キダ・タロー ゴルフ再戦の約束実現せず「体調が悪かったんやな。知らんかった」

[ 2023年6月3日 05:30 ]

上岡龍太郎さん死去

キダ・タロー
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 元タレントの上岡龍太郎さん(本名・小林龍太郎)の訃報を受け、作曲家でタレントのキダ・タロー氏(92)は2日、本紙の取材に「最近は連絡もなかったが…。私より年下の後輩たちがどんどん亡くなって。ご冥福を心よりお祈りいたします」と悲痛な思いを語った。

 この日、キダ氏は上岡さんが番組放送開始の88年から、芸能界を引退した2000年まで13年間にわたって初代局長を務めたABCテレビの人気番組「探偵!ナイトスクープ」(金曜後11・16)の公開収録に出演予定で、大阪府内の自宅で待機していた。午後1時頃にスマホのネットニュースを見て、上岡さんの訃報を知った。「体調が悪かったんやなと。知らなかった」とキダ氏。結局、台風2号の影響で、東京から出演者が来阪できずに収録は中止になった。

 キダ氏は同番組の最高顧問として長く上岡局長を支えた。94年4月の同番組収録中に上岡さんが途中退出した事件についても「彼は呪術的(オカルト)な事に異様なぐらいに憎悪を示しました。昔、(上岡さんの)家族の方が、がんに侵され、呪術師に翻弄されて苦しんだのが原因だと聞いたことがあります。途中退場もオカルトの扱いが原因でした。私も現場に居合わせたんですが、彼のあまりの思いに何もできませんでした」と語った。

 キダさんが持っていた上岡さんの印象は「『上岡龍太郎』という頑固で冷静な鎧をまとい、内心を見せない男」だったが、その鎧の下をポロリと見せたことがあった。上岡さんが東京進出したばかりの頃、フジテレビで会った際にキダ氏が「上岡さん、東京嫌いやったんちゃうの?」と聞くと、上岡さんがニタ~っと笑ったそうで「実に人の善い笑顔を見せました。鎧の下ですね」。また、石原裕次郎の曲ばかりを歌うコンサートでは「こぶしをまわして」と歌唱指導した話も明かした。

 プレイベートでの上岡さんとの付き合いはゴルフが主だった。上岡さんが引退後、01、02年と同番組のゴルフコンペで一緒になり、2代目局長に就任した西田敏行(75)とラウンドしたそうで「ダブル局長やな、と言ってました」と明かした。その後も、たまにメールのやりとりをして、近況報告。新型コロナウイルスの感染が拡大する前の18年頃にゴルフの約束をしていたが、雨で中止となり「また、別の日に」と持ち越しとなったが、再戦は実現しなかった。

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2023年6月3日のニュース