PASSENGER DIARIES

EDC 営業日誌(過去のお客様)

2023年5月13日放送

Passenger

加地倫三

本日のお客様は、加地倫三様。
1969年、神奈川県出身。
大学卒業後、1992年にテレビ朝日に入社。スポーツ局に配属された後、1996年に編成制作局に異動し、『ナイナイナ』『アメトーーク!』『ロンドンハーツ』『テレビ千鳥』などの人気バラエティ番組をご担当!現在も総合演出・エグゼクティブプロデューサーを務められています。普段は出演者と番組プロデューサーという関係のお2人が、今日は担当ドライバーとゲストとしてドライブに出発です!

 

 

〜川島さんとの関係性〜

加地さんと川島さんが初めてお仕事を共にしたのは、『アメトーーク!』の『baseよしもと芸人』(2006年6月19日放送)。また、川島さんがパーソナルな部分でキャスティングされたのは『おばあちゃん子芸人』(2007年7月5日放送)や『五反田芸人』(2007年6月21日放送)でした。東京に出てきたばかりの頃、ケンドーコバヤシさんの薦めで五反田に住んでいた川島さん。住み始めて1ヶ月ほど経った頃、「“アメトーーク!”で五反田芸人やるからとりあえず来て。」と言われ、“そんなテーマでやるの!?”と驚いたそう。ちなみに、『おばあちゃん子芸人』と『五反田芸人』は同じ日に収録したのだとか!
その後、川島さんは『運動神経悪い芸人』や『人見知り芸人』、『中学時代イケてないグループに属していた芸人』といった人気企画に出演し、アメトーーク!の常連になっていきます。加地さんは川島さんについて「毎回コンスタントにしっかり結果出してくれる。」と言います。毎回結果を出すため、“川島を呼んでおけば良い(企画が成立する)”みたいな時期があったのだとか!しかし、川島さんが次第に他の番組にもたくさん出演するようになると、テレビ東京『ゴッドタン』などのプロデューサー佐久間宣行さんとの間で「川島が見つかった!」と話していたのだそう。これを聞いた川島さん、「“見つかった”ってよく言うんですけど、(アナタたちが)若干隠してたってことですからね。」とツッコんでいました。笑
川島さんによると、『アメトーーク!』で結果を出して頻繁に呼ばれるようになっても、視聴者から“また川島が出てる!”と思われるかどうかギリギリのタイミングで、半年くらい急に呼ばれなくなり、“俺、なんかしたのかな…”と不安になることも。そして、 “もう、そんな扱いされるんだったら…”と、気持ちが離れそうになる頃に、再び呼ばれることがよくあるそうで・・。加地さん曰く、土田晃之さんはこの状況を“都合のいい女”と例えているそう。笑
加地さんは、たまたまだとおっしゃっていましたが、『アメトーーク!』にすっかり心を掴まれている川島さんでした。
現在、川島さんはTBSの朝の番組『ラヴィット!』のMCを務めていますが、『ラヴィット!』が始まるとなった時、加地さんは“もう川島は朝型の芸人になるから、収録時間が遅い『アメトーーク!』出てくれないだろう…”“とにかく今のうちに川島を出しておかないと!”と思ったそうで、川島さんを6週連続で出演させていたのだとか!
“川島さんの朝の帯番組が始まる”というニュースを聞いた瞬間、本当に落ち込んだと言う加地さん。“見つかったどころの騒ぎじゃない、TBSに完全に取られた!”“川島の何を知ってるんだ、俺の方が川島の事知ってるわ!”とまるで元カノのような気持ちになったと振り返ります。笑
その後、『ラヴィット!』が始まって半年ほど経つと、再び『アメトーーク!』に呼ばれ始めた川島さん。加地さんは、朝の生放送が始まってしばらくは川島さんの様子を観察していたそうで、“意外と大丈夫らしい!”という情報を聞き、再び川島さんを呼ぶようになったそうです。笑
しかし、ここで加地さんからまさかの告白が!実は最近、川島さんを『アメトーーク!』に呼ぶ際、少しずつオファーの時間を遅くしているのだとか。20時くらいの収録で22時に終わって川島さんがOKだったら、“21時ぐらいでも無理言ったら出てくれるんじゃないか?”“24時終わりだったら25時に帰って、頑張ったら5~6時間寝られるからいけるんじゃないか?”といった感じで、少しずつ時間を遅らせているのだとか!これを聞いた川島さん、「俺はいつまで都合がいいの!?」と驚いていましたが、「そりゃ行きますよ、呼ばれたら」と答えていました。しばらくは“都合のいい状態”が続きそうです!笑

 

 

~エグゼクティブプロデューサー~

現在、テレビ朝日では“エグゼクティブプロデューサー”という肩書きの加地さん。あまり聞きなれない肩書きですが、端的に言えば役員待遇。それでも加地さんは毎回、収録現場に行くようにしています。観覧のお客さんの一番前で、自らカンペ(出演者への指示の書かれた紙)を出すというのが加地さんのこだわり。カンペを出す作業をしなくなると、どうしても現場の感覚が鈍り、評論家になってしまうと言います。“偉そうな評論家にはなりたくない!”といった想いもあり、しっかりと芸人さんと向き合うべく現場に立っているのです。


(スタジオでは芸人さんにいちばん近いところでカンペを出している加地さん!エグゼクティブプロデューサーとなった今も、現役です!)

 

 

~テレビマンへの道~

子どもの頃からテレビっ子だったと言う加地さん。ドリフの番組から入って、漫才ブームを経験し、『オレたちひょうきん族』やとんねるずの番組を見て育ちました。そして漠然と“テレビの世界に行きたい!”と思ったそうですが、最初は裏方という発想自体が無く、俳優オーディションも受けたことがあったそうです。また、学生時代、B&Bの漫才をコピーしたことはあったものの、お笑いに関しては“プロとしては出来ないだろう…”と感じていたとか。そんななか、『ひょうきん族』や『とんねるずのみなさんのおかげです』などで番組スタッフが無理やり引っ張り出される形でテレビに出ているのを見て“この人達みたいになりたい!”“作る方が楽しそう!”と思い始めます。また、学生時代はバンドをしていたこともあるそうですが、曲は作れないものの、曲の順番を決めるなどといった構成を考えることが好きだったとか!
当時、バラエティ番組といえばフジテレビがとにかく勢いがあり、テレビ朝日はどちらかと言えば報道のイメージ。加地さんも「そりゃフジに行きたかったさ…」と言いますが、フジテレビに入らなかった理由を伺うと、「落ちたのさ!」と一言…。就活で在京の民放キー局はすべて受けていたものの、テレビ朝日以外は二次面接や筆記の段階で不合格に。テレビ朝日だけは感触が良く、入社することができたそうです。
ただ、入社当初の加地さんはバラエティではなくスポーツ局に配属。実は、入社試験の段階で、バラエティではなくスポーツ志望で受験していました。ゴルフ、野球、競馬など様々なスポーツが好きだったということもありますが、もしバラエティ志望で「君、どんな番組やりたいの?」と面接で聞かれたら、プロ相手に学生が企画内容で勝てるとは思えなかったそうです。そのため、“センスよりも知識でいった方がいいな…。”と考え、圧倒的に知識があったスポーツを志望しました。
スポーツ局時代は、『ワールドプロレスリング』をご担当。もともとプロレスは大好きで、初代タイガーマスクから新日プロレスも全日本プロレスも、よく見ていたのだとか。川島さんも「『アメトーーク!』の名作を思い返すと、プロレス的な演出やエンタメが詰まっている!」と言いますが、加地さんからは「お笑いが好きでプロレス好きなヤツって絶対センス間違いないと思っているのよね。」というお話も。こうして4年間スポーツ番組を担当された後、自ら希望を出し、念願のバラエティ局に異動します。

 

 

~ナイナイナ~

バラエティに移って最初に担当した番組は『Q99』。ナインティナインが出演し、超常現象をお笑いっぽく扱う内容だったそうで、加地さんはADとしてイチから修業を積みます。その後、同じくナインティナインの冠番組『ナイナイナ』で半年ADを務めたのち、ディレクターデビュー!
『ナイナイナ』は加地さん曰く「テレビ朝日の番組っぽくなかった」のだそう。実際のところ、番組の制作スタッフもフリーで活動されている方が集まり、加地さんの師匠とも言えるディレクターの北村要さんも、フジテレビの番組を多く担当されていました。そのため、加地さんは偶然にもフジテレビのバラエティの作り方を伝授されることになります。
当時、加地さんは出演者のタレントに対して、下から持ち上げるような感覚だったと言いますが、北村ディレクターは『ナイナイナ』でもナインティナインのお2人に対してタメ口、呼び捨てで、“モノを作る仲間”として対等にやり取りしていました。“この空気感がすごく良いな”と思ったことから、加地さんは今でもお笑い芸人の方に対しては、フランクな呼び方にしているのだとか。 こうして『ナイナイナ』で奇しくもフジテレビバラエティの職業体験のような機会を得た加地さん。事前に伺った『キャリアにおけるマイ大事件』でも、『ナイナイナ』での印象的な出来事を2つ挙げていただきました。
1つは、“ダチョウ倶楽部の出演”。加地さんがディレクターになって2~3作目で放送された“女風呂を覗こう”という企画。もちろん、本当に覗くわけではなく、露天風呂のセットを作って、そこで女風呂のロケをやっているという設定。それを偶然見つけてしまったナインティナイン、ダチョウ倶楽部、中村ゆうじさんが、「追いかけたい!」「でも行って覗いちゃうと犯罪になるから、偶然見えたんだったらいいだろう。」と、象の鼻にカメラをつけてみたり、「野球で勝ったから胴上げしよう!」と胴上げされている時に見えるかチャレンジしてみたり…という、コントのような企画でした。撮影の終盤、誰かが逆バンジーをして覗こうとなった際、“バンジーはぜひやりたい!”とみんなが手を挙げて、上島さんも手を挙げた瞬間、他の人が一斉に「どうぞどうぞ」と譲る…というノリが生まれます。ダチョウ倶楽部の代名詞とも言えるギャグ「どうぞどうぞ」はここで誕生したのでした!
この回は加地さんからすると面白いものになりましたが、まだディレクターとしての経験が浅かったこともあり、“自分が作った作品のレベルってどうなんだろう…。”という不安もありました。そんな思いを抱えていた放送後のある日、テレビ朝日のロビーで突然、後ろから誰かにハグされます。驚いて振り返ると、そこに立っていたのは…上島竜兵さん。「ありがとうございます。すごく評判良いです。」と感謝の言葉を掛けられたのだとか。この上島さんの一言で、“もしかしたらバラエティで食っていけるかも…!”と自信がついた加地さん。この話を聞いた川島さんも「その回、めちゃくちゃいろんな伝説を生んでるんですね!」と聞き入っていました。
もう1つの印象的な出来事は“ナイナイナでの打ち合わせ”。年齢的にはナイナイのお2人よりも加地さんの方が年上ですが、もともとADとメインの出演者という関係だったこともあり、下からの立場で接していたそう。しかし、ある日の打ち合わせで、岡村さんが「これってこうした方がいいんじゃないの?」と言った瞬間、無意識のうちに「いや、でもそれって…」と、岡村さんの意見を却下した加地さん。続けて「だったらこうした方が良いんじゃないですか?」と言ったところ、岡村さんも「そうやな。」と納得。こうして加地さんの意見が通り、“あ、自分すごい!”“あの岡村隆史を否定した!”と驚いたそうです。おそらく岡村さんは覚えていない何気ないシーンですが、加地さんにとっては“自分が認めてもらえた瞬間”でした。これ以降、打ち合わせで出演者の方が言ったことに対して、“違うと思ったら違う”と言うようになったそうです。

 

 

~アメトーーク!~

ここで川島さんから「『アメトーーク!』を演出する上で、ルールはあるんですか?」という質問が。これに対しては…「その回その回で違うんだろうけど、一応、起承転結はしっかり作るようにはしている。」と答える加地さん。ただ、台本はあまり作り込まず、なるべく余白を大事にしているそうです。また、スポーツ局出身ということもあり、“現場でどうなるか分からない。”ということを意識しているとも言います。どちらが勝つか分からないスポーツ中継のように、『アメトーーク!』でも、用意していた展開と違う展開になったら“じゃあそっちに行った方がいいじゃん!”という風に、流れを見て現場でなるべく判断するようにしているそうです。
続けて川島さんからは「一番思い通りにならなかった回は?」という質問が。それは「2年前の『今年が大事芸人』」。『今年が大事芸人』は、前年にブレイクした芸人が“2年目のジンクス”を乗り越えるべく行われる毎年恒例の企画。加地さんが挙げていた『今年が大事芸人2021』(2021年2月4日放送)には、ニューヨーク、ぺこぱ、おいでやすこが、3時のヒロイン、四千頭身といったメンバーが出演していました。この回の収録では、お悩み相談のコーナーでメンバー達が普通に悩みを話してしまい、当時コロナ禍で観客がいなかったこともあり、スタジオがシーンと静まりかえってしまったのだそう。この状況に蛍原さんや千鳥のお二人(MC側の席)もどうしていいか分からず、加地さんも気の利いたカンペを出せなかったと言います。それ以来、収録で今の悩みを聞くのはしないことにした加地さん。それまでは“悩みを言って、自虐で笑いになる。”という成功体験があったものの、“解決方法のわからない、今の悩みは言わせちゃいけないんだな。”と学んだそうです。長年のキャリアがあっても、今でも「毎回、勉強。」とおっしゃいます。
最近では、『急きょ企画延期!せっかく集まったから何か撮りましょうよ芸人』(2023年3月2日放送)が面白かったと言う加地さん。もともとは『井森美幸大好き芸人』を収録する予定で、発起人の南海キャンディーズ山里さんはじめ、さまぁ~ず三村さん、土田晃之さん、アンガールズ田中さん、平成ノブシコブシ吉村さんといった豪華なゲストが集まったのですが、本番直前に山里さんの体調不良のために収録が中止に。ただ、ここで川島さんが「一応時間押さえてるし、こんなメンバーでトークできる機会もないから、『アメトーークCLUB』向けにやりませんか?」と提案。川島さんはあくまでネット配信のつもりでの提案でしたが…蓋を開けてみれば地上波のレギュラー放送となりました。『アメトーーク!』には『立ちトーーク』という1時間フリートークだけで構成される恒例企画もありますが、フリートークとはいえ事前にエピソードトークをいくつか用意していく『立ちトーーク』と違い、今回は井森さん企画のつもりで来ていたのに急きょそれが無くなった“マジの空っぽ”の状態で収録がスタート。始まった瞬間、川島さんも「これ何喋るの?」と固まってしまったとか。ただ、やってみればまるで生放送のような臨場感のある収録となり、加地さんも「めっちゃ楽しかった。」と振り返ります。こういったピンチの時こそ“ゼロからどうやって形にしていくか?”“どういう流れになるのか?”“こういう風に軌道修正した方がいいんじゃないか?”と、スポーツ局出身の加地さんの血が騒ぐのだそう。

 

 

~加地さんの演出~

ここで、加地さんから川島さんに質問が。その質問とは…「俺の演出ってどう思ってるのかな?」。
川島さん、「彼女やん!(笑)“最近好きって言ってくれないけど、どうなん?”みたいな。」とツッコみつつ、加地さんは“プレイヤータイプの人”だと言います。その理由は、絶対現場にいて、一番に笑い、一番にカンペを出し、たまに発言して返してくれて、基本的にカメラの前にいるから。
また、いろんな番組でいろんなスタッフと接している川島さんですが、加地さんは最も友達のように感じるそうで、唯一LINEなど連絡先を知っている方なのだとか。「今週の競馬は何が来るかね?」といった、プライベートなLINEのやりとりが出来るのは加地さんしかいないのだそう。そんなお2人は、まるで『E.T.』のような“トモダチ”だというお話になりました。「じゃあもう演出家としては見てないってことね?笑」と言う加地さんに、川島さんは「でも収録で俺とかノブとかいると友達くらいはしゃいでいるじゃないですか。一番に手を叩いて!」とツッコみつつ、“そっちが面白いと思ってますよ”をあえて言わない人だというお話も。加地さん曰く「言うと意識しちゃうかなと思って、言葉にあまりしないように心がけている。」のだとか。川島さんにとって、加地さんは「“そっちが面白いですよ”を笑い声で導く人」。加地さんの人一倍大きい笑い声は非常に重要な存在で、「裏切らない人ですね、ディレクターとして。」と話していました。


(加地さんと川島さん、さらに千鳥ノブさん、ナイツ土屋さん、かまいたち山内さんという競馬好き仲間で4年前に北海道に牧場見学に行った際のお写真。この時にドライブした北海道の一般道は、加地さんの思い出のドライブルートだとか!)

 

 

~加地さんのエウレカ!(発見・気付き)~

加地さんのエウレカは“ヒット企画は出し惜しみする”。
様々なキラーコンテンツを生み出してきた加地さんですが、視聴者が求めるタイミングでは出さないのが流儀。その理由について、「あんまり頻度を上げちゃうと、やっぱ人はとにかく飽きるでしょ。」と話します。飽きられてしまうと、ヒット企画を一つ失うことになってしまいます。また、ヒット企画を続けると楽な一方、その次の準備の脳みそを使っていないとも。企画が飽きられてきてから慌てて次の企画を考え始めても時すでに遅し。「筋トレしていないのと一緒で、筋肉がどんどん衰えている。」と言います。そのため、ヒット企画を出し惜しみしている間にどんどん次の準備をしているそうです。
『アメトーーク!』の人気企画『運動神経悪い芸人』も、どんなに人気があっても年1回の放送に抑えています。今や年末の風物詩となった『運動神経悪い芸人』ですが、川島さんをはじめ出演メンバーにとっては「我々はいつここから卒業できるのか…?」という思いも。笑 もう10年も続いている企画のため、メンバーの年齢もどんどん上がってきており、川島さんには“これ、運動神経というより加齢じゃないのかな?”という疑問もあるそう。すると加地さん、「それ、言っちゃダメ。」と慌てて制止。笑 ナイツ塙さんにも「絶対言っちゃダメ。」と口止めしているのだそう。笑
最後に今後の目標を伺うと、“定年まで今担当している番組を続けること”とお答えに。
加地さんはエグゼクティブプロデューサーのため、62歳が定年ですが、それまではあと8年。そのときには蛍原さんは63歳。『運動神経悪い芸人』が続いていれば川島さんは52歳。「さすがにタイトル変えなきゃダメだね。」と言う加地さんに、「『運動神経悪い芸人』がある限り若いです、我々は。」と答える川島さん。すると加地さん、「年に1回それで運動できてるもんね!」と冗談交じりに話し、「だから言い方おかしいです。」と川島さんにツッコまれていました。笑 これからも、『アメトーーク!』をはじめ、加地さんが現場に立ってプロデュースされる番組がより一層楽しみですね!


(加地さん、ご出演ありがとうございました!“トモダチ”の川島さんとの2ショット!)

 

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PLAYLIST
  • 「Don't Stop Me Now」
    Queen
  • 「Happiness」
  • 「熱き鼓動の果て」
    B'z
  • 「sailing day」
    BUMP OF CHICKEN
  • 「My Sharona」
    The Knack