<カジュアル美術館>武者小路実篤《白磁瓶に椿》 自然に敬意 ありのまま 調布市武者小路実篤記念館 

2022年10月15日 06時38分

1955~1965年 44・7×37・0センチ キャンバス・油彩 (いずれも調布市武者小路実篤記念館蔵)

 文豪・武者小路実篤(むしゃこうじさねあつ)(一八八五〜一九七六年)が絵筆を取り始めたのは大正時代末の四十歳前後。ちょうど長女に恵まれたころだ。「赤ん坊の顔がかきたくなってから、スケッチをやって見た」と記している。安子夫人は若いころに鏑木清方(かぶらききよかた)のもとで本格的に絵を学んだことがあり、そばで教えてもらったのかもしれない。それが九十歳の長寿をまっとうした実篤の、長い画道の始まりだった。
 早くも昭和四年には個展を開いて日本画と洋画を四十点近く出品。同年の「国画会展覧会」では二点が入選するなど一気に才能を開花させたことが分かる。驚くのは師に付いて技法を学ぶことはせず、ほぼ独学で習得したということだ。

◆美しさ表現したい

 「白磁瓶に椿(つばき)」は油彩の代表作の一つ。補色関係にある黄と群青に二分された背景に、白磁瓶とツバキが鮮やかに浮かぶ。瓶はやや右に寄っていて立ち位置が絶妙だ。計算し尽くされているように見える配色と構図だが、東京都調布市の武者小路実篤記念館の佐藤杏学芸員によれば「視覚効果を狙ったものではなく、すでに頭にあったものが自然と出た」ものらしい。
 一九一〇(明治四十三)年に実篤らが創刊した雑誌「白樺(しらかば)」は、美術図版を多く掲載し、西洋の彫刻や絵画を紹介した美術雑誌でもあった。欧米を旅行した際には各地の美術館を訪ね歩いており、評論も多数手掛けている。絵筆を取る前から絵の素養が身に付いていたのだろう。
 実篤の絵の魅力は徹底した写実にある。「白磁−」のツバキの葉は葉脈まで細かく描かれ、花の色の濃淡もリアルに再現されている。実篤は写生について「自然がわれらの想像もできない美しさを実に過多に持ちすぎているのに驚き、それを何とかして表現したい」と言っている。

《富士の初雪》 年不明 25.3×48.8センチ 紙本墨画淡彩

 墨絵にもそのこだわりは表れている。「富士の初雪」は黒々した山肌の頂に淡く雪が積もる風景を描くが「空想で描いたのではなく、麓で実際に初雪が降った後の富士山を見て描いたのだろう」と佐藤さん。「白樺」を中心に、理想主義と生命主義で新しい文学精神をリードした実篤。人間を飾ることも卑しめることもせず、ありのまま肯定しようというまなざしは、そのまま絵の対象物にも向けられた。
 実篤は七十歳の時、武蔵野の面影が残る調布市に転居し、仕事場とした。「原稿を書かない時は画をかくことを心がけ、少しでも進歩できれば喜んでいる」と充実した創作の日々を述懐している。アトリエを囲む庭の水と緑をめでながら、亡くなるまで過ごした。「白磁−」は調布時代の作品だ。
 人間と自然の美しさへの信頼が画風ににじみ出ている。小説と同じく長く愛される理由だろう。

◆みる 調布市武者小路実篤記念館は京王線つつじケ丘駅または仙川駅下車徒歩10分。「白磁瓶に椿」「富士の初雪」は現在開催中の秋の特別展「受け継がれてきたもの−武者小路家ゆかりの名品」で展示中。11月27日まで。開館午前9時〜午後5時(閲覧は午前10時から午後4時)。大人200円、小・中学生100円。月曜休館。

 文・栗原淳

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