なぜ今?「騒音区域」見直しに潜む真の狙いとは 基地の爆音に悩む周辺住民たちが訴えること

2023年12月10日 12時00分
 防衛省が在日米軍や自衛隊の基地6カ所で2022~25年度にかけ、騒音区域見直しに向けた調査を行う。対象となるのは三沢(青森県)、八戸(同)、厚木(神奈川県)、小松(石川県)、岩国(山口県)、徳島(徳島県)の各基地。見直されれば12年以来で、防衛省は機種や部隊が変わったことなどを理由にするが、本当の狙いは何か。そもそも、区域の評価は適切なのか。(曽田晋太郎)

◆防衛局「区域が狭まることは間違いない」

 「基地がある限り、周辺住民は騒音に苦しめられ続ける。何より、朝のさわやかな気分を害されるのが一番の精神的な被害。いつになったら静かな朝を迎えることができるのか」
 米軍と海上自衛隊が共用し、神奈川県の大和市と綾瀬市にまたがる厚木基地。近くで約40年暮らす中坪清さん(75)は、フェンスの先に広がる基地をじっと見つめる。周辺は200万人以上が暮らす住宅密集地。騒音区域は1万ヘクタール以上あり、相模湾沿いから東京都町田市に至るまで南北8市に広がる。住宅防音工事の助成対象となる世帯は全国最多で26万を超える。

 騒音区域 米軍や自衛隊の基地周辺で軍用機の頻繁な離着陸などによる騒音障害が著しいとして、防衛施設周辺生活環境整備法に基づき、国による住宅防音工事の助成や住宅の移転補償の対象となる地域。防衛省が騒音のレベルや発生回数、継続時間などから算出した指標に基づき素案を作り、地元自治体の意見を聞いた上で指定する。軍用機騒音による区域は全国28カ所で設定されている。

 騒音区域がこれだけ広いのは、100デシベル(電車通過時のガード下に相当)以上の音を発する米軍空母艦載機の戦闘機の影響もある。防衛省によると、2006年に現区域が指定された際、艦載機の離着陸回数が増えていたといい、従来の区域から約2800ヘクタール拡大。防音工事対象世帯は12万近く増えた。ただ、その艦載機は18年3月までに岩国基地へ移駐。今回は「艦載機移駐で騒音は減っており、区域が狭まることは間違いない」(南関東防衛局)見通しという。

◆防音工事「希望しても順番が回ってこない」

 ただ、地元は艦載機に限らず長年、軍用機騒音に悩まされており、住民が被害解消を求めて1976年から継続して集団訴訟を起こしている。現在、横浜地裁で係争中の第5次訴訟で原告団副団長を務める中坪さんの自宅は、国の防音工事を受けていない。「年度ごとに国の予算が限られているので希望してもなかなか順番が回ってこない」
 さらに自宅は基地滑走路の西約4キロの海老名市内にあり、「区域が縮小されれば防音工事対象から外れる可能性が高い」。南関東防衛局によると、神奈川県内7市の対象世帯の工事進捗(しんちょく)率は昨年度末時点で約84%。北関東防衛局管轄の町田市は約64%という。

フェンスの先に広がる厚木基地を指差し、「艦載機移駐後も騒音はなくならない」と語る中坪清さん=神奈川県大和市で

 中坪さんは「防音工事を受けてしかるべき人が対象を外れ、長年の苦しみが報われることなく被害がなかったかのように扱われるのは不当だ」と語る。そもそも、「特にうるさい艦載機はいなくなったが、米軍の外来戦闘機やヘリ、自衛隊機などが今も頻繁に周辺を飛んでおり、騒音が減った実感はない。国には被害実態を反映した評価をしてほしい」と訴える。
 大和市によると、滑走路近くでの市の測定では、移駐前の多い時で年間2000回以上あった100デシベル以上の騒音は8〜9割減ったが、今もたびたび米軍戦闘機が飛来し、ヘリが周回飛行を繰り返すなど「騒音がなくなったとはとても言えない状況」という。区域縮小に懸念を示し、実情を十分勘案した評価を国に求めている。綾瀬市も、騒音として記録する70デシベル以上5秒以上の継続音の測定回数は「移駐前と変わらない」とし、区域を市内全域に拡大するよう国に要望している。

◆艦載機移駐でも「相当程度の騒音が低減されている」

 厚木以外でも騒音区域の縮小は懸念される。特に厚木同様、住民が集団訴訟で騒音被害解消を求めている岩国、小松両基地の地元は、区域見直しに向けた調査を深刻にとらえている。
 空母艦載機が移った岩国は、滑走路が沖合に移設されたことから今回は狭められる方向とみられる。国は2017年、滑走路移設で艦載機移駐を織り込んでも現区域が約6割減るとの予測を示している。中国四国防衛局は、区域の変更見込みについて「予断を持って答えられないが、滑走路移設で艦載機移駐後でも住宅地で相当程度の騒音が低減されている」とする。
 
ただ、基地がある岩国市は「滑走路が移ったとはいえ、艦載機がいなくても近年は米軍の外来戦闘機が頻繁に訓練をするなど、市民生活に影響するうるささが継続している。できれば区域は縮小されてほしくない」との考えだ。実際に市は、実態に即した区域に広げるよう国に求めている。
 航空自衛隊基地の小松は現区域の指定が約40年前で、その間に戦闘機の更新があったほか、25年度から配備予定のステルス戦闘機F35Aの影響も勘案する。現在の区域は6000ヘクタール以上あり、変更の見込みについて近畿中部防衛局は明言を避けるが、過去には、国の騒音測定結果を踏まえれば「区域を拡大する状況にはない」とも言及している。

◆F35A「全て配備されてから調査するなら分かるが…」

 これに対し、「小松基地爆音訴訟連絡会」で代表を務めた地元の長田孝志さん(80)は「今も戦闘機が市街地上空を飛び、住民は耐え難い苦痛の中で生活している。区域が拡大する状況にないなんてあり得ない。F35Aが全て配備されてから騒音調査するなら分かるが、数機しか配備されていない時期の調査で判断しようとするのは、あまりにも市民をばかにしている」と語気を強める。小松では第7次の騒音訴訟を今月26日に提訴するという。

航空自衛隊のステルス戦闘機F35A(資料写真)

 各地の基地騒音訴訟では、司法で騒音区域を基準に損害賠償を認める判断が定着。厚木訴訟だけでもこれまで4次にわたる確定判決で、国は計約125億円の支払いを命じられている。
 国側の敗訴が続く状況などを受け、防衛施設庁(当時)の有識者懇談会は02年の報告書で「配備機種の性能向上が騒音の低下につながり、総じて騒音区域が縮小する傾向」として、各地の騒音区域の段階的見直しを提言。これ以降、現在までに7基地で見直され、うち厚木を除く6基地で区域が縮小、訴訟地域の横田(東京)は区域が半減した。
 全国基地爆音訴訟原告団連絡会議の金子豊貴男代表は「騒音区域が縮小されれば、住宅防音工事の予算が抑えられ、訴訟地域では賠償の支払額も減る。防衛費増も絡み、国は住民のための経費を削ろうとしているのでは」と懸念する。

◆不快さを「うるささ」だけで決めていいのか

 一方、横浜国立大の田村明弘名誉教授(建築環境工学)は、区域の評価方法に疑問を投げ掛ける。「同じ騒音量でも道路や鉄道、新幹線、民間航空機と比べ、軍用機騒音は恐怖など物理量だけではないストレスがかかり、住民が強く不快と感じる割合が突出している。それでも、今の騒音区域は50年前と変わらぬ指針で評価しており、健康影響を考える上で住民の反応が過小評価されている」
 田村氏が、住民が強く不快と感じる指標を加味して独自に厚木の騒音区域を試算したところ、艦載機移駐で騒音が減っても現区域とほぼ同じ結果が出たという。「軍用機騒音について他の騒音源と比較して補正するなど公平に評価されるようにすべきだ」と訴える。

◆デスクメモ

 基地周辺住民は防音工事を求めたり、健康被害に対する損害賠償請求訴訟を起こしたりしているが、それは「爆音のない生活」を求めるためのやむを得ぬ行動。根本的解決を示せてない国は、「騒音が減ったはず」と単純に当てはめ区域を減らしたりせず、十分住民の声を聞くべきだ。(歩)

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