浅沼晋太郎、『四畳半タイムマシンブルース』で12年ぶりに「私」役「皆さんもきっと一瞬で“四畳半ワールド”に戻れると思います」

特集・インタビュー
2022年09月30日

浅沼晋太郎インタビュー

テレビアニメ化もされた森見登美彦の小説「四畳半神話大系」と、上田誠による戯曲「サマータイムマシン・ブルース」。2つの傑作がコラボレーションした小説「四畳半タイムマシンブルース」がアニメ化され、9月30日(金)より3週間限定で全国公開される。真夏の京都でクーラーのリモコンが壊れたことを発端に、主人公の「私」が昨日と今日を右往左往する姿と、後輩の明石さんとの恋を描いた本作。「四畳半神話大系」以来、12年ぶりに「私」を演じた浅沼晋太郎さんが作品への思いや収録エピソードを語ってくれました。

◆「四畳半神話大系」のテレビ放映から12年がたち、「四畳半タイムマシンブルース」がアニメ化されると聞いたときのお気持ちはいかがでしたか。

純粋にうれしかったです。ただ、12年のブランクがあったので、「四畳半神話大系」ファンの皆さんに受け入れていただけるだろうかという不安とプレッシャーもありました。

◆「四畳半神話大系」と「サマータイムマシン・ブルース」のコラボ小説が原作です。それぞれの作品が合わさった設定や物語についてはどう思われましたか。

ものすごく親和性が高いなと感じました。森見登美彦先生も上田誠さんも、大きいことを小さく、小さいことを仰々しく描かれることに定評があり、愛されるダメ人間を描くのが天才的なので。

◆『四畳半タイムマシンブルース』で「私」たちがタイムマシンで向かうのも、「昨日」ですしね。

そこも小さいですよね(笑)。「四畳半神話大系」はサークル選びを間違えた、「四畳半タイムマシンブルース」はクーラーのリモコンが壊れた。大きいことへのきっかけが小さいというか。そういうことから考えても、組むべくして組まれたんだろうと思います。

◆「四畳半神話大系」について「声優としてのターニングポイントになった作品」とコメントされていました。当時のことは浅沼さんにとってどんな経験になっていますか。

僕はひょんなことから声優業に足を踏み入れた人間なので、始めて数年間は自分の技術や実力といったものを自分自身で全く信頼できず、とにかく他のキャストやスタッフの方の足を引っぱってはならないと思いながら、がむしゃらに仕事をしてきました。そんな中、「四畳半神話大系」のときは、共演の皆さんが分不相応なくらい僕に信頼を置いてくださる感触があったんです。普通はプレッシャーに感じてしまうところですが、そのときは心地良い信頼の置かれ方だったというか。それはもしかしたら、スタッフ、キャスト、どちらにも「舞台」に精通されている方がいたから、ということもあったかもしれません。「四畳半神話大系」は賞を頂戴し、自分の周りの舞台関係者や、普段はゲームやアニメに関心のない友人たちにも好評で、それまでとは全く違う広がり方になったという感覚もありました。当時の僕は必死にやっていただけでしたが、それだけ影響力が強い作品だったんだなと感じます。

浅沼晋太郎インタビュー

◆12年ぶりに「私」を演じてみていかがでしたか。

大げさに言うなら、作品にしてもキャラクターにしても、僕の中で神格化していたというか。特別なものとして存在していたんだなとあらためて思いました。大きな影響力があり、たくさんのファンの皆さんに支えていただいた作品なので、『12年たって変わってしまった』と言われたらどうしようかとか、『やっぱり昔の方がよかった』と言われないようにしなくてはとか、そういうことで頭がいっぱいになってしまって。『「私」とはこういうものだ』、『みんなが好きな「四畳半神話大系」とはこういうことなのではないか?』という思い込みに、無意識にとらわれていたんですよね。だからあるとき、監督から『「私」はそれなりに成長しています』とディレクションを受けたことに、どこか納得できなくて。僕としては、「私」には成長していてほしくなかった(笑)。「私」は成長しないからこそいとおしくて、いつまでもダメだからこそ愛されている気がしていて。今作の「私」を自分の中に落とし込めなくなってしまい、普段はめったにそんなことはしないのですが、『成長したら寂しくないですかね…?』と申し出て、夏目真悟監督や音響監督の木村さんとディスカッションをさせていただきました。

◆どんなことを話し合われたのでしょうか。

お二人がおっしゃっていたのは、そもそも『四畳半タイムマシンブルース』は「四畳半神話大系」の世界線ではないということ。だから、「私」も3回生で、それなりに成長しているんです、と。何より腑に落ちたのは、森見先生ご自身が12年たって心境の変化があったようだと聞かされたこと。僕は、それこそタイムリープじゃないですが、12年前の「四畳半神話大系」のままでぐるぐる回っていることが正解だと思い込んでいたんです。でも12年がたち、作り手も変われば「私」が成長していてもおかしくない。そう思ったことで、自分の「四畳半神話大系」像、「私」像という固定概念を良い形で捨てることができて、そこからは肩の力を抜いて演じることができたと思っています。

◆「四畳半神話大系」では、とてつもない量のナレーションを一気にまくしたてる早口のせりふ回しが印象的でしたが、今作では?

そこも、話し合いをさせていただいたことの一つでした。今作では、「四畳半神話大系」より多少ゆっくりしゃべっていて。僕は最初、そこもしっくりこなかったんです。「四畳半神話大系」のとき、湯浅政明監督も上田さんも、あの膨大なナレーションの中に有意義な情報は一つもないから、BGMのごとく流れていくようなものでいいとおっしゃっていて。それでああいうナレーションになったんです。だから、そのスピードが落ちてしまうとなると、皆さんに『「四畳半神話大系」のときより物足りない』とがっかりされるのでないかと思ってしまったんです。でも『四畳半タイムマシンブルース』は、「四畳半神話大系」よりもSF要素が高く、ナレーションはその解説や状況説明も担っているので、多少ゆっくりしゃべらないと情報として理解されない恐れがある。それを聞いて、なるほどと納得がいき、既に3分の1ほど録っていたナレーションを一から録り直していただきました。

浅沼晋太郎インタビュー

◆12年ぶりに演じて、浅沼さんがあらためて感じた「私」の魅力とはどんなところでしたか。

森見先生の文体も影響していると思いますが、めんどくさくて神経質で、どこか残念な様子に、昭和の文豪のような魅力を感じます。「私」にはそういうノスタルジックな魅力があると思う一方で、最近の若い世代からすると『いるよね、こういう人』という親近感があるのかなとも思います。難しい言葉をわざと使いたがるところや、『他の人と僕は違うからね』というプライドの高さ、だけど実はコミュ障みたいな(笑)。そういう滑稽さを、憎めない、放っておけないと受け取ってくださっている気がして。だから「私」から感じる魅力って、世代によって変わるのかなと感じています。ヒロインの明石さんにしても、僕らは古風と受け取ってますけど、クールビューティーという方もいるでしょうし、つかみどころがない不思議ちゃんと受け取る方もいると思うんです。でも、どちらにも共通しているのが、それが決して嫌じゃない。それどころかいとおしい。「私」ってあんなに面倒くさくて、プライドが高くて、神経質で、すぐに何かのせいにするようなキャラクターなのに、それがかわいらしくて、いとおしく思える。それは森見先生と上田さん、キャラクターデザインの中村佑介さんの手腕によるものだろうと感じています。

◆今おっしゃっていた中村さんの絵というのも、魅力をふくらませている要素ですよね。

僕も中村さんのあの絵が大好きです。とてつもなくおしゃれなんですけど、決して近寄り難くなんかない感じ。僕は中村さんの遊び心が好きで。以前、中村さんに僕の舞台作品のDVDのジャケットを書いていただいたことがあるんです。そのとき、ちゃんと舞台を見てからでないと描きたくないとおっしゃって。完成したジャケットの絵には、さすがじっくり見てくださったんだなと分かる細かい仕掛けが随所に仕込まれていました。僕はその繊細なサービス精神こそが中村節だと思っているんです。今作のビジュアルにも、小津が飲んでいる缶にコーラっぽい文字で「morimi」と描いてあるなど、よく見ると『こんなところにこれが!』というものが繊細に組み込まれているんですね。なのに親しみやすさもふんだんで、本当に不思議な魅力があります。あのビジュアルを動かすのは相当なプレッシャーを感じると思うので、湯浅監督も、夏目監督もあらためて尊敬します。

◆完成した作品をご覧になって感じたことは?

どんなに時がたっても、中村さんが描いたキャラクターたちが不毛なことを繰り広げて、そこにASIAN KUNG-FU GENERATIONの疾走感のある曲が乗っかれば、それはもう“四畳半ワールド”なんですよね。自分が不安やプレッシャーに感じていたことは徒労だったと気付かされました(笑)。皆さんもきっと、一瞬であの世界に戻れると思います。

◆もしタイムマシンがあったら何をしたいですか。

会えずに後悔した方に会いに行ったり、見られずに後悔した作品を見に行ったりしたいですね。特にここ数年、話せるときに話して、会えるときに会って、楽しめるときに楽しんで…ということが、いかに当たり前なんかじゃない、奇跡みたいなことであるかを、あらためて思い知らされましたから。あとは…僕が幼いころに亡くなった父親に、今の姿のままで会いに行って、お酒を酌み交わしてみたいですね。

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PROFILE

浅沼晋太郎
●あさぬま・しんたろう…1976年1月5日生まれ。岩手県出身。O型。最近のアニメ出演作は『ブッチギレ!』(桂小五郎役)、『劇場版ツルネ-はじまりの一射-』(滝川雅貴役)など。声優のみならず、脚本家、演出家、俳優、コピーライターなど幅広く活躍している。

作品情報

「四畳半タイムマシンブルース」
2022年9月30日(金)より3週間限定全国公開
ディズニープラスにて独占配信中(配信限定エピソード含む全6話)

<STAFF&CAST>
原作:森見登美彦(著)、上田誠(原案)『四畳半タイムマシンブルース』(角川文庫/KADOKAWA刊)
監督:夏目真悟
脚本:上田誠(ヨーロッパ企画)
声の出演:浅沼晋太郎、坂本真綾、吉野裕行、中井和哉、諏訪部順一、甲斐田裕子、佐藤せつじ、本多力(ヨーロッパ企画)

●photo/田中和子(CAPS) text/佐久間裕子 hair&make/丸山郁美 styling/ヨシダミホ ©2022 森見登美彦・上田誠・KADOKAWA/「四畳半タイムマシンブルース」製作委員会