言葉の森を彷徨って 長田弘・詩『風のことば 空のことば 語りかける辞典』 画家・絵本作家 いせひでこさん(71)

2020年6月21日 07時00分
 <あなたは言葉を信じていますか>で終わる長田(おさだ)弘さんの詩『最初の質問』の絵本化(二〇一三年)はとても難しく、一年間、壁に貼ったその詩を体に刻み続けた。描きあがった絵本を見て、長田さんは「絵と言葉の二重奏」「詩が喜んでいる」と言ってくれた。

故長田弘さん

 次の長田さんとの絵本『幼い子は微笑(ほほえ)む』(一六年)はさらに難しく恐ろしかった。生まれて泣くことを覚え、ことばを覚え、人はそれと同じだけの悲しみを知る、人は微笑(ほほえみ)を忘れていくという終わり方だ。再び壁に貼った詩を見つめる日々。産院に通い、何十人もの赤ちゃんをスケッチした。いよいよ描き出した一五年、詩人はプイとお空の散歩に出かけてしまった。泣きたかった。
 二年後のある日、分厚い紙の束がどさりと空から降ってきた。開けると短い言葉が二千以上ぎっしりつまっていた。手紙にはたった一言「詩集のタイトルは『語りかける辞典』です」。どの一言も、どのフレーズも森や風や日なたの懐かしい匂いがした。そして「好きなように並べてごらん」と言ってるようだった。
 <絵を描くことは、絵に描けないことを描くことなんだ。/見えないものを見て、物語を描くことなんだ>。そう、私は、この言葉に出会うために二千余の言葉の森を彷徨(さまよ)っていたのだ。
 <好きな木に好きな名を付ける。/(略)/すると、とても懐かしくなる。毎日の風景が>。近くの川辺に一本のハクモクレンがある。「長田さんの木」と名付け、行き詰まると会いに行く。長田さんは生前最後の詩集で、ハクモクレンの詩を<きみはまず風景を慈しめよ。/すべては、それからだ>(「奇跡−ミラクル−」)と結んでいた。
 長田さんは幼い子にもわかる言葉で、難しいことを言う。<立ちどまらなければ/ゆけない場所がある。/何もないところにしか/見つけられないものがある>(『世界は一冊の本』収録の「立ちどまる」より)。絵を描くとき、私はいつもこの四行に帰っていく。
 辞典の形をした絵本のような詩集を目指した。どのページにも長田さんの言葉を損なうことなく、でしゃばらず私の愛するものたちの絵を入れていった。お空の詩人の言葉に耳を傾けた三年の歳月から聞こえてきた私の「風のことば 空のことば」。
 <空の庭は、/雲の草や、雨の木や、にじの花が咲く庭です>。今、長田さんはそんな庭に住みついている。 =寄稿
 講談社・一七六〇円。

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