『Hibiki』Vol.7 2019年4月1日発行

特集:楽器の物語

サントリーホールには、日々さまざまな楽器の音色が響き渡ります。ピアノやヴァイオリンなどなじみのある楽器もあれば、古楽器や見たこともない打楽器が登場することも。どういう仕組みで鳴っているのか、どんな演奏技法なのか、楽器のことって意外と知らないものですよね。
今号では、6月に開催される室内楽の祭典、『サントリーホールチェンバーミュージック・ガーデン』(通称CMG)にも出演する5人の器楽奏者をクローズアップ。楽器と演奏家のストーリーをお届けします。

楽器 × 演奏家

大ホールのステージに80人超の奏者が並ぶオーケストラでは、たいてい10種類以上の楽器が合わさって、ひとつの音楽をつくりあげます。弦楽器、管楽器(木管、金管)、打楽器から成る、いわゆる管弦楽です。主に、弦楽器のヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス、木管楽器のフルート、オーボエ、クラリネット、ファゴット、金管楽器のトランペット、ホルン、トロンボーン、テューバ、打楽器のティンパニ、大太鼓、小太鼓、タンバリン、シンバルなど。曲によってピアノやハープ、マリンバほかさまざまな打楽器が加わります。

同じ楽器でも、つくり手や素材によって音の鳴り方は異なりますし、奏者の演奏技術で音質や響きは大きく変わります。楽器や奏者のコンディションによっても音色は微妙に変化します。そんな要因が楽器ごとにいくつも組み合わさることで、同じ作品でもまったく違う音楽になり得るのです。だからこそコンサートは、毎回たった一度きりの奇跡なのです。

演奏家の個性と楽器の組み合わせの妙を親密な空間で味わえる室内楽は、ひとつひとつの楽器の魅力を知る場でもあります。今年のサントリーホール『チェンバーミュージック・ガーデン(CMG)』(6月1日〜16日)は、充実した弦楽四重奏やピアノを交えたアンサンブルなどに加え、ハープとコントラバスのデュオや、木管、金管、打楽器奏者による室内楽が新鮮です。クラリネット五重奏、トランペットと何種類もの打楽器の掛け合い、クラリネットとホルンとチェロと小太鼓の珍しい四重奏など、未知のハーモニーに刺激を受けそうです。楽器と演奏家の関係性を知れば、よりドラマチックに聴こえるでしょう。

演奏家の方々に、ご自身が奏でる楽器の魅力や苦労を伺ってみました。まずは、ヴァイオリン奏者の服部百音さんから。ソリストとしての活動はもちろん、初登場のCMGではエネルギッシュな室内楽を聴かせてくれます。

ヴァイオリン × 服部百音

服部百音さん

Moné Hattori (C)Chihoko Ishii

8歳でオーケストラとの初共演。2010年より日本、ロシア、ヨーロッパ各地でコンサート活動を行う。CMGでは室内楽を。「ピアノ、チェロとのチームワークで同じところに向かっていく楽しさがあります」。

チャイコフスキーの『ヴァイオリン協奏曲』が流れると、泣き止む赤ちゃんだったそうです。
「ヴァイオリンの曲が好きで、5歳から本格的に習い始めました。好きな曲を弾きたい一心で。どんどん技巧的なものを弾きたくなって、クリアしてノルマ達成!みたいなゲーム感覚でした」

6歳の最初の発表会でサン゠サーンスの『ヴァイオリン協奏曲』を弾くと言い出して譲らず、1日100回以上、しかも1小節ごとに繰り返し毎日練習して、2カ月足らずで第3楽章をマスター。
「身体にクセをつけるんです。それは今も同じで、身体のどこをどういう風に動かせばいいのか、何回も弾くことでクセをつけます。指先はかなりアクロバティックに動き、背中の筋肉や両腕の力を使う全身運動で、アスリートと同じです。やればできるっていう根性も(笑)」

ヴァイオリンは、人の声に近い音が出るのが魅力と言います。
「音域も音質もソプラノやメゾ・ソプラノ歌手が歌っているように表現できます。だから弾く人の声に音が似るし、普段どんな言語でしゃべっているかが、音楽のフレーズの取り方に影響します。考え方や価値観なども音に出てしまう楽器だと思います。チェロほどではないけれど、太い低音も魅力。どんな音でも表現したいし、どういう音を出すべきか譜面から想像し、つくりあげます。気分や感覚ではなく、理論的に分析して。根拠のない音はひとつもありません。ですから、ヴァイオリンはこういう音、というフィルターを外して聴いていただくと、いろいろな情景が浮かんでくると思いますよ」

使用楽器は1740年製ピエトロ・グァルネリ(上野製薬貸与)。イタリアで生まれ3世紀弾き継がれてきた名器。14歳の時に出会い、常に一緒です。
「ヴァイオリンは自分と切り離すことはできないパートナーです。対話をしながら楽器のクセを知り、身体を合わせていく。私が弾くのではなく、楽器に音を出していただくという意識でいます」

クラリネット
× コハーン・イシュトヴァーン

コハーン・イシュトヴァーンさん

István Kohán

「この楽器は5年目。シルバーの部分を金メッキにしたら、響きが変わって、全方位に響くように。初めてのサントリーホールが楽しみです」。
ハンガリーのリスト音楽院卒業後、2013年より日本在住。

「父がクラリネット奏者だったので、私がクラリネットを吹くのは自然なことでした。小さい頃からクラリネットが大好き。かっこいいでしょ」
と流暢な日本語で話すコハーンさんは、ハンガリーの音楽一家に生まれ育ち、ハンガリーで音楽教育を受け、現在、日本を拠点に活動しています。

「クラリネットは、バロックから現代音楽まで、クラシックもジャズも民俗音楽も、どんなスタイルでも演奏できるのが魅力です。もちろん、発音の仕方はそれぞれ違います。その作品に最も合った音色をイメージして音をつくることを心がけています」
息を吹き込み、マウスピースに装着した1枚のリード(天然の葦やグラスファイバー製)を震わせて発音する楽器ですが、同じような仕組みのサックスなどに比べ、音の出し方が難しいと言います。
「強い身体が必要だし、顔の筋肉も口の筋肉もいろいろな筋肉を使うけれど、一番大事なのはリラックスして自然に吹くこと。身体のどこかにストレスがあると、よく響く自然な音は出ません。地面からのエネルギーをスッと取り込むような自然な身体の使い方。頑張ってもダメ。楽しんで、自信を持って吹くことが大切。そして、自分の思い描く音色を出すために、楽器を選ぶというより、楽器に自分の身体を合わせます」

アフリカ産のグラナディラという硬い木でつくるクラリネットは、吹き始めて半年から3、4年目が最も良い音が出るそうです。調性によって長さの異なる数種類を使い分け、主にはB管(変ロ調)とA管(イ調)の2本を使います。

コハーンさんはソリストとして活動し、編曲や作曲も手掛けます。
「クラリネットの曲はあまり多くないので、新しいチャレンジは嬉しい。CMGで初めて演奏するフランセの曲は、大学生の時に図書館で楽譜を見つけて、絶対やりたい!と思っていたんです。たくさんのキャラクターを吹きわける、すごく楽しい曲。マルティヌーも初めてで、とてもワクワクしています」

「次にお話を伺う二人は、共にNHK交響楽団団員としての活動を行いながら、それぞれソリストとしても活躍されています。
CMGでは、近現代フランスの作曲家ジョリヴェによるトランペットと打楽器のための『エプタード』という難曲に、初のデュオで挑戦します。

トランペット × 菊本和昭

菊本和昭さん

Kazuaki Kikumoto

「このトランペットは人生で27本目。初めて買ってもらったものからほとんどとってあります」。そのうち10本ぐらいを使い分けている。「ジャンル問わず屋外でも吹ける、可能性溢れる楽器だと思います」。

「トランペットとの出会いは中学校の部活動。音楽にあまり興味はなかったのですが、姉の影響もあって吹奏楽部に。甲子園球場の近くで育ったので、タイガースの応援団が吹くトランペットを、かっこいいなあとも思っていました」
が、トランペットは「苦しそうに吹いている」という印象だったそう。実際、身体への負担はかなり大きい楽器だと言います。

「唇を振動させて発音するので、演奏後は鬱血したり腫れ上がったりすることもあります。本番に最高のコンディションを持っていくために、唇や身体全体のケアが大事です。リップクリームは普段から欠かせません」

トランペットの起源は数千年前に遡り、唇の動きと息の強さ・速さだけで音を変える楽器でした。19世紀初めにバルブ機構が発明され、指でピストンを押すことで管の長さを変え、半音階の細かな音程まで出せるようになったのです。とは言え、自分の口で音をつくり、高音域のひときわ目立つ音色を奏でる緊張感は……。
「それが醍醐味でもあります。トランペット奏者は自我が強くて目立ちたがり、でも小心者が多いんじゃないですかね(笑)。狙った音が出るか博打のようなところもあり、だからこそ、頭の中で音程をしっかりつくりあげます。このIT時代に、超アナログ。そこに、奏者も聴く人も魅了されるのでしょうね」

オーケストラの中では優秀なパーツであるよう心掛け、一方、室内楽は自分の表現をする場、トランペットの魅力を存分に伝えたいと言います。
「ファンファーレのイメージが強いと思いますが、叙情的な表現もできるし、柔らかな音色も出ます。ミュート*をつけることでパッと音色を変えられるのが特徴でもあり、いろいろな音色を楽しんでいただきたいです」

すかさず、打楽器奏者の竹島悟史さんから一言。
「菊ちゃんがワウワウ・ミュートで吹くと、見事に関西弁に聴こえるんです! 楽器の音って生身の人間がどうしても出ちゃう。それが味ですよね」

* ミュートは、音色を変化させるために、音の出るベルの部分に装着して使う道具。さまざまな形の種類があり、とくにワウワウ・ミュートは独特な音色に。

打楽器 × 竹島悟史

竹島悟史さん

Satoshi Takeshima

「奏者の言語やしゃべり方、性格が、はっきりリズムに表れるんです」。CMGで演奏するプロコフィエフ『ロメオとジュリエット』は、トランペット・打楽器・ピアノ用に自身で編曲。「僕ら3人ならではの音楽にします」。

同じ楽団員の菊本さんから見て、竹島さんは「打楽器奏者を超越した、まさに音楽家という言葉が似合う人」。実際、作曲や編曲も手掛け、ピアノを弾き、かつて指揮法も勉強した竹島さんにとって、打楽器は「音楽を表現するためのひとつのツール」だと言います。
「クラシックでは、弦や管楽器が奏でる音楽に、色づけしたりスパイス的な役割で打楽器が使われることが多いです。よりキラッとさせたり、ズーンとさせる。自分ひとりでは成り立たない。けれど、打楽器の音ひとつで音楽が変わってしまう。だから、譜面上は休みが多いですが、自分が音を一発鳴らすまでのストーリーはずっと追っていて、音楽の流れのなかで皆と共存しています」

オーケストラでは、ティンパニ奏者と、それ以外の打楽器すべてを担当する奏者に分かれることが多いそうで、竹島さんは後者としてN響に所属。大太鼓、小太鼓、シンバル、木琴・鉄琴などの鍵盤打楽器、銅鑼やチャイムなどを奏でます。
「叩けば音が出るからこそ、どういう音を出すか。他の楽器と混ざり合い、そこにしかない音が生まれることを目標にしています。音に命を宿す。打楽器はレンタルもできますが、僕は、どんなオモチャみたいな楽器でも自分の音色を求めたいので、自前の楽器が家に溢れかえっています(笑)。どれだけ楽器と仲良くなり、楽器で遊べるかを常に考えています」

 CMGでは、トランペットと打楽器のための『エプタード』のために、その数えきれない種類のなかから、グラスチャイム、カウベル、ウッドチャイム、木魚、ボンゴ、コンガ、大・中・小太鼓、銅羅やタンバリン、シンバルなど20余の打楽器を運び込み「要塞のように」組み上げるそうです。使用するすべての楽器の運搬・配置の方法などを綿密に考えることも、打楽器奏者の重要な仕事。
「組み方は人それぞれ。楽譜を見ながら、頭の中で段取りをイメージします。よりいい音を出すために、いい音楽にするために、僕らは常に挑戦しています。だからこそ、とてつもない瞬間が生まれることがある。それはライブでしか味わえない時空間です。スリリングなところも含めて、そこに生まれる空気感、匂い、ドキドキする臨場感をお楽しみいただけたらと思います」

最後に、CMGには欠かせない存在、
「親密でありながらクラシカルなブルーローズ(小ホール)の雰囲気が大好き」
とおっしゃる、世界的ハープ奏者の吉野直子さんに伺います。

ハープ × 吉野直子

吉野直子さん

Naoko Yoshino

 CMGでは「楽器を超えて音楽家として素晴らしい」コントラバスの池松宏とデュオを。「お互い今までやったことのない曲ばかり。変化のあるプログラムで、いろいろな表情を楽しんでもらえると思います」。

母親がハープ奏者で、生まれる前からハープの音色を聴き、家具と同じように家にハープがあるのが当たり前だったという吉野さん。
「自分にとってハープがどういう存在か、考えたこともないぐらい自然にあって。ただ、ピアノは大きいし挑むという感じであまりなじめなかったけれど、ハープは最初から自分の身体の一部のようで、なんの違和感もなかったんです。抱えて弾くからかしら。チェロほど密接ではないけれど、楽器と身体が共鳴しますし、音色をつくるのは自分の手だけ。間に何も入らないシンプルさが、難しさでもあり魅力でもあります」

ピアノのペダルのように音を響かせて伸ばす機構もなく、他の弦楽器のようにヴィブラートをかけることもなく、弦を弾く指の角度や速度、強さ、音を消すタイミングなどの工夫で、音色や響きをつくるのだそうです。弦は47本で、6オクターブ余の幅広い音域。実は足元にペダルが7つも付いていて、それぞれのペダルを三段階踏み分けることで、ドからシまでの各弦の長さを調整して半音(♯や♭)を出す仕組みになっています。
「両手両足、結構忙しく動いているんです。使わないのは手の小指だけ。私は手も身体も小さめですが、その自分の身体で、いかにハープを美しく鳴らせるか。優雅で流れるような響きもあれば、打楽器のように一音だけでパッと場面を変えたり、リズムを刻んだり、鋭い音、激しい音、やさしい音、さまざまな表現ができるんです。ハープのいろいろな世界を知っていただければ」

木の楽器なので、弾き込むことで馴染んでいき、「10年、20年使い続けてあげながら自分の音にしていく。一緒に育っていく」のだと言います。その一体感がまた、聴衆を魅了するのかもしれません。