第117回  イルカのバブルリングに学ぶ気泡群の生成と輸送

渦輪を利用してバブルの輸送を制御

イルカのバブルリング

イルカのバブルリング

 イルカは、頭頂部にある噴気孔から空気を吐き出し、背びれや尾びれを瞬間的に動かすことで渦を生じさせてバブルリングをつくる。リングは渦のエネルギーによって気泡を保持しながら、押し出された方向へ、一定時間直進する。

知能が高く、好奇心旺盛なイルカたちは、 器用にバブルリングをつくり、仲間どおしで遊ぶ。 渦のエネルギーにより形を保ったまま直進する、 イルカのバブルリングに学ぶ気泡群の生成と輸送とは?

頭頂部の噴気孔から微少な気泡をはき出して、きれいな空気の輪(バブルリング)をつくるイルカたち。水中で空気の輪は上に向かって浮き、簡単に壊れてしまいそうですが、イルカがつくるバブルリングは、一定の間壊れることなく、押し出された方向へ進むのです。その秘密は、実は渦にありました。

イルカは、気泡をはき出した後に、背びれや尾びれを瞬時に動かすことで渦輪をつくります。渦輪の内部は低圧であるため、渦輪に気泡が巻き込まれてバブルリングができ上がるのです。そして、この渦のエネルギーによりバブルリングは浮くことなく、気泡を内包したまま、渦の中心軸と平行方向に直進するという仕組みです。

このバブルリングに着目し、気泡の輸送を制御しようというユニークな研究が行われています。気泡の輸送は、局所的な化学反応、伝熱の制御、精密部品の洗浄、バイオリアクター(生体触媒等による反応装置)における物質移動操作、液中への気泡溶解の制御などに利用されています。従来、気泡の輸送には超音波や旋回流が利用されてきました。しかし、超音波による方法では単一で大きな径の気泡に限られ、また旋回流は精密な運動制御に不向きであるなどの課題があります。そこで、それらの課題を解決しようと、ミクロからマクロに及ぶスケールに対応してバブルリングを生成して輸送する実験装置が開発されました。

シリンダとピストンに1本の気泡注入針を組み合わせたシンプルな装置ですが、シリンダ内でピストンを押して液中に渦輪を射出し、同時にシリンダ側面の注射針から渦輪内部へ気泡を注入することで渦輪を利用した気泡群を生しすることができます。そして、注入した気泡の7割以上を渦輪内部に保持したまま水面まで輸送できることが実証されています。そして、シリンダの直径で渦輪の大きさは容易に変えることができるため、さまざまな場面への応用が期待できるのです。

 

内山知実 教授
名古屋大学 エコトピア科学研究所

内山知実 教授

 常に問題意識をもちながら研究に臨む

私の研究室では、もともとはシミュレーションを主体にソフトウエアの開発などを行ってきました。シミュレーションは想定を立ててやりますが、ある意味、現実感がないのも事実です。そこで学生に現実感を味わってもらうために、5年ほど前から実際に実験も行うようにしました。この実験用の装置もみな、学生の手づくりなんです。 実験をやってみると、思いもよらない方向に新しい知見が出てきたり、解決しないといけない問題がみつかることがあります。シミュレーションのみで理解するより、発展性が多いような気がします。現在は、シミュレーションと実験を五分五分くらいの割合で行っていますが、常に問題意識をもち、敏感に意識を研ぎ澄ませて研究を進めていく必要があると思いますね。

 

トピックス

 イルカたちの中には噴気孔から吐き出した空気を一旦パクッと口に入れて、バブルリングを吐き出すこともあります。その様子は、水族館のショーなどで見ることができ、複数のイルカがバブルリングをリレーするというパフォーマンスもあるそうです。 渦輪という言葉は流体力学用語で、英語ではボルテックスと言います。渦輪はリングの内側から外側に向かって高速回転しており、それが運動エネルギーとなると同時にリングの形状を保持することにつながっているのです。密閉した段ボールの一面に丸い穴を開け、側面を叩いて空気をリング状にして勢いよく押し出す「空気砲」の実験の様子を見たことはあるでしょうか。あの実験も渦輪の原理と同じで、かなりのスピードで形状を保ったまま進んでいきます。このようなエネルギーを輸送に利用しようという研究は、これまでにないとてもユニークな発想なのです。これまでの研究によって、1mmくらいの固体粒子も気泡に入れて運ぶことができることもわかっていますので、さまざまな用途に展開が可能だと考えられます。