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84歳の今も現役! 大女優ジュリー・アンドリュースが乗り越えた苦難。【セレブの自叙伝vol.6】

セレブたちの自叙伝をフィーチャーした今週、ラストを飾るのは、9月に開催されたヴェネツィア国際映画祭で生涯功労賞を受賞したジュリー・アンドリュースだ。2000年にはエリザベス女王よりデイムの称号を授与され、84歳となった現在も女優として活躍中だが、彼女の半生も過酷な試練の連続だった。
Photo: Bill McCay/WireImage

ジュリー・アンドリュースは2008年に発表した自伝『Home: A Memoir of My Early Year』で、十代が「私の人生の中で非常に暗い時期だった」と振り返っている。その理由として挙げられたのが、14歳の時に母親から「本当の父親は別の人」だと聞かされたこと、アルコール依存症だった継父がベッドに入ってこようとしたことが2度あり、寝室に鍵をかけるようになったことなど、ショッキングな経験だ。

ジュリーの実父は、彼女の母親が最初の結婚をしていた時期に関係を持った友人だった。ジュリーは母親について「とてつもなく大切な存在で、若い頃はとても憧れていた」としながらも、母のことを「本当に信頼してはいなかった」と複雑な胸中を綴っている。

幼い頃から歌の才能を認められ、レッスンを受けてきたジュリーは10歳の頃から両親と一緒にステージに立って歌い始め、1948年には13歳でイギリス国王ジョージ6世と王室メンバーの前で歌うなど、プロとして活躍するようになり、10代にして家族の生活を支えるようになっていた。そして19歳でアメリカに渡り、ミュージカル『ボーイ・フレンド』でブロードウェイ・デビューを飾り、スターの道を歩み始める。

『メリー・ポピンズ』(64)。Photo: Mondadori via Getty Images

1964年公開の映画デビュー作『メリー・ポピンズ』では、アカデミー賞主演女優賞を初ノミネートで受賞、続いて主演した『サウンド・オブ・ミュージック』(65)も大ヒットし、人気実力ともトップの座に就いた。だが、一女をもうけた最初の夫で舞台美術デザイナーのトニー・ウォルトンと1967年に離婚し、順調な私生活ではなかった。

そんな彼女が次に人生の伴侶に選んだのは、『ティファニーで朝食を』(61)や主演作『暁の出撃』(70)、『ピンク・パンサー』シリーズなどで知られるブレイク・エドワーズ監督だ。1969年に再婚し、監督の連れ子2人にジュリーの娘エマ、さらに2人の養女を迎えている。二人はハリウッドきってのおしどり夫婦として知られ、エドワーズ監督が2010年に亡くなるまで40年以上も連れ添った。

最初の夫トニー・ウォルトンとの間に誕生したエマは、2000年よりジュリー・アンドリュースとともに30冊以上もの児童書を執筆している。Photo: Noam Galai/Getty Images for 92Y

舞台に映画、テレビと幅広く活躍していたジュリーは1997年、声帯結節を取り除く手術を受けたが、その結果4オクターブを誇った声域を失ってしまう。以前のようには歌えなくなってしまったが、映画『プリティ・プリンセス』シリーズへの出演や児童書の執筆など、新たな活躍の場を開拓。先日、娘エマ・ウォルトン・ハミルトンと共同執筆した新たな回顧録『Home Work』を出版している。

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Text: Yuki Tominaga