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新垣結衣、新境地へ──映画『正欲』が投げかけるもの

老若男女を問わず高い支持を得つづける俳優、新垣結衣。彼女が次なる作品として選んだ映画『正欲』は、発表とともに大きな話題を呼んだ直木賞作家・朝井リョウの同名小説を映画化したものだ。これまでのイメージを大きく覆すこの作品とどう向き合い、撮影に挑んだのか、その思いを聞いた。
新垣結衣 映画『正欲』

『正欲』は家庭環境や容姿、性的指向など、自らでは選択することのできないものを抱えながら生きる人々の現実を精緻に描き出した作品だ。映画化をするにあたりメガホンを取ったのは、『あゝ、荒野』や『前科者』で知られる岸善幸監督。新垣はある秘密を抱えながら、広島のショッピングモールで契約社員として働く実家暮らしの女性・桐生夏月を演じている。

「簡単に答えを見つけようとするのではなく、考えつづけていきたい」

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──今回、岸監督からのオファーを受けた決め手はなんだったのでしょう?

最初にお話をいただいた段階では、まだ台本の一歩手前のプロットの状態だったのですが、その時点ですでに引きつけられるものがありました。その後に原作を読ませていただき、ますますその世界観に心を惹かれたものの、それと同時に映像化するのはとても難しいと感じたんです。これだけの話を、約2時間にどうまとめていくのだろうと。そこで岸監督にお会いしたのですが、「気になることがあればなんでも言ってください」と仰っていただき、実際にとても親身になって一緒に考えてくださいました。その姿を見て、同じ方向を向きながらこの作品に挑むことができるだろうと感じて、出演を決めました。

──原作を読んで、どんな風に感じましたか?

一番最初に「原作を読んだ感想は?」と聞かれたときは、本当に言葉が見つかりませんでした。一言でまとめるには、あまりに複雑で難しい。そんな中でも一番強く感じたのは、『正欲』という世界が考える“正しさ”のようなものを押し付けようとしているのではなく、「あなたはどう思いますか?」ということを問いかけられているという感覚でした。自分たちが想像もしていないようなところで、夏月のような思いを抱えている人たちがいる。それに対して自分がどう感じるか、それがどういうことなのか、そうやって考えつづけていくことが大切だということを、強く感じさせてくれる作品でした。

自然と感情が動かされた瞬間

©2021 朝井リョウ/新潮社 ©2023「正欲」製作委員会

──実際に映画を撮影される上で、岸監督とどんなお話をされましたか?

まず、夏月という人物をこの映画でどんなふうに象っていくかということを話し合いました。夏月が抱える、とある指向に関しては、なにか参考になるものがあればと思い、スタッフの方にも助けていただきながら私なりに資料を探したのですが、具体的にこれだというものは見つかりませんでした。大まかに感じ取ることはできても、それは本当にごく一部のことでしかない。なので、私なりの夏月の人物像と、監督の中での夏月の認識を擦りあわせながら、この映画の中でそれを細部にわたりどう表現していくかということを話し合い、夏月という人物の輪郭を描いていきました。

──実際に撮影が始まってからは、いかがでしたか?

撮影に入る前は、どうやってこの世界を表現していくかということをずっと考えていました。これは私たちから見たらこうだけど違う角度から見たらこうなんじゃないか、とか。ある程度、方向性を決めていかなくてはいけないのではないか、とか。ですが、一旦撮影に入ってからは深く考えるというよりも、感覚を大事にできて、自然とその世界に入っていったという感覚でした。

──同じ指向を持つ佳道との出会いによる夏月の感情の変化が、静かな中にもしっかりと映し出されていて非常に印象的でした。

撮影の前半は基本的に一人の鬱々としたシーンをつづけて撮っていました。なので、後から佳道を演じる磯村勇斗さんがクランクインしたときに、やっと会えたという気持ちが自然と沸き起こってきて、うれしかったんです。それと同時に、きっと夏月と佳道もこれに似た感覚を抱いたのかもしれないと感じました。相手がいるからこそ感じられるこの感情が、夏月と佳道の二人のシーンに自然と繋がっていくのではないかと。あとは感情の変化の見せ方として、それをどれだけ膨らませるか、抑えるかということは岸監督に委ねていきました。

“普通”は便利な言葉だけれど、その定義はとても複雑で曖昧」

©2021 朝井リョウ/新潮社 ©2023「正欲」製作委員会

──物語が進むにつれて“普通”とはなんなのか、ということを突きつけられている気がしました。

それは、この作品の問いの一つだと思います。便利なのでついつい使ってしまう言葉ですが、よく考えるとその定義はとても曖昧。便宜上、大多数の意見をいわゆる“普通”としているのだと思いますが、それぞれの人にとっての普通は異なっているはずです。私にとっての普通、あるいは大事にしたいと思っていることが、世間一般の意見と当てはまることもあれば、当てはまらないこともある。多くの人がいう“普通”の意味ももちろんわかるけれども、“共通する普通はない”という意識はいつも持っていたいと思っています。

──最後に、この映画をご覧になる方にどんなことを感じていただきたいと思いますか?

どう感じてほしい、ということを決めてしまいたくないです。この映画は、それぞれの人物たちを本当に微妙なバランスで描いているので、それをどう感じるかは観る人に委ねたい。この映画が描いている世界もあくまで一例でしかなくて、それ以外にも本当に広い世界があると感じています。だからこそ、こういうところに着目してほしい、この世界をこうやって表現しました、と伝えてしまうと本末転倒になってしまう気がしています。あえて一つ言うのであれば、観てくださる人たちが、考える・感じるということに、より自覚的になる契機になればと思います。どうぞ、この作品を自由にご覧になってください。

映画『正欲』
監督/岸善幸
出演/稲垣吾郎、新垣結衣、磯村勇斗、佐藤寛太、東野絢香ほか
原作/朝井リョウ『正欲』
11月10日より全国公開
https://bitters.co.jp/seiyoku/

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Photos: Sasu Tei Styling: Komatsu Yoshiaki(nomadica) Makeup: Asuka Fujio Text: Airi Nakano