郷愁に浸る人いっパイ 国内唯一 品川の「アンナミラーズ」今月末閉店

2022年8月5日 06時58分

閉店が決まったアンナミラーズ高輪店の前で順番を待つ多くの客

 「ショック」「悲しいばかり」。港区の品川駅西口にある米国料理やパイのレストラン「アンナミラーズ高輪店」が今月末で閉店する。国内唯一の店舗で、六月の発表から別れを惜しむ声は絶えず、店に連日、長蛇の列ができている。従業員のキュートな制服とパイが看板だが、もう会えなくなるのか。運営する井村屋グループ会長を直撃したところ…。
 先月末の午前、店を訪ねると入店待ちの客であふれていた。当時、整理券の待ちは六十組。混雑のため現在、店内取材は受け付けていないので、店内の様子は以前撮影した写真だ。

パイの販売時間を示す張り紙。人気殺到で1人が買える量を制限している=港区で

 「東京に来て初めて食べたのがここのケーキ。それまで食べたことがないパイ生地で生クリームたっぷり。東京のケーキってすごいと感じたのを思い出す」。会社経営の夫修さん(57)と店から出てきた足立区の越路久美子さん(53)は茨城県石岡市から上京した三十五年前を懐かしそうに話す。

上京当時の思い出を振り返った越路さん夫婦。テイクアウトも買い込んだ=港区で

 バスケットボールの実業団選手だったという横浜市の主婦(57)も思い出を重ねた。「静岡県にあった本拠地から駒沢体育館(世田谷区)に試合に来るたびにチームのバスで自由が丘の店へ食べに行った。生クリームが甘すぎず、パイはサクサク。肉料理もおいしい」
 アンナミラーズは一九七三年、「あずきバー」で知られる井村屋グループが青山に1号店を出した。井村二郎・初代社長が米国でまだ新興だった同名のレストランに着目。提携し、日本に広めた。
 メニューの季節のパイやクラブハウスサンドなどは、米国のドイツ・オランダ系移民の家庭料理。民族衣装をモチーフにした制服を着たくてアルバイトに応募する人も多かった。タレントの壇蜜さん、アナウンサー寺田理恵子さんもアルバイトとして身を包んだという。

本場アメリカ風のパイなどが人気=2012年当時のメニュー

制服も人気=2012年撮影

 原宿や赤坂、横浜など華やかな繁華街と南関東の大都市に出店。高輪店は八三年、十一番目の店として開店した。最盛期は二十店以上あったが、時代の変化とともに低価格のファミレスに押され、十年前に横浜の店が閉店してからは高輪店だけに。それすらも閉店するのは、入居する「ウィング高輪」周辺に再開発計画があり、国から移転を求められたためという。
 「高輪店は立地が抜群。収益性のあるホームランショップだった。でも品川を活性化させる国家的プロジェクトと言われて…。同じ収益を見込める立地も簡単に見つからない」。井村屋グループの浅田剛夫会長(80)も閉店を惜しむ。国内での展開当初から十五店舗目まで出店に携わってきた。

アンナミラーズの思い出を話す井村屋グループの浅田剛夫会長=千代田区で

 「当時、パイが中心軸のデザートの店はなかった。コーヒーを何杯でもおかわりできるスタイルも日本に持ち込んだと思う。テレビで見た通りのアメリカの雰囲気を味わえるのが最大の売りだった」
 アンナミラーズは社会に何を残したのか。「お客さま一人一人に、初めてデートした店とかアンナミラーズの思い出がある。本当にありがたい。SNS(交流サイト)のコメントには『うちのビルに入って』と頂いたりもする」と熱いファンに感謝する。
 閉店後も店で人気のパイなどはオンラインで販売する方針だが、復活の予定はないのか。聞くと予期せぬ答えが返ってきた。
 「We shall return(ウィー・シャル・リターン)。shallという単語は意思を表す」。直訳すると「戻ってくるつもり」となる。「確実に、いつ、どこと言えるものはないけど」と浅田さんは付け加えた。郷愁と、淡い期待を抱かせながら、営業は残り二十七日-。
 ※浅田会長のインタビュー詳報は東京新聞 TOKYOwebで読めます
 文・井上靖史/写真・井上靖史、内山田正夫、河口貞史
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