日本ハム新球場移転でも札幌ドームは強気に黒字見込む 「甘い」批判やまず 招致目指す五輪費用は大丈夫?
2022年11月9日 11時00分
カタールで20日に開幕するサッカーのワールドカップ(W杯)。20年前の日韓大会を前にドーム球場を設け、開催地の一つとなった札幌市が今、危機を迎えている。大会後に札幌ドームを本拠地にしたプロ野球の日本ハムの引き留めに失敗し、レガシーが赤字続きになりかねないのだ。市側が示す黒字化計画は、見通しが甘いと物議を醸す。そんな様子を見ると、招致中の冬季五輪でも収支が甘く見積もられていないか心配になる。(特別報道部・宮畑譲、中沢佳子)
◆日ハム効果で唯一の黒字経営だったが…
「どうもこうも。ファイターズは19年もいたのにね。代わりのイベントを呼ぶといったって、野球みたいに、しょっちゅうあるわけじゃないでしょ」
札幌ドーム近くでラーメン店を営む久保田信子さん(75)が嘆く。試合日は多くの客でにぎわい、試合のない日と売り上げが全く違う。「チームはどこに行っても応援する」と言うが、来年以降の経営に不安が募る。
ドームから徒歩10分ほどの場所で居酒屋を営む60代の女性によれば、札幌市の会社員らは今まで、仕事帰りに球場に寄ることができたが、今後は難しくなる人が増えるため、「お客さんから不満の声をかなり聞く」という。
ドームの開場は2001年。翌年のサッカーW杯日韓大会の候補地に札幌市が名乗りを上げるために建てられた。サッカー専用では赤字が避けられないため、プロ野球の試合やコンサートも開ける多目的ドームになった。市の所有で、第三セクターが管理運営する。
日韓大会で使われた大規模スタジアムの収支は閉幕後、厳しい状況になっている。スポーツ庁が調べた主要10スタジアムの14年度の収支は、9スタジアムで赤字だった。唯一、野球の試合を開催する札幌ドームだけが黒字だった。
◆日ハムの移転で経営に大打撃
しかし集客力のあるプロ野球の日ハムが来季から、札幌市に隣接する北広島市の新球場に移転する。札幌ドームは自前の球場ではなく使用料が発生し、球場内での広告や飲食の収入も球団の思惑通りにならない。こうしたことも移転の背景にあるとみられた一方、市の担当者は「ドームでは日ハムが求める天然芝というわけにはいかない。市内の代替地を挙げたが、広さなどの面でマッチしなかった」と受け止めている。
いずれにせよ、経営面からみれば、ドル箱の日ハムの移転は大打撃になる。
コロナ禍前の水準でみると、19年度はドームの売上高として39億7200万円を計上し、1億8800万円の黒字を出した。日ハム関連が占める売り上げは3割程度とされ、移転すれば十数億円の減収は免れないとみられる。ちなみにコロナ禍でイベントが制限された20年度は売上高18億6900万円で、8200万円の赤字だった。
◆市は強気な試算も...経営危機なら税金投入か
日ハム移転の正式発表から4年近くたった今年6月、市とドームは今後の収支見通しを公表した。随分と強気な試算だった。
移転直後の23年度こそ、コロナ禍の影響も織り込んで約3億円の赤字を想定するが、24年度には黒字に転じ、23年度以降の5年間で900万円の黒字を見込む。サッカーJ1・コンサドーレ札幌の試合数やコンサートの数などを増やして減収を補うとしている。
市が出資する第三セクターゆえ、ドームが経営危機に陥れば市から税金が投入される恐れもある。だが、市の担当者は「野球が開催されないことで減る支出もある。市からはお金を入れず、独立採算で収支を成り立たせていく。日ハムがいなくなっても、やっていける見込みだ」と訴える。
◆黒字化試算は机上の空論?
市側の試算は批判がやまずにいる。収支見通しが甘いと問題視されているのだ。
「新型コロナウイルス禍の環境変化を十分織り込んでいない」。北海道大の石井吉春客員教授(地域政策)はあきれる。コンサートや催しは入場者数や規模を抑え、ありようが変わった状況が十分考慮されていないと疑問を口にする。
札幌ドームはサッカーJ1・コンサドーレ札幌の本拠地でもある。年二十数試合のホーム試合のうち、札幌ドームでは既に7割前後開催しているため、「サッカーで増やしても数試合。日ハムに代わるものはなく、プロスポーツで補うのは無理だ」と断じる。
さらに「国際会議や大型展示会を誘致しようにも、運営会社にはノウハウがない。多用途施設にすると、市内の他の施設と競合する」と難しい現状を語る。
同市の元市民文化局長の高野馨氏も手厳しく、「黒字化試算は机上の空論だ」ときっぱり言い切る。
「市は2万人規模のコンサートにも対応するというが、そんな人数を集められるコンサートを誘致できるほど、現実は甘くない。円安やコロナ禍、ウクライナ問題の要因もある。コンサドーレも集客力のあるチームと言えず、日ハムのような使用料も見込めない」
◆甘い収支見通し…嫌な予感は他にも
甘い収支見通しがまかり通っているとなると、こちらも心配になる。札幌市が招致中の2030年冬季五輪・パラリンピックだ。
市によると、開催費は施設整備770億円、大会運営2200億〜2400億円で、総額2970億〜3170億円の見通し。市負担は施設整備費のうち490億円。運営費は「税金投入しない」とし、スポンサー収入やチケット売り上げでまかなう。
ただ、先の高野氏はクギを刺す。「東京大会汚職の影響で、スポンサーになる企業が集まるか疑問だ。資材価格も高騰している」
五輪反対を掲げ、来春の札幌市長選に名乗りを上げている高野氏は「そもそも、五輪が3000億円少しでできるのか。開催地に内定したら新設ラッシュになり、もっと膨らむだろう」と続け、地元経済への恩恵も懐疑的な見方を示す。「インフラ整備などで地元企業が潤うという声もある。でも、金が流れるのは、大手ゼネコンなど道外の企業だ」
東京大会をはじめ、費用が膨らみがちな五輪。「現実は違った」と増額する構図が横行している。札幌市の試算も物価高や円安の影響を踏まえ、今月8日に170億円を上積みした。
「招致への国民の理解を得るため、予算を低く見積もるのは、ありがちなパフォーマンス。五輪が終わってみたら、当初想定より膨らむのも珍しくない」
◆招致決定後に開催費用倍増 東京五輪の悪夢
東京大会を前に東京都の招致推進担当課長だった国士舘大の鈴木知幸客員教授(スポーツ政策学)は苦々しげに語る。実際、東京大会は招致時に試算したほぼ2倍の1兆4238億円に跳ね上がった。
五輪を巡っては、カネが飛び交う招致合戦や商業主義が問題視され、開催地に手を挙げる都市も減った。鈴木氏は「コンパクトさを強くアピールし、自国内向けにも財政上の批判をかわすため、低予算を主張する傾向だ」と指摘。今後も開催費は膨らむとみる。「それでも経済活性を望む人は賛成し、暮らし重視の人は反対する。シンプルな話だ。重要なのは、そうした市民の声を随時把握し、招致するかを判断することだ」
札幌市議会は6月定例会で、招致の是非を問う住民投票条例案を否決した。前出の高野氏は、来春の市長選で改めて問うべきだと考える。「次の市長選は、事実上の『住民投票』。市民に決めてもらわなくては」
◆デスクメモ
わが町から球団が去る。一野球ファンとして胸が痛む。慰留に際して何が問題だったのか。熱意か、交渉の姿勢か。検証を曖昧にすれば市民の失望は増幅し、他チームも愛想を尽かしかねない。いま必要なのは失敗に向き合う姿勢では。五輪ばかりに心を向けている場合じゃないはずだ。(榊)
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