日本刀を鑑賞するポイントは様々ありますが、「刃文」(はもん)の美しさは一番にチェックしたい点と言われています。刃文は「姿」(すがた)や「地鉄」(じがね)と共に、日本刀の作刀時間や、制作地を見分ける決め手となり、刀工ならではの特徴も見られることから、その個性を楽しめるのです。日本刀の刃文について詳しくご紹介します。
その美しさから刃文には、装飾的な要素が大きいと考えられがちです。しかし、刃文は切れ味にも影響を与えるとされています。
切れ味の高い「虎徹」を生み出した「長曽祢虎徹興里」(ながそねこてつおきさと)は、実際に「御様御用」(おためしごよう:試し斬りをする専門職)である山田家に依頼をして、様々な刃文を試し、切れ味の高い刀剣を生み出しました。
模様は、土の塗り方によって変化させることができます。また、美しさだけではなく切れ味にも影響する刃文は刀工の技術が分かる箇所。
つまり、刃文の出来栄えによって、日本刀の価値そのものも左右されるという、重要な位置づけにあるのです。
直刃は直線的ですが、直刃でない焼刃は総称して乱刃と呼ばれています。
鎌倉時代中期には「重花丁子乱」(じゅうかちょうじみだれ)が出現し、江戸時代には「大互の目」(おおぐのめ)、「湾れ刃」(のたれば)という相州伝風の刃文が全盛となりました。
乱刃の種類は、実に28種類以上にも上ります。ここでは、代表的な刃文をご紹介します。
時代 | 伝法 | ||
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鎌倉時代中期 | 備前伝 | ||
代表刀工・流派 | |||
石堂(いしどう)派 |
時代 |
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鎌倉時代中期 |
代表刀工・流派 |
備前一文字派、福岡一文字派 |
時代 |
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鎌倉時代中期~南北朝時代 |
代表刀工・流派 |
備前一文字派、備中青江派、片山一文字則房(かたやまいちもんじのりふさ) |
時代 | |
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江戸時代 | |
代表刀工・流派 | |
摂津国: | 粟田口近江守忠綱(あわたぐちおうみのかみただつな)、 一竿子忠綱(いっかんしただつな) |
時代 |
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江戸時代 |
代表刀工・流派 |
武蔵国:虎徹(こてつ:長曽禰興里[ながそねおきさと])のオリジナル。 |
時代 | |
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江戸時代初期 | |
代表刀工・流派 | |
山城国: | 丹波守吉道(たんばのかみよしみち)のオリジナル。 和泉守来金道(いずみのかみらいかねみち/きんみち) |
時代 | 伝法 |
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南北朝時代 | 相州伝 |
代表刀工・流派 | |
山城国:長谷部(はせべ)派 | 相模国:広光(ひろみつ) |
時代 |
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室町時代中期~ |
代表刀工・流派 |
伊勢国:村正(むらまさ)、[二代]兼若(かねわか) |
刃文において、「焼きの頭」(やきのかしら)とは刃文の頂点である棟(むね:刃の反対側)寄りの部分を指し、「焼きの谷」(やきのたに)とは刃文の底点である刃寄りの部分を、「腰」(こし)とは頭から谷への傾斜のこと。
日本刀の焼刃は、「刃区」(はまち)の下から始まりますが、この刃区下から1~2寸の部分が「焼き出し」(やきだし)と呼ばれ、時代や一派の特徴が表れています。
刀匠の手から研ぎ師の手に渡った段階では、刃文はまだ焼きが不完全な状態です。
そこからさらに研ぎ上げていったときに、はじめてその部分が乱反射します。刃文をどう見極め、どう乱反射させるかは、研ぎ師の腕の見せどころ。刀匠にとっては、自分の造る日本刀の特性を熟知し、輝きを増すことができる研ぎ師こそが必要なのです。
日本刀の優美な姿を表す刃文は、個々の職人達の技が結びついて生まれると言えます。
刃文の中の沸と匂を見分けるには、それぞれの粒子の大きさが決め手なのです。もともと同じ性質の物であり、沸は比較的粒子が粗く肉眼でも確認できます。
しかし、匂は光に透かして見ると白いもやがかかったような形状の微粒子であり、肉眼で確認することは容易ではありません。
「沸出来」(にえでき)もしくは「匂出来」(においでき)の刃文は、粒子の集合体とも言えます。
日本刀を鑑賞する際には、白熱電球などの光に日本刀を透かして刃文を確認しますが、そうすることで、刃文が白く輝いて見えます。
それは沸や匂の無数の粒子が光を当てることで乱反射を起こすから。日本刀の表面に沸と匂の粒子が、突起が高くかつ均一に付着していると、反射が一定方向になるために光が集まりやすくなりますが、それゆえに、刃が明るい状態になるのです。
沸と匂の粒子が付着する「地鉄」(じがね)は均一になっていなければなりません。
均一になるにはよく鍛えられている必要があります。刃が明るい状態が強いほど、高品質な地鉄が使われていることを示しますが、これは刀匠の技術力の高さを表す証拠となるのです。
刀匠は、目指す反りや刃文になるように、焼き入れ前には焼刃土を置いていきますが、必ずしも焼刃土を塗った通りに焼きが入って刃文が現れるとは限りません。土が乾いたら刀身を炉に入れ、焼加減を見て水槽へ入れるのです。
このように、高温状態から急に冷やすことを焼き入れと言います。
焼き入れは鉄の焼け具合を見るため、暗い状態で行なわなければなりません。
そのため、夜間に行ないます。火炉の中で刀身全体を約760度の温度まで上昇させたあとに、一気に冷やし焼入硬化させるのです。
刀匠は、最適な温度を物理的に計測するわけではなく、経験と炎の色で温度を見極めています。ただし、温度が高すぎると亀裂が入ったり、低すぎるとうまく焼きが入らなかったりするため温度の見極めは非常に重要な作業。
なお、焼き入れによって2つの物質ができ、最も硬い組織は「マルテンサイト」、中位に硬い組織は「トルースタイト」。マルテンサイトの粒とトルースタイトの粒は混在していますが、その中でも、粒の大きい物を「沸」、小さい物を「匂」と呼びます。
沸や匂など刃文を構成する要素が様々な形に変化し、刃中に多彩な文様を作り出すのです。
これを「刃中の働き」と言い、日本刀の美しさを左右します。沸と匂の働きが多いことが、日本刀の美しさ、そして品格に通じるのです。
ここでは代表的な文様をいくつかご紹介します。
沸は粒子の大きさが様々あり、大きい順に「荒沸」(あらにえ)・「中沸」(ちゅうにえ)・「小沸」(こにえ)に分別。
伝法によって大きな違いが見られますが、それらを注意深く見極めることで、どの流派の作刀であるかを知ることができます。
大和伝の沸は、山城伝と相州伝のちょうど中間ぐらいの大きさ。刃文よりあふれて地肌にできる沸が多いため、山城伝と比較すると、地刃の境界があまりはっきりしない出来口となります。
相州伝は、最も大きな沸を示しますが、刃先から地肌に向かうにつれて少しずつ大きく、また、荒くなっていくことが特徴。
沸の働きが盛んであるため、きらびやかな刃文になっており、沸の形状を様々な物になぞらえて、それぞれに名称が付けられています。
その周囲が匂に包まれずに単独で存在している沸のこと。
良いとされる沸は、ムラがなく、その輝きが際立っているのはもちろん、ひとつひとつが淡い匂にやわらかく包まれていることが条件であるため、好ましくないとされています。
沸と同様、「匂が主体であるかどうか」、「その匂がどの程度なのか」によって、伝法や流派を見極めることができるのです。
匂本位となる伝法は、「備前伝」と「美濃伝」。備前伝がひと目見て「匂出来である」と判別できるのに対し、美濃伝は、沸本位と比べれば「匂が多い」と言える程度です。
焼き入れの際の火加減がこれらを左右します。
刃文が沸出来となるのは、匂出来の伝法よりも火加減が強いことがその要因です。強い火加減であるほど、匂だった粒子が沸に変化。
つまり、匂本位でありながら備前伝に比べると沸出来に近い状態にある美濃伝は、より強い火加減で焼き入れを行なう伝法であることがうかがえます。沸とは異なり匂の働きには、それぞれに名称は付けられていません。
その代わりに、匂全体の状態を言葉で表現するのが通例です。
また、刃文と平地の境界線を「匂口」(においぐち)と言い、匂のみならず、ひいては刃文全体の良し悪しを決めるポイントになっています。
匂の幅が広く、色が濃くなっている状態。
沸と匂、そして刃文における働きにはさらに多くの種類があり、異なる言葉で表現されています。日本刀鑑賞や鑑定によく用いられる働きをご紹介しましょう。
丁子乱(ちょうじみだれ)の焼刃から刃先に向かって、足状に差し込む働き。
長く伸びている状態を「足長丁子」(あしながちょうじ)、鋒/切先の方向に傾斜して伸びている状態は「逆丁子」(さかちょうじ)と呼ばれています。
様々な種類がある沸と匂は、日本刀の部位の中でもごくわずかです。しかしながら、制作された時代や流派のみならず、刀匠それぞれの手に染み付いた癖などの個性まで現れる部位でもあります。
つまり、沸と匂について理解していれば、作者名や制作年を知る手がかりとなるため、「茎」(なかご:刀身の中で、通常は柄に収まっており、手で触れることが可能な部分)の「銘」(めい:作者名や制作された年紀)を隠したとしても、判別できるようになるのです。
刃文、そして沸と匂は、博物館などに展示されている日本刀のキャプション(説明文)や鑑定の解説などでもよく見られる言葉です。
どのように使われているかを知っておくことで、日本刀のことをより深く味わえるようになります。そうすれば、何となく難しいと思っていた日本刀の世界が身近になり、さらに楽しめるようになるでしょう。