鈴木天眼 反戦反骨の大アジア主義 高橋信雄著

2022年1月23日 07時00分

◆膨張政策に否 孤高の新聞人
[評]御厨貴(政治学者)

 日本の近代思想の常識を覆す新聞人の評伝である。鈴木天眼は大陸浪人、アジア主義の系譜に連なる。長崎の「東洋日の出新聞」の主筆的存在として、明治末から大正末まで政治評論を書き続けた。日露戦争から関東大震災まで著者は九つの時代に即したテーマを掲げ、リズミカルな天眼の評論の地の文としての味わいを大事にしながら、時に天眼になりかわる如(ごと)きの明快さで天眼の主張を刻んでいく。
 何よりもその反骨ぶりが小気味よい。大陸浪人として初期の同志であった頭山満、内田良平らとたもとを分かち、陸軍の独善的な大陸主義や日本思想を舌鋒(ぜっぽう)鋭く批判して一歩も引かない。政府に対しては一貫してその膨張政策、軍拡政策に批判のメスを緩めない。
 例えば、日露戦争における山県有朋ら軍最高指導者への軍事批評を明らかにする。同時にすぐ熱におかされ「対外硬」に走りがちな国民や新聞に対して批判し続ける。日露講和に賛成し、日露戦後の軍事増強政策、大陸膨張主義を国民の利益の立場から否定する。時に中国や韓国に渡った日本人の人種差別や利己的行動を厳しく糾弾する。
 辛亥革命に際しては徹頭徹尾、孫文を支持し、袁世凱を批判する。大正政変では「閥族打破、憲政擁護」の当座の枠組みから陸軍長閥の「神権私用」の試みを明らかにし、さらには対外膨張主義を「逆上せる大日本主義」と批判した。また、上杉慎吉らの「天皇神格化」の主張に真っ向から対決する。第一次世界大戦では参戦、対華二十一カ条要求、シベリア出兵に反対の立場を貫く。
 天眼の生涯を通して思想の通底を流れる「天皇神格化反対論」は憲政擁護に尽きる。ただ「白虹(はっこう)事件」や朝日新聞社長襲撃への関与が疑われた後藤新平に対する批判が中途半端に終わり、三カ月休筆したことと合わせて当時の言論に対する抑圧が推し量れる。また、大陸浪人たちとの決別には、筆舌に尽くしがたい何かがあったと察せられる。それは近代史の謎を解くミステリーの一つかもしれぬ。
(あけび書房・2420円)
1950年生まれ。元長崎新聞論説委員長。著書『東洋日の出新聞 鈴木天眼』。

◆もう1冊

井出孫六著『抵抗の新聞人 桐生悠々』(岩波現代文庫)

関連キーワード


おすすめ情報