1日に死去したプロレス界のスーパースター、アントニオ猪木さん(本名猪木寛至=享年79)を歴代プロレス担当が振り返る追悼コラムの番外編。米大リーグで活躍した松井秀喜氏(48)の担当記者が、猪木氏との〝夢の対談〟の裏で見せたその人柄を振り返る。

【さらば燃える闘魂・番外編】

 2010年3月末、ヤンキースからエンゼルスに移籍してキャンプ終盤を迎えた松井氏のもとを本紙の企画で猪木さんが激励に訪れた。

 2人が言葉を交わすのはこの時が初めて。普段と違い珍しく緊張の色がうかがえる松井氏を〝猪木節〟で盛り上げる展開に。猪木さんが、当時結婚して2年の松井氏に「修行とは出直しの連続という言葉があるけど、結婚とは出直しの連続なんてね(笑い)。男は旅をした方がいい。あんまり家にいると、どうしても奥さんの尻に敷かれちゃう」と説いたり、自身と同じく将来の政界入りを「ぜひ出てもらった方がいいね。もう、バット持ってみんなぶっ飛ばしちゃうくらいでね。いずれはそういう道もあるだろう」と勧めるなど猪木ワールド全開。松井氏も対談後に「やっぱり大物は違うな」と舌を巻くほどの存在感だった。

 そんな2人の初対面の裏で、記者は猪木さんが見せた、松井氏への〝敬意〟が忘れられない。

 猪木さんは対談の前に、自ら希望して松井氏が出場したエンゼルスのオープン戦を観戦することになった。記者は球団にお願いしてバックネット裏の特等席を用意。しかし、いざ試合が始まると、当日はアリゾナならではの強い日差しが照り付けて気温も急上昇し、真夏のような猛暑となった。猪木さんの体調を関係者が案じたこともあり、記者は再びエンゼルス側に冷房の効いた室内の観覧席を用意してもらった。

 そして「涼しい部屋がありますので、そちらでご観戦ください」と勧めると、猪木さんは「いや、オレはいいから。ここで見る。他のみんな(猪木さんに同行した関係者)はそっちに移ってもらっていいよ。おれはせっかくだからここで松井君を見たい」と席の移動を拒んだのだ。そこには、同じアスリートとして松井氏をできるだけ間近で、そして自分だけ涼しい部屋で観戦するのは〝失礼〟にあたるという猪木さんの矜持があったと記者は受け止めている。

 一見、豪快そうに見えて、その後に松井氏と対面した際には「ヒザの方はどうなの?」と尋ねるなど、事前に相手の近況を頭に入れておく気配りも垣間見えた。
        
 常に相手に対してリスペクトを持って接していた猪木さん。スーパースターの神髄を見せていただきました。

(元松井秀喜氏担当、現サッカー担当・渡辺卓幸)