<コラム 筆洗>「餅は餅屋」というが、専門家ではなく、畑違いの人間の手が全…

2023年9月17日 07時00分
 「餅は餅屋」というが、専門家ではなく、畑違いの人間の手が全く新しい餅をこしらえることもあるか▼伝統を重んじる歌舞伎の世界にありながら、この方は「餅は餅屋に限らぬ」と柔らかく考える進取の人だったのだろう。歌舞伎俳優、三代市川猿之助の二代猿翁さんが亡くなった。83歳▼「ヤマトタケル」「オグリ」など、「スーパー歌舞伎」の迫力ある舞台を思い出す方も多いだろう。歌舞伎に新たな可能性を開いた▼餅屋ではなく、この人は、歌舞伎の戯曲を哲学者に書かせた。梅原猛さんである。明治以降の歌舞伎は歌や舞に乏しく、宙乗りなどの歌舞伎独特のアクションにも欠ける-。梅原さんの言葉に猿翁さんは新しい歌舞伎にふさわしい書き手を探すが、見つからない。「いっそ、先生が書いて」。「ヤマトタケル」はこうして生まれた▼餅屋でなかったから、その芝居に持ち味の「けれん」が生きたのだろう。明治以降、玄人筋からは「見せ物」と軽視された宙乗り、早替わりなどの「けれん」の技を、梅原さんはためらうことなく物語に取り込み、猿翁さんの演出と芸がそれに応えた。口語せりふのわかりやすさ。筋の面白さ、けれんの復権。娯楽性を強め、歌舞伎を再び大衆に近づけた大手柄である▼猿之助の名跡を譲った、おいが逮捕されるなど困難にある澤瀉屋(おもだかや)である。おつらい幕切れになってしまった。

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