ハチ公前に響いた「パレスチナを解放せよ!」 抗議の声を上げた人たちに理由を聞いた

2023年11月14日 12時00分

ガザへの攻撃に抗議するため、渋谷駅前に集まった人たち。若者の姿が多く見られた=12日、東京都渋谷区で

 イスラエル軍によるパレスチナ自治区ガザへの攻撃に抗議し、学生らのグループが12日、東京のJR渋谷駅前でスタンディングデモを実施した。在日パレスチナ人を含む約800人(主催者発表)の参加者が、会場のハチ公前広場を埋めた。主催者の中には、パレスチナを訪れた経験を持ち、友人がいる若者もいる。攻撃で命が次々と失われる中、どんな思いで声を上げているのか。(岸本拓也、曽田晋太郎)

◆ガザ出身のハニンさん「この悪夢を止めて」

 「Free Palestine!(パレスチナを解放せよ)」「No More Genocide!(虐殺はもう要らない)」
 12日午後、ガザへの攻撃に抗議するためにJR渋谷駅前で行われたデモ。駆けつけた日本で暮らすパレスチナ人らの声が寒空に響いた。
 マイクを握ったガザ出身のハニンさん(26)は「現在、家族や友人、隣人たちが、皆さんが画面越しで見ているように、雪崩につぶされているように苦しんでいる」と切り出した。

「悪夢を止めて」と訴えるハニンさん

 この1カ月余りで、ガザでは、イスラエル軍の空爆だけで1万人以上のパレスチナ人が殺され、ヨルダン川西岸とエルサレムでもイスラエルの占領軍と入植者によって150人以上が殺害されたと強調。「叔母は『昔見た世界大戦の映画のような日常』と話した。過去20年に起きた7回のガザ侵攻も恐ろしかったが、今回は比べものにならない」と被害の甚大さを訴えた。
 ハニンさんが生まれたガザ市のアル・アハリ病院では10月17日の爆発で多くの市民の犠牲者が出た。ハニンさんは「ガザへの空爆は戦争ではなく、21世紀のジェノサイド(民族大量虐殺)だ。この悪夢を今すぐ止めなければ」と涙を流しながら即時停戦を求めた。
 日本のデモに参加したのは「大量虐殺に加担するなと、日本政府に強く求めるため」とし、「イスラエルを止めようと、日本政府が圧力をかけなければ、日本の手も赤い血に染まることになる」と話した。

◆アイーダさん「人類はまだ存在しているのか」

 第1次インティファーダ(民衆蜂起)のあった1987年に生まれたガザ出身のアイーダさん(36)は「90年代は、パレスチナ人であることを理由に家族が刑務所へ入れられた」と自身の体験を語り、こう問いかけた。「考えてほしい。私たちは人間なのか。人類はまだ存在しているのか。世界を動かすのは愛なのか。政治の問題なのか。それとも人間であることの問題なのか」
48年のイスラエル建国に伴い約70万人のパレスチナ人が周辺国などに難民として追いやられたナクバ(アラビア語で大惨事)を経験した祖父母を持つタティアナさん(25)も「土地が奪われ、人が殺され、ガザではいま第2のナクバが起きている。人間性を閉ざさずに、パレスチナ人の声に耳を傾けてほしい。動物でもテロリストでもない。あなたと同じ夢、希望を持った人間だ」と語った。

◆デモを企画したのは20代の大学生ら19人

 デモを主催したのは「『パレスチナ』を生きる人々をおもう学生若者有志の会」。10月16日にイスラエル大使館前でのデモなどを通じて出会った20代の大学生ら19人が企画した。停戦を呼びかけるメッセージボードを掲げる若い参加者の姿が目立った。
 有志の会の溝川貴己さん(20)は、これまでに参加したデモで、パレスチナにルーツを持つ人たちの声を直接聞く機会が少ないと感じていたといい、「若者主体で活動し、多くの人たちが参加しやすい敷居の低いデモにしたかった。多くの人がパレスチナへの連帯を示せたことは素直にうれしい」と話した。

デモで通訳をする松下新土さん。中央の女性がハニンさん=12日、東京都渋谷区で

 ただ、悲劇は現在も続いている。有志の会のメンバーで、ハニンさんの言葉を通訳した作家の松下新土しんどさん(27)=東京都中野区=はデモ終了後、「こちら特報部」の取材にこう強調した。「このデモの間にも、現地から『知人が亡くなった』という連絡を受けた。そういう時間軸の中に彼らが生きていることを知ってほしい」
 松下さんは白血病を患い、抗がん剤治療を受けている。パレスチナに関心を持ったのは、闘病生活がきっかけだった。
 2021年1月に白血病を発症し、治療中の同年春、放送大学のテキストで「魂の破壊に抗して」という一文を目にした。イスラエル軍によって日常的に身近な人が殺害されるガザを舞台にしたパレスチナの小説「アーミナの婚礼」を紹介する文章だった。

◆パレスチナで目の当たりにした「子どもへの発砲」

 検査で骨髄液を抜く際、「全身がけいれんし、魂が壊れるような痛みを伴う」。そんな自らの境遇と重なり、英文の本を入手して読み込んだ。そして「75年にわたり、占領と虐殺が現在進行形で行われているのはどういうことか」と昨秋と今夏、パレスチナのヨルダン川西岸地区を訪れた。
 昨秋の最初の訪問時から、衝撃の連続だった。
 訪問初日、同地区南部ヘブロンに行くバスに乗った。道中、バスに向かって石を投げてきたパレスチナ人の子どもに、乗っていたイスラエル兵士が銃口を向けようとした。「現地に足を踏み入れて数時間で、占領、虐殺が行われている日常の一端に触れた」
 この時は子どもは撃たれずに済んだが、滞在中、実際にパレスチナ人の子どもに向けて発砲する光景も目にした。
 兵士には見えないイスラエル人の男が、崖下にいた子どもに対し、何のためらいもない様子で拳銃を発射した。「『バン』というものすごい音が響き、凍り付いた」

◆一生忘れられない「ノーホープ」

 その夜、宿を経営するパレスチナ人の青年に話すと屋上に誘われた。左手にはユダヤ教の祝祭日で「イスラエル万歳」とお祭り騒ぎする入植者たちの姿が見えた。右手からは発砲音が聞こえた。青年は目を真っ赤にして「ノーホープ(希望はない)」と何度も言ったという。その日の出来事は「一生忘れられない」。

9日、ガザ地区南部へ避難するパレスチナ人たち=AP

 青年には「ここで起きていることを広島、長崎と同じように捉えてほしい」とも言われた。訪問を通じてパレスチナは「本の中の出来事ではなくなった」。
 今、ヘブロンにいる友人からは、イスラエル軍のガザへの攻撃によって頭を失い、黒焦げになったという子どもなどの写真が送られてくる。
 痛ましい写真を見て、心が壊れそうになるのに耐えながら「人々の命や生きる場所を滅ぼすことにあらがいたい」との思いで、デモやSNSを通じて連帯を呼びかけている。

◆「抵抗しなければ日本の振る舞いを正当化することに」

 ガザで子どもを含め、民間人の犠牲が膨大な数になっているにもかかわらず、イスラエルを支持する欧米や双方に配慮する日本の姿勢に憤りを覚える。「その姿勢に抵抗しなければ、自分たちの国の振る舞いを正当化することになる」
 世界で紛争が絶えぬ中、松下さんは懸念を募らせている。「いくつもの戦争が始まる分岐点にいると感じる。今の若い世代は、日本がどんどん戦争できる国になっていくことが避けられない時代を生きていくことになるのではないか」
 そんな危機感を口にした上で、弱者が守られる平和な世界を手にするため、幅広い世代に結束を求める。「人種を超えて、苦境にある人や抑圧の中にいる人のために立ち上がり、行動してほしい」

◆デスクメモ

 「ガザでは10分に1人の割合で子どもが死亡している」。取材中、国連機関のトップの言葉を松下さんは引用した。ガザで病院や学校が攻撃されたという情報が次々入ってくる。度を超した報復を許す世界になっていいのか。危機感を抱く若者の声に指導者たちは耳を傾けるべきだ。(北)

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