「あれ?」と誰かが口に出していれば…「多重防護」をすり抜けてしまった羽田空港の衝突事故

2024年1月9日 06時00分
 羽田空港で日本航空機と海上保安庁機が衝突炎上し、海保機の5人が死亡した事故から、9日で1週間となる。これまでの国土交通省や現役操縦士への取材で、人的なミスが複数の防止策をすり抜け、事故に結び付いた可能性が高い。どこかで食い止めることはできなかったのか。(羽田航空機事故取材班)
 「全員がどこかで何かミスをしたかもしれないし、それをどこかで拾えたのではないか」。国際線の現役操縦士はそう語る。かつて、着陸許可が出ているのに滑走路上に離陸機がいて自分で気付き、着陸やり直し(ゴーアラウンド)をした経験があるという。

◆復唱された「ナンバー1」…海保機はその後滑走路に入った

 注目したのは事故直前、管制官が海保機に発した「ナンバー1」という単語。「滑走路前待機が1番目」の意味で、海保機は復唱した。だが、待機せずに滑走路に入った。海保機の機長は事故後「許可を得て進入した」と話している。
 操縦士は「ナンバー1は地上移動でも離着陸でも順番を示すのに使う。前後関係を理解しないと、何が1番目なのか分からなくなる。管制塔と他機との交信を聞くことが大切」と語る。「海保機は飛行場管制(タワー)と他機との交信を聞く時間が短く、日航機への着陸許可を把握できずに、1番目の意味を取り違えたかもしれない」とみる。

海上保安庁の航空機と衝突し、炎上する日航機=2日、羽田空港で

 国交省が公表した事故前の交信記録は、離着陸許可を出すタワーだけで、海保機との交信は日航機に着陸許可が出た後に始まる。海保機が使った「C5」の滑走路前停止位置は、C滑走路でよく使われる滑走路端の「C1」に比べて早く到着する。地上移動を担当する「地上管制(グランド)」の指示で周波数をタワーに変えるタイミングが、滑走路前停止間際だった可能性がある。

◆誤進入防止の仕掛けはいくつもあった

 滑走路への誤進入はこれまでも起きている。再発防止のため導入され、事故に結び付く前に食い止める仕掛けは複数あった。
 C5には「ストップバーライト(停止線灯)」がある。滑走路に進入できない間は赤く光る、誤進入を防ぐ「交通信号機」だ。国交省によると、事故当時は使用する基準より視界が良く、更新工事中でもあり、稼働していなかった。操縦士は「視界に関係なく常に使えばいいのでは」と指摘した。

運用再開したC滑走路に着陸する日航機=8日、羽田空港で

 滑走路に入る飛行機があれば、管制官に画面で注意喚起する監視支援システムもあった。海保機が表示された可能性があるが、管制官は画面を常に監視しているわけではなく、当時見ていたかどうかは判明していない。
 さらに操縦士は普段からの「クルー・リソース・マネジメント」の徹底を挙げる。今ある人的資源を駆使して安全を確保する考え方で、航空会社では常識という。複数の乗員ら関係者が異変に気付けば、指摘しやすい関係を保つのが一例。「管制塔、日航機、海保機の誰か1人が異変に気付き『あれ? 何か違うのでは?』と口に出していれば」。操縦士が悔やむ。
 航空業界ではミスや故障が起きても最小限に抑える多重防護(フェイルセーフ)の仕組みを求める。国交省は今回「復唱」が多重防護だったと記者会見で述べるほど、管制はアナログだ。航空評論家の青木謙知さんは「人間が飛行機を操縦し管制する以上、人的ミスはつきまとう。普段は多重防護が機能しているから事故が起きない。調査を徹底した上で真相を究明し、再発を防ぐ具体的手だてを考えるべきだ」と話した。

 羽田空港衝突事故 2日午後5時47分ごろ、札幌発の日航516便エアバスA350-900型がC滑走路に着陸直後、能登半島地震で支援物資を運ぶため滑走路にいた海保機ボンバルディアDHC8-300型「みずなぎ1号」と衝突、約1キロ先で停止した。両機は炎上し、日航機の乗客乗員379人は3カ所からシューターを使い、約18分間で全員脱出。海保機は乗員5人が死亡、機長が重傷を負った。運輸安全委員会は航空事故調査官を派遣し、両機のボイスレコーダー(音声記録装置)やフライトレコーダー(飛行記録装置)を回収。警視庁も業務上過失致死傷容疑を視野に捜査している。

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