【プリンセス トヨトミ】と【本能寺ホテル】の2作で時代劇的な要素を持つ映画を監督したテレビ演出家・鈴木雅之(すずきまさゆき)。それらでは豊臣家の末裔と織田信長を取り上げます。レストランを舞台にした三谷幸喜脚本のテレビドラマで密室劇的な演出方法を確立したその作風では、優しいファンタジーが基礎となっています。
鈴木雅之は、TBS(現TBSテレビ)の子会社を経て、フジテレビの子会社・共同テレビに転職します。一緒に転職した上司、若松節朗(石原隆企画による三谷幸喜脚本【振り返れば奴がいる】と中園ミホ脚本【やまとなでしこ】でチーフ・ディレクター、浅田次郎原作の時代劇映画【柘榴坂の仇討】監督など)のもとで修業を積み、演出家デビューします(本格的デビュー作は【世にも奇妙な物語】第1回第1話)。
さらに共同テレビの子会社・共同スタッフ(現ベイシズ)を経て、フジテレビへ移籍(1994年)。数多くのヒット作を手がけていくことになります。
そして、三谷幸喜によるオリジナル脚本【王様のレストラン】(1995年:石原隆企画)でチーフ・ディレクターを務め、密室劇的、左右対称の構図、カメラ目線の多用などの作風が確立することになります。
同作は、主人公の若きオーナーと彼を支えるギャルソンの関係が、源義経と武蔵坊弁慶の関係になぞらえられており、登場人物も関連武将の名がもじられています。
また、同年チーフ・ディレクターを務めた岡田惠和によるオリジナル脚本【まだ恋ははじまらない】(1995年:石原隆企画)は、江戸時代に身分違いから心中した男女による恋の因縁を描いた現代劇でした。
そしてチーフ・ディレクターを手がけた、安田弘之の漫画を原作とする江角マキコ主演【ショムニ】(2001年)と、木村拓哉(当時SMAP)主演【HERO】(2001年:石原隆プロデュース)は人気シリーズとなります。
同年、藤原紀香と草彅剛(当時SMAP)主演【スタアの恋】(2001年:石原隆企画)の流れから、テレビ時代劇の特別番組を手がけます。
木下藤吉郎(豊臣秀吉)を主人公とする【太閤記 サルと呼ばれた男】(2004年:石原隆企画)と【徳川綱吉 イヌと呼ばれた男】(2005年:石原隆企画)です。草彅剛が共に主演を務めました。脚本は共に、のちにNHK大河ドラマ【龍馬伝】を手がけることになる福田靖(代表作:【HERO】)です。
太閤記 サルと呼ばれた男では、人を斬るのが嫌いで百姓に負担がかかる戦が嫌いな木下藤吉郎(豊臣秀吉)像を。徳川綱吉 イヌと呼ばれた男では殺生嫌いの徳川綱吉と赤穂事件(忠臣蔵)の結末を独自につなげるなど、大いに創作がなされました。
鈴木雅之は、藤沢とおるの少年漫画原作で、反町隆史主演【GTO】の劇場版で映画監督デビューします(1999年〔東映〕配給)。アクション要素も強かった連続テレビドラマ版(〔関西テレビ〕制作)を、密室劇的にするなど自身の作風に引き寄せています。
翌年、放送10周年記念として【世にも奇妙な物語 映画の特別編】(2000年〔東宝〕配給:石原隆プロデュース)が公開されます。4本のオムニバスのうち1作を監督。清水義範原作、君塚良一脚本、中井貴一主演「携帯忠臣蔵」です。タモリが務めるストーリーテラーのパート監督も担い、その脚本は三谷幸喜が手がけました。
また、藤子不二雄Ⓐ原作【NIN×NIN 忍者ハットリくん THE MOVIE】(2004年〔東宝〕配給)を手がけます。主演は香取慎吾(当時SMAP)です。脚本はマギーが担当しました。そののちも、木村拓哉(当時SMAP)主演の劇場版【HERO】(2007年〔東宝〕配給:石原隆総括プロデュース)の監督を手がけています。
鈴木雅之は自身4作目となる長編映画作品で、万城目学(まきめまなぶ)のファンタジー小説【プリンセス・トヨトミ】を映像化することになります。
3年前、万城目学のファンタジー小説をテレビドラマ化した玉木宏主演【鹿男あをによし】(2008年:石原隆アソシエイト・プロデュース)でチーフ・ディレクターを務めていました。現代の奈良を舞台に、卑弥呼の時代からつながる日本の危機を救う物語が奇想天外に描かれます。
プリンセス・トヨトミでは、司法・行政・立法から独立する会計検査院が題材です。
大阪にある謎の社団法人OJOの実地調査を行うため、東京・霞が関から会計検査院が訪れたことで奇想天外な大阪の歴史が明らかとなります。
徳川家康が豊臣家を滅亡させた大坂夏の陣以後も、豊臣秀頼の子・国松は生き残っていたと言う生存説が採用されています。登場人物達も戦国武将ゆかりの名前が使用されます。
こうした特異な設定を通じて、じつは物語では父と息子(主人公のひとり会計検査院の男性と亡き父親、お好み焼き屋主人とその息子など)における文化の継承、そんな男性陣による伝統世界で生きる女性の存在が主題となっています。
鈴木雅之監督作【プリンセス トヨトミ】(2011年〔東宝〕配給:石原隆企画)では、原作小説とは異なる演出がいくつもなされます。
会計検査院の3人である副長・松平元(男性)、鳥居忠(男性)、旭・ゲーンズブール(女性)には、堤真一(松平元)、綾瀬はるか(鳥居忠子)、岡田将生(旭 ゲーンズブール)が配され、2名の性別が変更されました。
会計検査院と対立関係となる、和菓子屋主人の浅野と公認会計士の片桐と小学校の社会科教師・長宗我部、法律専門の大学教授・石田の役どころは、映画版ではOJO(大阪城趾整備機構)経理担当の長曽我部(笹野高史)、財団法人大阪城趾歴史研究所で働く京都大学に勤めていた歴史学者・漆原修三(江守徹)となります。
実地調査が進むなかで、お好み焼き屋「太閤」の主人・真田幸一(中井貴一)、その息子でセーラー服を着て中学校に通う真田大輔(森永悠希)、その幼馴染で短髪・男勝りの橋場茶子(沢木ルカ)、真田大輔をいじめる暴力団蜂須賀組組長の息子・蜂須賀勝(上村響)の物語がからんできます。
そして、松平元のするどい調査によって真田幸一の正体が明らかに。そこに400年にわたる歴史の封印が解かれる騒動が起き、大阪が全停止に至ります。果たしてOJOの本当の意味とは? 豊臣家の末裔とは?
映画プリンセス トヨトミでは、物語が3分の1を過ぎたところで、真田幸一(中井貴一)から大阪国総理大臣を務めていることが松平元(堤真一)に明かされます。
大阪城の地下にあたる秘密の大阪国国会議事堂内。真田幸一、真相を話すために松平元を招いた。
松平元
「明治維新ですか」
真田幸一
「その通り。維新政府の成立を機に、彼らは大阪を国として認めてもらいたいと明治政府に申し入れました」
松平元
「そんなもの、政府が認めるわけがない」
真田幸一、机に置かれてあった桐の箱を持ち出す。
真田幸一
「慶應四年四月六日、太政官政府と大阪国の間で取り交わされた条約書です。新政府の財政は成立直後から破綻寸前でした」
と、条約書を手渡す。その表紙には「大坂國獨立条規」の文字。
画面は、慶應四年、太政官政府と大阪国の代表が条約を取り交わす回想場面へ。
真田幸一(声)
「大坂国の財力がなければ、旧幕府軍との戦争に勝つことができない。新政府は大阪国の要求を呑むしかなかったんです」
画面は、「慶應四年戌辰四月六日 總裁局 岩倉具視 顧問 木戸孝允 大久保利通 西郷隆盛 大隈重信」の文字。条約書が閉じられる。
真田幸一
「本物ですよこれは」
映画【プリンセス トヨトミ】
プリンセス トヨトミの映画版における歴史観は、歴史学者・漆原修三(江守徹)と松平元(堤真一)との会話で語られます。
真田幸一から大阪国の存在を明かされた松平元、真偽を確かめるべく、漆原修三のもとを訪ねる。
松平元
「先生、もし本当に国松が生き残っているとして、その後、豊臣の血筋はどうなったのでしょうか」
漆原修三
「わからんね、そんなことは」
松平元
「真実を知る手立てがないということですか」
漆原修三
「書物に書かれた歴史というのは、あくまで氷山の一角に過ぎない。しかもその時々で権力を持った者が、好き放題手を加えている可能性も大いにある。そう考えると真実なんてどこにあるのかわからなくなる。世の中には人目に触れずに消えていく隠された歴史が死ぬほどあるってことだ」
映画【プリンセス トヨトミ】
プリンセス トヨトミの映画化から6年後、鈴木雅之は本能寺の変を題材にした長編映画を監督します。
【本能寺ホテル】(2017年〔東宝〕配給)です。プリンセス トヨトミで共演した堤真一と綾瀬はるかコンビの次なる作品として企画されました。鹿男あをによしとプリンセス トヨトミの脚本を手がけていた相沢友子によるオリジナル物語です。
この物語は、織田信長が明智光秀に討たれた本能寺のあった場所に建てられた本能寺ホテルが舞台です。
会社が倒産して失業の最中、恋人からプロポーズされた女性・倉本繭子(綾瀬はるか)は、恋人の両親の金婚式のために彼の故郷・京都を訪れます。けれども予約していたホテルの日にちを間違え、代わりに選んだのが本能寺ホテルでした。
そのエレベーターに乗ると、彼女は戦国時代の本能寺へタイムスリップ。現代と戦国時代を何度も往復することになります。
戦国時代で彼女は、織田信長(堤真一)と、その小姓・森蘭丸(濱田岳)と共に時間を過ごすことで、これまで何もやりたいことが見つけられなかった自分の生き方を振り返り、自らの足で一歩を踏み出すに至ります。織田信長と倉本繭子の淡い恋愛ファンタジーの装いとなっています。
撮影場所には、随心院(京都市)、東福寺(京都市)、書寫山圓教寺(しょしゃざんえんぎょうじ:姫路市)などが使用されています。
本能寺ホテルでは、織田信長(堤真一)も倉本繭子(綾瀬はるか)と出会ったことで、自身の運命が変わったとされます。史実は変わらなかったものの、血や身分にこだわらず、家臣のなかから最も天下泰平を叶える者にその後を託します。
夜。本能寺。白い着物に身を包んだ織田信長、書状を書いている。森蘭丸を呼び付ける。
織田信長
「謀反がなかったとしても今わしが死んだらどうなると思う」
森蘭丸
「恐らくではございますが、柴田殿がご嫡男・信忠様の後見人になられるかと。しかし丹羽殿、滝川殿がおとなしく従うとは思えませぬ。信孝様を担ぎ上げ、跡目争いになるやも。いや、それよりも前に、徳川殿が織田家を滅ぼすことも十分に考えられまする」
と、書状を手渡す。
森蘭丸
「これは」
織田信長
「読めばわかる」
森蘭丸
「ただちに柴田勝家殿へお届け致します」
織田信長
「いや、勝家ではない、サルだ。秀吉に届けよ」
森蘭丸、書状を開くとそこには秀吉殿と記されていた。
森蘭丸
「謀反の話を聞いた時からずっとこのことを考えておられたのですか。逆賊討伐は正義の裁き、しかしなぜ羽柴殿に天下統一をなせと。親方様自ら天下統一をなすおつもりだったのでは?」
織田信長
「誰でもよいのだ。この国に天下泰平の世がやってくるのがわしの望みだ。よいか蘭丸」
森蘭丸
「はっ」
織田信長
「わしは武士の誇りなどというもののためには死なん。わかったらすぐに、その文を出せ」
森蘭丸
「はっ、承知仕りました」
映画【本能寺ホテル】
鈴木雅之は現在も、テレビドラマの演出(横幕智裕原作・モリタイシ作画【ラジエーションハウス〜放射線科の診断レポート〜】、新川帆立原作【元彼の遺言状】など)、アイドル主演の映画作品(東野圭吾原作【マスカレード】シリーズ)を手がけます。
プリンセス トヨトミでは豊臣家の末裔を、本能寺ホテルでは織田信長を描いた鈴木雅之。時代劇の要素を持つその監督作品では、あくまで現在を通じて優しいファンタジーとして歴史が描かれました。そこには本能寺ホテルで描かれたように歴史を改変するのではなく、プリンセス トヨトミで描かれたように人に知られない歴史があると言う考えが根底にありました。