悪質タックル問題、背任事件の裏で日大に何が起きていたのか…前文理学部長が書籍「職業としての大学人」出版

2022年5月18日 10時26分
 事件の裏で何が起きていたのか—。日本大学で田中英寿前理事長(75)=所得税法違反罪で有罪確定=ら幹部の不祥事が相次ぐ中、今年1月まで文理学部長兼理事を務めた紅野こうの謙介特任教授(66)が「職業としての大学人」を出版した。田中前理事長時代の専制的な体制について「ぶつかり合いながらフィードバックすることができていなかった。その隙間から利益をむしばむ人が出てきた」と自戒を込めて振り返る。(三宅千智)
 本書は3部構成。紅野さんが東京地検特捜部の聴取を受ける場面から始まる第1部は、田中前理事長や元理事の背任・脱税事件のほか、2018年に起きたアメリカンフットボール部の悪質タックル問題を回想している。
 専制的な体制を象徴するのが各会議の形骸化だった。田中前理事長が理事会で議案を読み上げると、一部の理事が「異議なし」と儀礼的に応答。質疑や議論はほとんどなかった。
 紅野さんが意見を述べて批判を浴びた場面も描かれる。悪質タックル問題で公式戦出場停止に追い込まれたアメフト部だったが、新たな監督とコーチの手腕もあり、2年後の20年11月には、学生日本一を決める甲子園ボウルへの出場を決めた。ところが、日大は翌12月の大会前後、2人に「日大出身者でない」との理由で実質的な解任を言い渡した。

日大事件を振り返る紅野謙介さん

 当時アメフト部長だった紅野さんは21年1月の学部長会議で「彼らの努力と功績を全く評価していないのでは」と発言。すると田中前理事長が「日大出身者の指導に戻していくのが本来だ。全く問題ない」と一蹴し、別の常務理事も「学部長会議で競技スポーツ部の話を持ち出すこと自体がわからない」と非難した。
 トップダウンの中央集権化を進める教育改革も権力者による大学私物化に拍車をかけたとみる。「他の大学でも同様の問題は起こりうる」と強調する。
 紅野さんの専門は日本近代文学。1987年に日大教員になり、2019年1月に文理学部長に就任すると同時に理事に就いた。予定されていた学部長退任の節目に本を出すことは、事件が表面化する前から計画していた。「第1部を書くことは予定外。本当はもっと地味な本になる予定でした」と苦笑いする。組織改革に向けた提言を練るなど奔走した日々を記録として残すべく、書き下ろした。
 第2、3部は、新型コロナウイルスの感染拡大で遠隔授業を余儀なくされた教職員や学生に充てたメッセージや学部長通信を紹介。「直接的なやりとりができない状態に社会が追いやられ、言葉を届ける重要性をあらためて確認した」
 日大は田中前理事長の刑確定後も、公用車を使って持病の薬を届ける便宜を図っていたことが明らかになっている。紅野さんは訴える。「違法行為が起きる環境が日大にはあった。同じことを繰り返してはならない」
 文学通信。税込み1980円。

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