横山光輝が生み出した独自キャラクター・鴉(からす)。金や愛欲のために手段を選ばず、様々な暗殺を請け負います。霞の小太刀(かすみのこだち)という素早い剣技で相手を倒します。(■横山光輝の刀剣キャラ③ 霞の小太刀の使い手・鴉より)
【鉄人28号】、【バビル2世】などで知られる横山光輝(よこやまみつてる)。白土三平、山田風太郎らの人気で生じた忍者ブームを【伊賀の影丸】、【仮面の忍者 赤影】などで上手に取り入れました。青年漫画雑誌興隆の中で時代劇漫画が盛り上がった時期には、【闇の土鬼】で史実を押さえた手法に歩み出し、青年漫画的な骨太の少年漫画を生み出します。その後、中国史物である【三国志】、歴史小説家「山岡荘八」原作の【徳川家康】を原作とする漫画を描き、人気を博しました。
横山光輝は手塚治虫の【メトロポリス】に影響を受け、本格的に漫画家を志します。大阪で貸本漫画に携わり、【音無しの剣】で単行本デビュー。音無しの剣と言われた江戸時代後期の実在の剣客・高柳又四郎をモデルにした少年剣士を描きました。
その後も、2振の妖刀を巡る【魔剣烈剣】、幕末の実在の剣客・男谷精一郎を描いた【竜車の剣】、【白竜剣士】、林不忘原作【丹下左膳】などの刀剣漫画を発表します。
手塚治虫とは交流も生まれ、手塚治虫原作/横山光輝作画の漫画も発表し、手塚治虫の助手も担当します。そして手塚治虫の【鉄腕アトム】と同じ月刊少年漫画雑誌に連載した【鉄人28号】が最初のヒットになりました。
その同じ時期には、【風の天兵】や、テレビドラマと連動した北村寿夫原作の【風小僧】、必殺剣「木の葉返し」を会得しようとする少年剣士を描いた【くれない頭巾】などの刀剣漫画も描いています。
鉄人28号がラジオドラマ化・実写テレビドラマ化されるなか、横山光輝は伊賀忍者を主人公とした【伊賀の影丸】(1961~1966年〔週刊少年サンデー〕連載)を発表します。
司馬遼太郎【梟の城】、山田風太郎の【忍法帖】シリーズ、白土三平【忍者武芸帳 影丸伝】、村山知義【忍びの者】などが注目されている時期でした。
自身の忍者物の初の長編となった伊賀の影丸は連載3年目に、映画化・テレビ人形劇化されて人気になります。忍者ブームも生まれ、10人の漫画家によるリレー作【忍法十番勝負】(1964年〔冒険王〕連載)で横山光輝は、リレーの最後を受け持ちました。
そして、モノクロからカラーへとテレビが移り変わっていくこの時期、日本初の少女向けアニメとなった【魔法使いサリー】や、【ジャイアントロボ】、【コメットさん】の原作でテレビ番組に深くかかわっていきます。
特撮テレビドラマと連動して描くことになった【仮面の忍者 赤影】(1967~1968年〔週刊少年サンデー〕連載*連載開始時【飛騨の赤影】)を、伊賀の影丸と入れ替わるかたちで発表し、こちらも人気を博しました。
その後、横山光輝は短編【愛執】【魔剣】をもとに長編【血笑鴉(けっしょうがらす)】(1970~1972年〔現代コミック〕〔週刊漫画アクション〕連載)を発表します。
記憶を失った剣客があてのない旅を続ける中で、金や愛欲のために手段を選ばず、様々な暗殺を請け負っていきます。名を忘れた主人公・鴉(からす)は、霞の小太刀(かすみのこだち)という剣技を駆使します。それは、「1振りしたと見えたときは2振りしており2振りしたと見えたときは3振り」している剣技です。
霞の小太刀の説明は、ろうそくを使っての描写も行われました。勝新太郎主演の映画【座頭市】シリーズ(原作・子母澤寛)で先行した手法です。鴉は、シューッと横にろうそくを斬ると、ろうそくはポロッと下へ転がり、落ちた側がパタッと真っ二つに割れました。
血笑鴉は連載終了の5年後、少年漫画雑誌で再開されます(1977年〔月刊少年チャンピオン〕連載)。鴉は過去の罪を消すことはできず、山での隠居生活を追われ、再び町に出ることになります。
このとき霞の小太刀の他に、秘剣・霞み切り(かすみぎり)が披露されます。その秘剣名は白土三平【カムイ伝】の主人公・カムイの夙流変移抜刀霞斬り(しゅくりゅうへんいばっとうかすみぎり)からの影響がうかがえます。
横山光輝は青年漫画雑誌と少年漫画雑誌で描写を変えました。
貸本漫画から月刊・週刊少年漫画雑誌への移り変わりに続いた青年劇画・漫画雑誌の創刊時期(〔週刊漫画アクション〕、〔ビッグコミック〕、〔別冊プレイボーイCOMICS クレイジー〕、〔プレイコミック〕など)、横山光輝も青年漫画を描いていきます。
伊賀の影丸、仮面の忍者 赤影で描いた江戸幕府の隠密や織田信長配下の木下藤吉郎(のちの豊臣秀吉)への従事といった体制寄りとは違い、青年漫画では、不条理な仇討ち、愛憎、裏切り、暗殺などを通してアウトローを描きました。それらの短編が長編の血笑鴉などのアイデアとなっていきました。
横山光輝は代表作のひとつとなる【バビル二世】を経て、短編【暗殺道場】をもとに長編【闇の土鬼】(1973~1974年〔週刊少年マガジン〕連載)を発表します。
闇の土鬼の主人公は、百姓の家に生まれてすぐに貧しさから間引きのために土に埋められます。そこを通りがかった僧にもらわれ、土の中から生まれてきた鬼の子として、土鬼(どき)と名付けられました。間引きのときの後遺症から右目と左腕が不自由なものの、天賦の才ゆえに育ての親から中国武術をもとに編み出された「裏の武芸」を教わります。
中国渡来の七節棍を主たる武器とする土鬼は、秘密の技として2振の刀剣を駆使する剣技も会得しています。1振の刀を敵の頭上に落下するよう投げ、手にしたもう1振の刀で敵に立ち向かい、頭上と正面との両方で攻める剣技です。この剣技を横山光輝は塚原卜伝の一の太刀と称しました。
鴉の霞の小太刀と土鬼の塚原卜伝の一の太刀、共に一挙両得的な剣技となっています。
闇の土鬼は、豊臣家と徳川家がせめぎあっていた時期、徳川方の暗殺集団として働いたとする血風党と、血風党の脱党者に育てられた土鬼との対立が軸です。
横山光輝はそこに、江戸幕府第3代将軍・徳川家光とその弟・徳川忠長との対立という史実を盛り込みました。土鬼、組織維持のために暗殺帖を盾に江戸幕府を脅す血風党、血風党と連携する江戸幕府に不満を持つ徳川忠長、それらアウトローを江戸幕府は柳生十兵衛に命じて一挙に亡き者にしようとする骨太な漫画です。
暗殺帖や公儀の裏側で暗躍する柳生像は、五味康祐【柳生武芸帳】の着想を受け継いでいます。
横山光輝はその後、中国史物(【三国志】、【項羽と劉邦 若き獅子たち】など)、山岡荘八の原作物(【徳川家康】、【織田信長】、【伊達政宗】、【豊臣秀吉 異本太閤記】)に継続して力を入れていきます。青年劇画・漫画の興隆期に描かれた血笑鴉、闇の土鬼は、少年も青年もどちらも楽しめる刀剣漫画です。
漫画「徳川家康」は、歴史小説家山岡荘八の描いた長編歴史小説「徳川家康」を描いた漫画です。全26巻にもなる小説・徳川家康は、バブル期には一大「家康ブーム」を巻き起こし、経営者達のバイブル的存在にもなりました。
漫画・徳川家康は、徳川家康の父「松平広忠」(まつだいらひろただ)の青年時代を序章に、本作の主人公・徳川家康の誕生から75歳で生涯を終えるまでを描いた長編漫画です。
全8巻、23章にわたり、江戸幕府を開いた徳川家康の生涯と、戦国武将達が割拠する戦国時代の熱い戦いや駆け引きが描かれています。人質として過ごした幼少期から、弱小国・三河国(現在の愛知県東部)の君主となり、天下統一に名乗りを上げる壮大な一代記は、原作に忠実なストーリーが展開され、少年、青年ともに楽しめる漫画です。