僕は脱北Youtuber 「愛の不時着」に違和感 リスク覚悟で顔も実名も公表

2022年9月21日 12時00分
 日本で暮らしながら「脱北ユーチューバー」として、北朝鮮の実情を伝えるキム・ヨセフさん(37)のユーチューブチャンネルが注目を集めている。路上生活や脱北の失敗など過酷な経験をしたキムさんは、リスクを覚悟で実名と素顔で動画に登場。「北朝鮮を悪く言いたいのではなく、事実を知ってほしい」との思いで淡々と語る姿に、視聴者からは賛同や共感の声が寄せられている。(上野実輝彦)

東京都内で8月下旬、自伝を手にして語る脱北者YouTuberのキム・ヨセフさん=隈崎稔樹撮影

◆チャンネル登録者は10万人超

 「自由を得るため大きな対価を支払った僕が、自分の意見を発せられない人に代わって何が起きているか伝えたい」。流ちょうな日本語を使い、ユーチューバーとなった理由を動画で語るキムさん。コメント欄には「壮絶過ぎる生々しい体験を伝えてくれた勇気に感動した」「私たちがキムさんを励ますはずが、私が励まされています」などのメッセージがあふれる。
 「脱北者が語る北朝鮮」と題したチャンネルの登録者は、9月中旬時点で10万5000人。再生回数は毎回数万に上り、最も多いものは81万回を記録する。

2005年、20歳のころのキムさん。唯一残っている北朝鮮時代の写真だ=キムさん提供

 自分が経験した北朝鮮の内情を紹介する動画が多いが、中国出身で日本在住の義兄とともに、母国との習慣の違いや日本で受けたカルチャーショックを軽妙に語り合う動画も人気だ。
 北朝鮮北東部・咸鏡南道の村に生まれたキムさんは10歳で母を亡くし、父は一時期行方不明に。3人の姉も栄養失調で亡くなったため、2歳年下の弟とともに路上生活せざるを得なくなった。祖父母に引き取られ、18歳になった時、実は先に国外に逃れていた父の招きで脱北を試みた。だが途中で連れ戻され、留置場で厳しい取り調べを受けた。
 23歳で再び脱北を敢行し、中国や東南アジアを経由して韓国にたどり着いた。5年後、日本に関心を持つようになり語学留学。30歳で埼玉県内の私立大に入学し、卒業後も日本で就職し住み続けている。

2008年、脱北直後の中国で、中朝国境の豆満江を背景に撮った写真=キムさん提供

◆「国に残る親族に危害が及ばないか…」

 しばらくは脱北者であることを隠していたキムさん。だが韓国ドラマ「愛の不時着」が大流行して北朝鮮の将校役俳優が人気になり、北朝鮮に肯定的な印象を持つ人が増えたことに違和感を覚えた。「真実を伝えるべきではないか」。そんな思いが募り、脱北者であることを明かし素顔を出してユーチューブチャンネルを開くことを決意した。
 「私の発信は北朝鮮にとって不都合でしょう。国に残る親族に危害が及ばないことを祈るしかない」。そんな葛藤を抱える一方、韓国、日本で人々の親切に触れるうちに素性を明かすことへの不安が薄れ、過去と向き合う勇気も持てるようになってきた。

2008年、脱北の行程で中国の寝台車に乗ったキムさん(キムさん提供)

 8月に出版した自伝「僕は『脱北YouTuber』」では、劣悪な留置場での経験や、家族を捨てざるを得なかった思いなどを生々しく書き起こした。つらい過去を思い出すことは苦痛も伴ったが、後押ししてくれたのは祖母のこんな言葉だった。「大きくなったら、昔の経験を書き残しておきなさい」
 つらいことばかりに思えた北朝鮮時代だが、振り返ってみれば、家族や友人と過ごした楽しい記憶もよみがえってきた。自分が知る北朝鮮を「ありのまま伝えることが自分の役割」だとの思いを強くした。
 日本で暮らして気にかかるのは「人々があまり幸せを感じていなさそうなところ」だ。ウクライナ侵攻や新型コロナウイルス禍で命の危機にさらされる人々を自らの体験と重ね、「銃砲や密告におびえる必要のない暮らしが恵まれていると感じてほしい」と願う。
 そのためにも、北朝鮮も含めいろいろな国のことを知ってほしい。固定観念に捉われず、正しく理解してもらいたいー。そんな気持ちで、キムさんはカメラに向かって語り続ける。

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