好きなことで生きるには、自由な時間とお金を作らないといけない。元ホームレスの沖縄在住カメラマン/YouTuberナカモトダイスケに聞く「時間とお金と本気の遊び」

2019.02.28

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好きなことをして生きていく。

果たしてそれは夢物語なのでしょうか? すべての人がそうなることはできないかもしれませんが、そこに近づいていくことはできるはず。

今回お話を伺うのは沖縄在住のカメラマン/YouTuber、ナカモトダイスケさん。沖縄県那覇市に写真スタジオ「サンセットスタジオ」を構え地域密着の仕事を行うと同時に、自身では数々の広告写真を手がけるなど人気写真家としても活躍しています。そんなナカモトさんが新しく2017年2月に始めたのがYouTubeチャンネル「サンセットスタジオTV」です。

「ロマンをロマンで終わらせない番組」というコンセプトのもと、その内容は写真術から沖縄での生活や旅行を記録したVlog、車を使っての日本一周写真旅など多岐にわたり、2019年1月時点でチャンネル登録者数50,000人の人気チャンネルとなっています。



カメラマン個人として、そして写真スタジオ経営者、YouTuberとしても生計を立てられるという、まさに「好きなことをして生きていく」を実現したナカモトさんですが、実はその裏には夢の挫折、ホームレス生活、借金苦などの苦労がありました。そんな道のりをどのように乗り越え、成長し現在に至るのか、多くのクリエイターやビジネスマンへのヒントとなる発言満載のロングインタビューをお届けします。

生まれ育った沖縄を離れ、単身北海道へ向かった高校時代



ナカモトさんはもともと写真を仕事にしようと思っていたのでしょうか?

いえ、小学校の頃から寿司職人になると決めていたんです。それで高校の途中で勉強しても意味ないなと思い、親に言って沖縄から北海道の高校に単身転校させてもらったんです。でも北海道で寿司屋として仕事を始めたところ、鯖のアレルギーになってしまって。マグロもサバ科なのですが、マグロに触れない寿司屋なんてありえないですから、辞めざるを得なくなってしまったんです。

沖縄から北海道まで行って憧れの仕事に就いたのに...。

カッコつけて島を出た手前、そう簡単に戻ることもできませんでしたね。そこで当時バンドも並行してやっていたので、そっちで売れてやろうと思いました。でもインディーズで3枚くらいリリースした程度のまま鳴かず飛ばずで。そのうち貯金が底をついてそのままホームレスになりました。

夢に向かって邁進していたはずが、まさかのホームレスに。

半年くらいホームレスをしながら一生懸命バンド活動をしていたんですけど、結局体を壊して病院に運ばれて、そのまま沖縄に強制送還されてしまいました。

いきなり挫折に次ぐ挫折を経験したんですね...。

もう「どうせ壊れてる体だからいいや」と思って、新薬の投与実験である治験に参加したりもしましたよ(笑)まあ、そんな生活を続けたことで多額のお金を得て、それを足がかりに沖縄に戻って、親を安心させようとヤマダ電機に就職したんです。

"タダでは転ばない感"がすごいですね。

ただ、ヤマダ電機の仕事はあまり面白くなかったんですけど、そこで型落ちのカメラを安く買うことができて。それで人を撮ったら喜んでもらえたんですよ。それが23歳くらいの頃で「写真を商売にしたらおもしろいかもしれない」と思ったきっかけでした。

再びのホームレス生活と借金苦から、翌年には年収1800万円。写真を仕事にするためにしたこととは?

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写真を仕事にしようと思って最初に何をしましたか?

まず、二度と就職できないように見えるところからタトゥーを入れていきました。そして、せっかく沖縄と北海道に住むという経験をしてきたので「次は日本の中心に住もう!」と思って、愛知県の刈谷市というところに拠点を移して写真を始めました。

ここまで来ると、その思い切りの良さに芯が通ってますね(笑)

その時点で北海道でホームレスをした経験があるので、何をしても人間大丈夫だって分かってたんです(笑)だからタトゥーを入れるのも愛知に行くのも何も怖くなかったですね。

愛知県ではどのように仕事を始めたんですか?

アコム、レイク、プロミスからお金を借りて機材を一気に揃えました。いきなり多重債務者ですよ。そして、もちろん愛知には知り合いなんて一人もいなかったので、出版社や広告代理店に飛び込みで営業をかけて行きました。

営業は実りましたか?

全然ダメでしたね。ヤマダ電機のときに貯めた貯金を切り崩しながらそういう生活をしていたんですけど、貯金も底をついて、結局また愛知でホームレスをする羽目になりました。

えっ、また!?︎

またです(笑)そうしてホームレスをしながら日雇いの仕事をして、漫画喫茶でネットを見て独学で写真を学び、営業に回るという生活をしていましたところ、一社から仕事をいただけました。

ついに!

でも、そこからは二度と仕事が来ませんでした。カメラ始めて数ヶ月の素人がクライアントを満足させられなかったという、なるべくしてなった結果だったと思います。

最初に機材を揃えるために多重債務者にもなっていますし、かなり八方塞がりな状況ですよね。

いやあ、本当に借金で首が回らなかったですよ。でも、そんなこんなしてるうちにちょっとずつ営業が実って少しずつ仕事が入ってきて。3万、9万と徐々に稼げるようになって行き、翌年には年間で1800万円くらいは稼ぐようになって返済できました。

ホームレスから1年で年収1800万円というのはこれまた衝撃的な伸び率ですけれども、どこから実を結び始めたのでしょうか?

それまでは広告や芸能がカメラマンの仕事だと思ったんですけど、そういうところってやりたい人がいっぱいいるし、できても安く買い叩かれることが多いんですよね。だからそう行ったフィールドは商売にはならないなと途中で判断しました。そこで芸能人よりも分母の多い一般人を相手に仕事をしようと思ったところ、ウェディングフォトという分野を知り、そこで勝負をすることに決めたんです。

その戦略が当たったんですね。

そうです。ウェディングの写真を撮り始めた頃から実を結び始め、人を雇って写真スタジオを始めるようになりました。そして途中から自分が撮るというよりもプロデュースに回った方が仕事が大きくなると判断し、写真のダサいウェディング会社に片っ端から「写真ダサすぎるんで僕にやらせてください」と連絡していきました。カメラマンをただ派遣するのではなくて、自分たちがプロデュースをするというスタンスですね。そこから爆発的に業績が伸びました。

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撮影:ナカモトダイスケ

かなり思い切りが良いというか、失礼と思われかねない提案だと思うのですが、そうした提案はすんなり通ったのでしょうか?

すんなりとはいかないですね。でも、そこでは写真や実績がものを言いました。もともとファッション畑の人間なので、センス良く人物を撮るというところでは長けていたんです。それまでのウェディングフォトって、一般人らしく二人でハートを作ったりとかそういう、ほんわかした写真がほとんどだったのですが、自分が提案したのはそれこそファッション雑誌のVOGUEに載るようなかっこいい写真だったんですよ。当時はそれが唯一無二だったこともあり、それが当たりました。

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撮影:ナカモトダイスケ

全く違う文脈を持ち込んだわけですね。

従来のウェディングフォトもそれはそれでもちろん良いんですけど、同じことをやっても、ずっとそれをやってきた人には追いつくことはできない。それならば、自分がやってきた畑のことを取り入れてみようかなと思ったんです。

愛知から沖縄へ凱旋。ついに「自分の城」を構えることに

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サンセットスタジオ内観

現在ナカモトさんは沖縄を拠点とされていますが、沖縄に戻った理由とは?

子供の頃から「30歳までに沖縄に自分の城を構えたい」と思っていたんです。それは寿司屋さんの予定でしたけど、写真スタジオになりました。27歳の時に「このタイミングかな」と思って、沖縄に戻ったんです。

愛知のスタジオを閉めて沖縄に移ってきたのでしょうか?

最初は愛知のスタジオも生かしていたんですけど、スタッフもみんな独立していくので、畳むことにしました。

YouTubeにアップした動画では、沖縄で仕事が軌道にのるまでに時間がかかったと話されていましたが。

そうなんですよ。沖縄は島だから文化が独特で、勝手が違いすぎました。島民の気質がシャイなので、カッコつけようという文化がなくて自分の写真のテイストが刺さりにくかったんです。正直こんなに苦戦するとは思ってもみないくらいでしたね(笑)

そうした状況はどのように打開しましたか?

地道に続けていくことですね。広告戦略も含めて地道に続けました。でも最終的にはSNSに助けられましたね。もともとインスタのフォロワーが多かったこともあって、そこでうまい具合に宣伝しながら集客していきました。

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サンセットスタジオ内観

身体にタトゥーを入れて退路を断ち、誰も知らない愛知に単身渡り、ホームレスを経験しながらも写真家として成功。そして沖縄に凱旋したナカモトさんですが、自分が撮るだけでなく人を雇うようになったことがキャリアにおいて重要なポイントだと思います。

そうですね。

ほとんどのクリエイターは自分で手を動かすだけで終わると思うのですが、人を雇うという決断に至ったのは、何かしらの問題意識を持っていたからでしょうか?

いや、自分が稼ぎたいっていうそれだけですね。単純な思考です。その頃は綺麗事を言ってられるような状況ではなかったので、とにかく稼げる方法をということで頑張った感じです。

借金も含めて追い込まれていたからこその決断であった、と。

ただ、稼ぎが増えて借金を返済して余裕が出てくると「貢献しなくちゃ」っていう気持ちに変わってくる部分もありました。若い子がよりカメラマンを目指しやすい環境を自分が作ってあげたい、って。そうして途中からそういう方向にシフトしましたね。YouTubeもその一環で「写真の楽しさを人々に伝えられたらいいな」と思ったのがきっかけのひとつでした。

大人が"本気"で遊べば、それが仕事になる



写真の楽しさはまだ十分に伝わっていないと思いますか?

日本は写真の捉え方がまだ固いなと思ってます。どこかアーティスティックで繊細みたいものとして捉えられていると感じていて。そういう敷居の高さは機材の値段だけでいいじゃないですか。アメリカや韓国ではもう少し楽なものとして普及しているんですけど、YouTubeではそういうことを伝えていきたいと思っています。だから写真単体のテクニックに限らず「写真がある生活」や「写真とレジャー」みたいな組み合わせでの楽しみ方をわかりやすく伝えたいですね。カメラって撮る対象やアクティビティに依存することが多いので。

「ライフスタイルの中にある写真」という感じですね。ジムニーで日本を旅するという企画もそんな感じですよね。

そうです。

なおかつナカモトさんは元から車好きでもある、と。

好きなことしかやりたくないんでしょうね(笑)

全部自然と結びついていくわけですね。

結びつけるコツをよく聞かれるんですけど、コツはあまりなくて「大人が本気で遊べばそれが仕事になる」という感じだと思います。あとは、どこまで本気を出せるか。

本気?

例えば今回のジムニー動画でいえば「お金がないから...」と旧型を中古で買って日本一周っていうのでは、ロマンは薄れてしまう。どうせ買うなら、最新のやつを買って日本で一番イケてるカスタムをぶち込む方が本気度が伝わるじゃないですか。そこの差だと思います。そこまで振り切っちゃえば、空振りしても悔いは残らないし、当たればホームランですから。自分にはそういう発想がずっと根底にある気がしますね。

でもあのジムニーのカスタムのはものすごい値段ですよね。

あれはヤバいですよね。動画ではそんなそぶり見せないですけど、正直、手震えてましたよ(笑)。覚悟決めたら覚悟決めたで、後はもう日本一周やらないといけないし。



金銭面だけではない、いろんな葛藤が(笑)

裏ではものすごい葛藤がありましたよ。「これで動画当たらなかったらどうしよう」って。

でも踏み出してみればそういう不安って無くなっていくんですよね。

ありますね。僕の算段では8ヶ月くらいでジムニーのローンが完済できると思って企画を始めたんですけど、このままだと3ヶ月で完済できるペースです。やはり振り切ったもん勝ちだなと激しく思いましたね。はじめにカメラ機材を揃えるときにアコムとプロミスとレイクで多重債務した経験で鍛えられましたね(笑)

お金で困った経験があるからこそ、きちんと使うところを見極めている感じがします。

管理っていう面ではルーズな部分も大きいんですけど、"勝負のかけどき"みたいなのは見逃さないようにしたいと思っています。お金が理由でチャンスを逃したくないので。

最初にカメラマンとして仕事を始めたときに借金で首が回らなかったと伺いましたが、そこで踏み切らなければ今の仕事には繋がっていないですもんね。

あの時も結局翌年には完済できる額を稼いでましたからね。何事も踏み出す勇気というか...いや、踏み出す勇気なんて踏み出す前は絶対わかないんで、踏み出しちゃうんです。「踏み出した後に勇気がわけばいい」っていう発想ですね。

まずやってみる、と。

ただ、カメラ機材を揃えた時は投資だったし、それしか方法がなかったので仕方なかったんですけど、自分にその度量があるのかの見極めはしないといけない思います。それは消費者金融に限らず、銀行相手でも同じ。基本的にはお金を借りて何かをするということは自分の力以上のことをするのと同じなので、今の自分としてはできるだけで自己資金で挑戦していきたいですけどね。

ビジネスは疲れる...。YouTubeを通して達成した「写真ビジネスからの脱却」



以前サンセットスタジオTV内でアップされていた、カメラマンとしてこの経歴やどのように仕事を広げてきたのかを語った動画内では「写真ビジネスから脱却したい」という旨の発言が印象的でした。

その思いはとても強いですね。とてつもなく疲れるんですよ。「ビジネス」って。まず人を使いたくないし、使われたくもないですから。だから、より作家的な方向というか"クリエイター的"な方向に動いて行きたいんです。そして今の時代、もっと写真のあり方も多様化していっていいと思っていたので、YouTubeを使ってカメラマンとして名を上げる成功事例を作るのも面白いんじゃないかと考えたんです。

というと、YouTubeの動画再生数で収益を得るというよりも、そこで知名度を上げることが当初の目的だったわけですね。

目的としてはそっちのほうがはるかに強かったですね。知名度も上がるにつれて広告収益も入ってくるようになりましたけど。

YouTubeで「軌道に乗った」と感じたのはどんなタイミングでしたか?

うちのチャンネルに限っては、全くそれがないですね。最近伸び率が上がってきているけど、基本的にずっとペースが変わってません。自分の戦略として、一気にハネるとコントロールできない部分が出てくるので、そういうことはしないというのがありました。だから木が年輪を刻むように、一年に少しずつ伸ばしていくという積み重ねが大事だと考えています。

YouTuberとしても収益を得ることができて「写真ビジネスからの脱却」は達成できているようにも見えますが、スタジオ自体は続ける予定なのでしょうか?

はい、スタジオは好きでやっていることなので、続けていこうと思っています。2店舗あったところを1店舗閉じたんですけど、縮小しても続けていきたいですね。

現在のナカモトさんとしては、YouTubeと写真どっちが本業だと捉えていますか?

両方ですね。ここまで来ると、自分ではもう"カメラマン"とも思っていなくて、"マルチクリエイター"という呼び方がしっくりくるようになりました。もともとカメラを使って人を喜ばせるということに喜びを感じてカメラを握り始めたので、写真に限定しなくてもいいと思っていて、あまり格好は気にしていません。

好きなことをして生きる=不労所得を得ること。実現に必要なのは「時間」と「お金」

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YouTuberを始めて良かったことはありますか?

自由な時間を得られたことですね。

時間?

写真を商売にして行くと、好きなことだから始めたはずなのに、人に使われるようになってどんどん時間を失っていくんですよ。気がつけば「もう3年経ってるじゃん」っていう。

フリーランスあるあるですね。

好きなことをやっていたはずなのに、知らないうちに日常に追われているような追われていないような、焦燥感があるような無いような、前に進めているような進めていないよな感じで、気づけば時間がなくなってしまうんですよね。

目の前のことに夢中になるのはいいことだと思うんですけど、そこでいつの間にかハマっちゃうっていう...。

夢を追いかけている人や好きなことやってる人、みんなが直面していることだと思うんですけど、そこには「時間という強烈な沼」があるんですよね。そこにどのタイミングで気づいて、どのタイミングでシフトチェンジするかだと思います。

耳が痛いというか、身につまされるお話です。

こういう話を仲間内のカメラマンやクリエイターにすると、みんな「そこは見ないようにしてたんだけど、そうなんだよな...」ってなりますからね。誰もが潜在的に思うところがあるはずです。もちろん全員にそれをやれとは言いませんけど、自分の場合は「クリエイターを殺すのは時間の無さ」だと思っていたので、そこをどうにかしたいと考えていたんです。「プロカメラマンってこういう感じでいいのかな」っていう疑問がずっとあって、もっと側から見て楽しいものにしたかった。だから本当にYouTubeという土俵で写真をやってみて良かったと思います。

結果的にお金もついてくるけど、時間が自由に使えるようになったと。

何よりも時間を得られたことが一番大きいですね。時間ができることによってまた新しい展開を考える余裕ができるので、そういうロジックを作っていくのが大切だと思っています。

そこを抜け出すのって、言い方は生々しいかもしれないですけど「不労所得」しか方法はないですよね。

本当にそうだと思います。よく不労所得という言葉を毛嫌いする人がいますけど、不労所得を作ることって単純に労働を続けるよりももっと工夫が必要で、もっと頭を使わないといけない、ものすごく難しいことなんですよ。やっかみ半分で「クリエイターは物作りして稼いでなんぼだ」みたいなことをいう人も少ないないですが、ものづくりするのにも、成長するのにも時間が必要なんです。それを得るには、やっぱり一生懸命頑張るべきタイミングでは頑張ってお金を作って、それを元手にどうにか不労所得を少しずつ増やしてってやっていかないといけない。これは本当に大変な道です。

こうしてお話を伺うと、ナカモトさんは借金してカメラマンを始め、人を雇ってスタジオを開き、YouTuberとして収益を得るようになるなど、順々にステップを踏んできた印象があります。そこに関してはずっと考えを巡らせて実行してきたのでしょうか?

正直「友だちが少なかった」っていうのが自分にとって大きいと思います。友だちがいないと一人の時間が多くなるので、自然と考える時間が増えるんですよ。お酒も飲みにいかないから無駄にお金も使わないし、時間とお金がどんどん溜まっていくという状況を自然と作ることができました。それは単純にラッキーでしたね。狙ったことじゃなくて、自分の性格の問題なので。「長所と短所は紙一重だな」と強く実感する部分でもあります。

やはりどこかでお金を貯めて、時間を使って考え、それらを元手にジャンプしなければいけないんですよね。

そうです。お金と時間の両方を担保しないといけないと僕は思います。「夢とか希望があって、好きなことやってれば人生は充実する」という考え方がありますが、それをもっと充実させるためのツールがお金で、それを賢く使うために必要なのが時間。それは自分が意識してやり続けてきた部分ですね。カメラマンとかYouTubeは野生の直感的に偶発的にやり始めたものですけど「自分の時間を大切にするということ」そして「好きなことだけをやる」というのは一貫して続けてきたこと思います。この2点に尽きますね。そして最後にもう一つあるとしたら「やるなら本気」ということです。

好きじゃないことをやると時間も減るし、ストレスもかかりますもんね。

好きじゃないことの進まなさはエグいですからね。本当に時間の無駄ですよ。それに比べれば好きなことは楽しいからずっとやれるし、時短にも繋がる。日本は我慢至上主義みたいな感じになっているので、もう日本の教育くらいから変えていかないと思うレベルですね。自分は「好きなことを追求する本気度さえあれば、我慢はいらない」と思っている性質なので。我慢は苦労してするものではなく、必要な時にできるようになってさえいればいいんです。

だからこそ、好きなことをどこまで追求できるのかを、そのうち学生さんに教えたりできたらいいなと思っています。大人になってからは立場や生活など、守るべきものが多すぎて、なかなか変えられないですから。

結婚することで手に入れた「現実的視点」。本気で遊ぶには「ワンマンになってしまったら終わり」

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ちなみに一時期は独身貴族として散財を繰り返していたと動画内で語られていましたが、そうした散財をしなくなったのはどういうタイミングなのでしょうか?

結婚ですね。小遣い制になっちゃって、何を買うにしても全部嫁に伺いを立てないといけなくなっちゃったので、そのタイミングで明確に散財が止まりました。

自分が変わったのではなく、外圧というか、環境の変化が功を奏したと。

自分がまだ独身だったら、今だにじゃぶじゃぶお金使ってると思いますよ。家庭では嫁の尻に敷かれてるくらいが男はちょうどいいと思いますね。

ある意味ではプロデューサーが入ってくれたようなものですもんね。

その発想面白いですね(笑)でも、まさにそうだと思います。何でもかんでも現実的観点から言ってくれるので。ジムニーの企画にしても最初は嫁に説明するところから始めましたから。「客観的に見てこれで当たるかな?」って。

てっきりナカモトさんの独断なのかと思っていました。

YouTubeでやっている企画は、YouTubeやってるメンバー全員で必ず会議してますね。ワンマンになってしまったら終わりだと思っているので、独断では走らないようにしているんです。一つの組織に対して頭脳は一つで良いと思っているんですけど、脳の命令で手が火に触れたら火傷してしまうように、それぞれのポジションで実際に動いてサポートしてくれる人たちとは密に連携を取るべきだと考えています。

YouTuberは顔を出して人前に立つことでもありますが、そうした点で抵抗はありませんでしたか?

抵抗はあまりなかったですね。そこにはホームレスの時代が活かされていると思います。だって、同じ年頃の大学生が通る横で自分は顔をさらけ出してダンボールで寝てたわけですから。それに比べたら、YouTubeで低評価がつくなんてどうでもいいですよ。

経験者が言うと説得力がすごいですね(笑)

(笑)ただ、社員は守っていかないといけないと思っています。だから、基本的に批判の的は僕だけになるように日頃心がけています。

そこで潰れる人は多いですからね。

多いですよね。でも批判のコメントよりもファンの数の方が絶対に多いんですよ。そう言う意味では、ファンの方々には自分も本当に感謝しています。

「ライフスタイルを仕事にする」ということで、写真と沖縄に還元したい



今日はありがとうございました。最後にナカモトさんの今後の展望について伺えますか?

今年中にYouTubeチャンネル登録者数が10万人を超えるのは確実なんですけど、どんどん登録者を増やしながら、今後は沖縄の良さも伝えていきたいと考えています。地元大好きなので(笑)

クリエイターや写真の世界だけでなく、地元にも還元していきたい、と。

はい。沖縄でのロマンある生活を軸に、究極は自給自足のストレスのない村を作りたいですね。「そんなの無理」って周りは言うんですけど、やってみないとわからないじゃないですか。だから僕は無理だと思わないでやりたいです。沖縄での新しいライフスタイルをハイクオリティーな映像と写真で届けていき、そこで使っているカメラのテクニックを紹介する。それによって写真の世界に還元し、そして沖縄に観光客を呼んで地元にも還元していきたいです。

やはりある程度のラインを超えると、自分のために動くのではなく周囲に貢献したいと言う気持ちになるものなんですね。

尊敬するいろんな業界の先輩が「貢献しようと思うようになる」と言ってたんですけど「俺は器小さいから絶対そうならない」って言ってたんですよ。でも、小さい器なりに、自分がやったことで地域や業界に還元できればって思うようになるものなんですね、意外と(笑)だから、自分が好きなことをやって周囲に還元し、観ていただいている人に楽しんでもらう。そういうことをこれからやっていきたいですね。



ライフスタイル自体がお金になると言うのは、究極ですよね。

本当に究極です。クリエイターとしてこれ以上は正直ないと思います。それが今のところうまく行っているので、これを一つの例にしていきたいです。カメラマンがYouTubeで勝負して、最終的にファンをたくさん獲得して、本来は取材する側なのにこうして取材されたりする。「こういう面白いことがあるんだよ」っていうのをどんどん発信して、クリエイターを目指す若い子に夢を持ってもらえるようにしていきたいです。

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