ている。今こそ、もういい加減に変わるべきときなんです。

Profile(五十音順)
伊藤詩織(Shiori Ito)
ジャーナリストドキュメンタリー映像作家。イギリスを拠点にBBCなど、主に海外メディアで映像ニュースやドキュメンタリーを発信。2017年に上梓した『Black Box』(文藝春秋社)は第7回自由報道協会賞で大賞を受賞し、5カ国語で翻訳。2018年にHanashi Filmsを共同設立。初監督したドキュメンタリー『Lonely Death』(CNA)がNew York Festivals で銀賞を受賞。2019年に『Newsweek』誌の「世界が尊敬する日本人100」に、2020年9月には『TIME』誌の「世界で最も影響力のある100人」に選ばれた。

岸本学(Manabu Kishimoto)
弁護士(第一東京弁護士会所属)。痴漢・盗撮被害者支援を行うみせばや総合法律事務所の代表。第一東京弁護士会犯罪被害者に関する委員会委員。人権擁護委員会第5特別部会(両性の平等)委員。現在、性犯罪者被害者に向けたLINE相談なども行っている。上谷さくら氏との共著本に『おとめ六法』(KADOKAWA)がある。

北原みのり(Minori Kitahara)
作家。ラブピースクラブ代表。希望のたね基金理事。PAPS(ポルノ被害と性暴力を考える会)副理事長。2019年から始まった性暴力の根絶を求める「フラワーデモ」の呼びかけ人でもある。女性のためのプレジャートイショップ「ラブピースクラブ」を1996年にはじめる。著書に『メロスのようには走らない。女の友情論』(KKベストセラーズ)、責任編集した『日本のフェミニズム』(河出書房新社)、佐藤優氏との共著本である『性と国家』(河出書房新社)など。

田中俊之(Toshiyuki Tanaka)
社会学者。大正大学心理社会学部人間科学科准教授。男性が男性だからこそ抱えてしまう悩みや葛藤を対象とした学問「男性学」の専門家。厚生労働省イクメンプロジェクト推進委員会委員、渋谷区男女平等・多様性社会推進会議委員として男女共同参画社会の推進にも尽力。著書に『男子が10代のうちに考えておきたいこと』(岩波書店)や小島慶子氏との対談本『不自由な男たち その生きづらさは、どこから来るのか』 (祥伝社)など。

前編はこちら

Photos: Yuri Manabe Text: Haruna Fujimura Editors: Maya Nago, Mina Oba