2012年2月11日(現地時間)、シンガーのホイットニー・ヒューストンが48歳でこの世を去った。ホイットニーといえば、80年~90年代にかけてヒットソングを連発し、「天使の歌声」と呼ばれた驚異的なボイスで、2億枚近いアルバムセールスを誇ったR&B界の歌姫。世界各国のステージで大勢の観客を魅了した彼女の最後は、ホテルの一室での寂しいものとなった。
第一発見者はホイットニーの関係者で、ホテルのバスルームにて意識不明の彼女を見つけ、警備員を通して救急に通報したという。いまだに死因は特定されておらず、はっきりとした原因が分かるのは、司法解剖後の薬物解析の結果が出る1カ月程先だと言われている。また、米ゴシップサイト『TMZ』によると、ホイットニーは亡くなる前日に友人たちとクラブで楽しんでいたという。死亡当時の彼女は、向精神薬を服用していて、アルコールと飲み合わせたことで、浴槽で眠ってしまい、死へつながった可能性が高いようだ。なんとかしてドラッグを断ち切ろうと、奮闘していたホイットニー。もう二度とあの「天使の声」が聞けないのは、残念としかいいようがない。
1963年米ニュージャージー州で、エンタメ業界で働く父とゴスペルシンガーの母親との間に誕生したホイットニー。ソウルの女王の異名をとるアリーサ・フランクリンが名付け親という、まさに歌手になるために生まれてきたような生粋のサラブレッドだ。彼女は、11歳でゴスペルクワイアに参加し、ソロリストとしパフォーマンスを始めた。10代のころは母親やアリーサからボーカル指導を受け、15歳でチャカ・カーンのバックコーラスを務めるなど、歌手として本格始動。
80年代に入るとモデルとしても活躍し、1985年にデビューアルバム『ホイットニー・ヒューストン』をリリースして一躍人気歌手の仲間入りを果たした。そして、2作目のシングル「セービング・オール・マイ・ラヴ・フォー・ユー」では、7曲連続で全米シングルチャート1位を獲得するという記録を樹立し、世界的に知られる存在に。その後の彼女の飛躍ぶりは、6度のグラミー賞をはじめとする数々のアワード受賞記録などからも一目瞭然といえる。
1992年には初主演映画『ボディガード』が大ヒットをするが、映画のヒットとともに彼女が歌ったサントラが1週間で100万枚、全世界で4200万枚をセールス。なかでも、誰もが一度は耳にしたことがある『オールウェイズ・ラヴ・ユー』はシングルチャートで14週連続1位を記録するスマッシュヒットとなった。
ホイットニーのキャリアを降下させた最大の要因は、元夫のボビー・ブラウンとの結婚ということに異論がある人はいないだろう。映画『ボディガード』が大ヒットを記録した1992年に、3年間交際を続けていた5歳年下のボビー・ブラウンと結婚をし、翌年に長女のボビー・クリスティナ・ブラウンを出産。公私ともに順風満帆のように見えた。
ところが、彼女はこの頃からドラッグに手を染め始めていたようだ。もともと薬物依存症といわれていたボビーと生活をともにするようになったホイットニーも、コカインなどを摂取するようになり「ドラッグが生活の一部だった」と、後に告白している。さらに薬物におぼれたボビーから日々DV(ドメスティック・バイオレンス)を受け、マネージメントをしていた実父にはギャラの不払いを理由に訴えられるなど不幸が続き、彼女の人生は一気に堕ちていく。
さらに、2000年には、ホイットニー自身が大麻所持の罪で起訴され、2004年にはアルコール依存症と薬物中毒でリハビリ施設に入所するという結果に。体重は落ち、かつての魅力が嘘のように消え失せてしまった姿に、世間は心配の色を隠せなかった。
離婚後、決死のカムバック。美声の行方は?
精神的に不安定な状態が続き、激ヤセをしたホイットニー。2005年にはボビー・ブラウンの意向でリアリティTV番組「Being Bobby Brown(原題)」に出演して、ボビーの前妻の子どもたちと生活をともにする彼女の豪邸に、カメラが潜入した。しかし、カメラが映しだしたのは、ブラウン一家のあまりに破天荒な生活ぶりと、ホイットニーが必死に「ブラウン夫人」をアピールする異様な姿だった。誰の目にも「ボビーとの結婚は失敗だった」と映ったが、そう思われるたびにホイットニーは必死で自分の過ちを取り繕おうとしていたのだ。
しかし2006年、周囲の説得もあり、ついに離婚を申請。2007年に成立し、必死のリハビリを経て2009年にアルバム『I look To You/アイ・ルック・トゥ・ユー』を引っ提げて念願のカムバックを果たす。しかし、多くのファンたちの期待もむなしく、そこには全盛時代の美声が響くことはなく、散々な結果となってしまった。悲しいことに私たちは、二度とホイットニーのソウルフルな歌声を生で聴くことはできなくなってしまったが、彼女が世界に残した遺産は計り知れ価値がある。