「ホームレスという言葉なくしたい」から市川加奈さんが手がける「仕事紹介」 その日常と葛藤

2024年1月1日 12時00分
連載<その先へ 解なき時代に>①
 政治不信で揺れる日本。中東やウクライナでは多くの民間人が犠牲になる。混沌(こんとん)とした世情の中、貧困や差別をはじめとした社会の病理は依然として残る。やすやすと答えが見つけられない今、何をなすべきか。「解なき時代」に歩みを進める人々から考える。

◆大みそかの前日も多摩川で炊き出し

炊き出しを手伝う市川加奈さん=12月30日、川崎市川崎区で

 大みそかの前日。市川加奈(30)は、川崎市内の河川敷近くにいた。炊き出しの応援のためだ。
 ずんどう鍋で作った年越しそば。器に注ぐと湯気が立つ。列をなすのは、近くの路上生活者ら60人。市川は、そばを手にした人たちに「良いお年を」と声を掛けてバナナを渡す。「ありがとね」。受け取った人たちのほおが緩む。
 「みんな、話していて面白いし、人として好きだから、何とかしたい」
 そう語る市川は、生活困窮者を支える会社「Relight(リライト)」を営む。創業は2019年。手掛けるのが、住まいがない人に寮付きの仕事を紹介する「いえとしごと」だ。同僚は2人。ウェブサイトの運営を担う社員の男性(28)とアルバイトの女性(40)。事務所は東京都新宿区にあるが、同僚と役割分担し、リモートでやりとりすることも多い。

◆路上生活「見て見ぬふり」に無力感

 起業の原体験は高校1年の頃。東京の郊外、青梅市で生まれ育った市川は、友人と訪れた立川駅近くの高架下で寝る人を目にした。
 地元で見たことがない光景。「寒空の下で寝る人がいても、みんな見て見ぬふり」。ただ、自身は何もできず、無力感が募った。
 大学進学後、大阪の西成や札幌の地下街の路上生活者の実態を見に行った。生活困窮者の支援に取り組む企業「ビッグイシュー」でのインターンも経験した。
 大学ではゼミなどで途上国の支援や調査に携わった一方、日本の貧困から目をそらせず、卒業後は起業家を育てる会社「ボーダレス・ジャパン」に入った。「人手不足の会社があるのだから、困る人をつなげられないか。かみ合っていないパズルをうまくはめたい」

◆家飛び出した男性「夢を思い出した」

 出身企業から資金援助を受けて起業に動いた市川は寮付きの求人を出す業種、例えば建設業や製造業、警備業の会社に営業をかけた。求人内容は、リライトのサイトやX(旧ツイッター)で伝え、LINEの相談窓口も案内する。問い合わせは月200件ほど。相談対応は市川が担い、ウェブや対面で面談するのは20〜30件、就職につながるのは10〜30件になる。リライトには求人の紹介料や仕事の仲介料が会社側から入る。
 これまでの相談で印象的だったのはコロナ禍の3年前。30代後半の男性だ。職場で高圧的な対応を受けて仕事が嫌になり、家族との関係もうまくいかず、身分証や携帯電話を置いて北海道の家を飛び出し、「死ぬために上京した」という。
 誰にも相談できず抱え込んでいた男性は、市川に思いを吐露。話を聞くうちに落ち着きを取り戻す。会話の中で男性が調理師免許を持つと分かり、知り合いのNPOが運営する高齢者の入居施設で食事を作る仕事を紹介した。男性は今も続け「飲食店をやりたい夢を思い出した」と話す。

◆切迫した声「寝るところがない」

 「相談者それぞれに絶対的な幸せの解はない。だけど、ちょっと先を見据えて何かしたいと思うようなポジティブな意欲を出してもらえるのが理想」

生活困窮者を支える会社「Relight」を創業した市川加奈さん

 リライトに相談を持ちかける6割が20〜30代で、そのほとんどが男性という。「家族とは仲たがいなどがあって実家を出て、友人は結婚するなどして周囲に頼れる人がいなくなり、孤立し始める時期なのだろう」
 携帯電話があっても通話や通信機能が使えない人も多くいる。支払いが滞り、機能が止められている人らだ。ほとんどが公衆無線LANやネットカフェで市川の会社のサイトを調べ、問い合わせてくるという。
 「お金がない」「寝るところがない」「ここがだめなら死のうと思った」—。市川に届くそうした言葉。「相談があるのは1週間後も見通せない人たち。野宿するしかないような状況」
 生きるために働かなければならない緊迫感もある。
 「『急ぎで今日すぐに仕事に入りたい』『所持金がないので迎えに来てほしい』という世界観なので、スピードを重視して面談せず、サイトに載せた求人への応募で直接企業につながる形が半数以上ある」

◆「合わない」「できない」諦める人も

 起業から4年余。事が簡単に進まないことも体感している。相談者の8割ほどは「仕事が合わない」「自分にはできない業務」などと帰っていく。
 「今は都心だと毎日どこかで炊き出しをしている。空き時間に働けるバイトなど、日払いの仕事が結構ある。昔より働く選択肢が増え、みんな何だかんだで生き延びられる。先が見えていないサイクルから抜け出せず、なかなか生活を立て直すことができない」
 仕事が決まっても、定着しない人が多い。2〜3年続く人は1〜2割程度。3割は2カ月以内に辞めてしまう。
 「目の前の生活を成り立たせたい人が多いので、長く続けられる仕事より、今働ける仕事を探している。履歴書やスーツも買えない状況なので、まずは寮付きの仕事で生活を整え、落ち着いたら次のやりたい仕事を探す傾向がある」

◆「週5日で働くことが幸せなのか」

大学時代の2015年、ネパールの山岳地域で生活実態などを聞く市川加奈さん(手前)=市川さん提供

 一方で「週5日フルタイムで働くことが幸せなのか」と思うこともある。「住み込みの仕事は週5フル勤務できる人を条件にするところが多い。でも、体調面や気持ちの面で難しい人もいて、その人たちを無理につなげる必要があるのか」
 そうした中で、仕事はあるが、身分証などがなくて家が借りられない人に物件を転貸する事業「コシツ」を始めた。その一方、自社で雇用を生み出せないか、住居を用意する新たな事業はできないか、今後の展開に頭を巡らせる。
 苦悩が多い毎日。「暗いテーマで、しんどいと思う時もある」。だが、「誰一人として同じ境遇の人はおらず、それぞれの人間らしさにひかれる」とも語る。
 「その人が路上にいても、家にいても、私の人生に影響することはない。でも、おせっかいかもしれないが、誰かが落ち込んでいるのに心から笑えない」
 社会の制度や構造が変わらない限り、問題の根本解決には至らないのかもしれない。しかし市川は言う。「もっと気軽に家も仕事も見つけられて、生活が立て直せる仕組みをつくりたい。そして、世の中に当たり前にあるホームレスという言葉をなくしたい」(曽田晋太郎、文中敬称略)

◆デスクメモ

 高1の市川さんが目にした「見て見ぬふり」。そうした無関心は今も消えず、さまざまな分野で横行する。沖縄の基地問題。福島の被災者対応。誰しも自分の日常で精いっぱいになりがちだが、それでは世の中はよどむ一方。重苦しい今を変えるため、自分ができることを探したい。(榊)
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連載<その先へ 解なき時代に>
 政治不信で揺れる日本。中東やウクライナでは多くの民間人が犠牲になる。混沌(こんとん)とした世情の中、貧困や差別をはじめとした社会の病理は依然として残る。やすやすと答えが見つけられない今、何をなすべきか。「解なき時代」に歩みを進める人々から考える。

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