新潮社

三浦しをん『墨のゆらめき』

2023年5月31日発売
1,760円(税込)
四六判変型
正反対の二人があなたの想いを代筆します

単行本 試し読み

試し聴き partA】

『墨のゆらめき』三浦しをん

 京王線しもたか駅に降り立つのははじめてだった。
 俺は電車内で読んでいた文庫を鞄にしまい、かわりにスマホを取りだした。社用のパソコンでとおかおる氏とやりとりしたメールは、スマホのほうにも共有されている。昨日、最後に受信した遠田氏からのメールの文面は極めて素っ気なく、「たまでんの線路を右手に、線路沿いの道をさんげんぢゃ方向へ五分ほど進む。それまでのあいだで一番ボロいと思われる家が見えたら、そこがたぶんうちです。」とだけ書いてあった。
 漠然としている。
 しかし俺もホテルマンのはしくれ。万全の下準備をして、気むずかしいお客さまにもなるべくご満足いただけるよう努めるのが習性だ。遠田氏は客ではないがそれでも、「玉電」とは東急世田谷線の通称だと、ちゃんと調べはすんでいる。
 スマホを夏物の背広の尻ポケットに収め、鞄と手土産の紙袋を手に、京王線のホームからあたりを見まわした。柵を隔てて簡素なホームがすぐ隣にあり、二両編成の電車が停まっていた。バスのように小さく愛らしい。これが世田谷線だろう。インターネットの情報によると、道路とははっきり分離した形で線路が通っているが、もともとは路面電車の支線だったとのことだから、こぢんまりした車体なのもうなずける。
 ホーム同士は隣りあっているのに、柵に切れ間はない。どうやら一度京王線の改札を通らなければ、玉電がわへは行けないつくりらしい。近くにあるようでいて遠い。京王線と東急線のあいだにはやはり微妙なライバル心が働いているのだろうか。
 とりあえず京王線のホームの階段を上り、きょうじょう駅舎に設置された改札を出た。地上へ下りる階段は方角的に、駅前の商店街に向かっているように見受けられる。そうではなく玉電の線路脇の道のほうへ行きたいのだが、あの階段で正解なのかと改札まえでまごついていたら、食材の詰まったエコバッグを提げた老婦人が、「なにかお困りですか」と親切にも声をかけてくれた。
 俺は町でよくひとに話しかけられる。子どものころからだ。帰宅しようとただ通学路を歩いていただけなのに、「坊や、迷子か」と見知らぬおじさんに言われた。大人になっても、老若男女国籍を問わず道を聞かれるのはしょっちゅうだし、待ちあわせをしていたら宗教に勧誘された。渋谷ハチ公まえで、あたりにはごまんとひとが立っていたというのに、なぜか俺だけ。ちなみに学生時代はチンピラに因縁をつけられカツアゲされかけることもしばしばだったし、いまも散歩中の犬に出くわせば吠えかかられる。
 つまり俺は、よく言えば柔和そう、悪く言えばあらゆる生命体からナメられがちなんだろう。でも、「話しかけやすい」という体質は仕事のうえでは得になる。近寄るのもはばかられるほどのこわもてでは、お客さまのために尽くすホテルマンとしては失格だ。おかげさまでづきホテルに勤務して十五年、お客さまに問われて五万回ぐらいトイレや喫煙所の場所をお答えしてきた。あるとき気になって同僚に尋ねてみたら、「え、まじで。そこまでしょっちゅうは聞かれないよ。だってトイレも喫煙所も案内表示あるだろ」とのことだった。話しかけやすい顔面と雰囲気を保持していたがゆえに、お客さまのお役に立てて本望だ。
 今回も俺は無意識のうちに体質というか特技というかをいかんなく発揮していたようで、老婦人は玉電のホームへ下りる階段のありを教えてくれた。ホームを通り抜けて線路脇の道へ出られるのだそうだ。チンピラや犬に絡まれるだけでなく、親切なひとにも出会えるから、やはりナメられやすい、もとい、話しかけやすい雰囲気をかもしだすのも悪いことばかりではない。
(中略)

〈二〉へ続く 

〈二〉

 ところが歩きだして三分で問題が発生した。線路脇の道が消失してしまったのだ。線路に面してぎりぎりまで家が建ち並ぶようになり、道は線路からゆるやかに離れる形で住宅街のなかへとのびていた。
 すっかりなまぬるくなったスマホを尻ポケットから出し、メールの文面を眺める。来た道を振り返ってみるが、マンションや煙草屋が整然と軒を連ねるばかりで、特筆するほど「ボロい」建物は見当たらない。やはり遠田氏の家はまださきらしい。しかし「さき」とはどこなんだ。とりあえず道なりに線路から離れると、十歩も行かないうちに急激に道幅が狭くなったうえに、が現れた。しかもそのうちの一本はあんきょを道がわりにしているらしく、微妙にうねり、すぐ両側に家々のブロック塀が迫っていて、ひと一人がやっと通れるかどうかという細さだ。
 なにが「線路沿い」だ。こんな事態があっていいのか。五叉路のなかのどれが正解だ。
「とおだかおるうぅぅ~!」
 独り言にしてはかなりの声量になったものの、むろん返事はない。俺の声に驚いたのか、すぐ横の家の窓辺で小型犬が吠えだしただけだった。もしかしたら親切にも正しい道を教えてくれているのかもしれないが、犬の言葉はさすがにわからない。だれかに「遠田書道教室」の場所を尋ねようにも、住宅街を歩くひとの姿もない。みんな暑さで茹であがったんだろう。これでは俺の体質というか特技というかも発揮しようがない。
 なぜ遠田氏は、いや、すでに呼び捨てにしてしまったところだし、もう遠田でいい。なぜ遠田は、書道教室を営んでいるにもかかわらず、いまどきホームページを作成していないばかりか、住所も電話番号もメールに記してこないのだ。書家とはすなわち芸術家だから、多少浮世離れして常識に欠けるのもいたしかたないことなのだろうと、これまで自分を納得させてきたが、「線路沿いの道を五分」とあったら、ふつうは一本道を思い浮かべるものではないか。話がまるでちがう。
 いったい遠田とはどんな人物なんだ、とふんまんやるかたない思いがすれど、そもそも俺は遠田の年齢も性別も知らない。ではどうして未知の人物の家を訪ねることになったかといえば、以下の次第だ。
 俺の職場、三日月ホテルは西新宿にある。まわりは超高層ビルばかりだが、三日月ホテルは六階建てで客室数も二十四室と非常にこぢんまりとしたものだ。新宿駅から遠いし、一九六〇年代に竣工した建物は外観も内装も重厚感はあれど率直に言って老朽化しており、近年増加した外資系ホテルのきらめきとしゃだつさには到底かなわない。
 それでも、三日月ホテルの経営はそこそこ安定している。古いがゆえに客室のつくりがゆったりしていて、一番狭い部屋でも五十平米はあるためだろう。もちろん全室、窓から新宿中央公園の緑と、公園越しにビル群の夜景を満喫できるように設計されている。水まわりのリフォームもおこたりなく、バスタブはクラシカルな猫足仕様だ。
 我々従業員一同としても、施設面に頼りきることなく、お客さまのあらゆるご要望にお応えすべく誠心誠意尽くしているつもりだ。その甲斐あって、ラグジュアリーホテルよりずっと価格が安いのに、サービスは行き届いていると好評である。三日月ホテルの「昭和感」がかえって目新しく映るのか、最近はご年配の常連さんだけでなく若いかたにもご利用いただけるようになってきた。
 さらに、一階のレストラン「クレセント」と六階の宴会場「三日月」では、フランス帰りの料理長率いるコック陣が腕を振るう。この料理がおいしいと評判で、「クレセント」はランチもディナーもにぎわっているし、「三日月」は結婚式の披露宴や企業のパーティーに活用されている。三日月ホテルの小さな庭には、新宿中央公園の木々を借景になんちゃってチャペルがあるので、結婚式にも対応できるのだ。
 で、問題は宴会場だ。大きなホテルには専任の宴会場担当者がいて、企業に営業をかける。しかし三日月ホテルぐらいの規模だと専任とはいかず、一応俺も宴会場担当ではあるのだが、フロント業務も、チェックインしたお客さまのお荷物をお部屋まで運ぶことも、宿直もこなしと、とにかくなんでもやらなければならず目のまわる忙しさだ。営業まではとても手がまわらないから、「あそこの宴会場でのパーティーはよかったよ」というお客さまの口コミが頼りになってくる。結婚式や披露宴の打ちあわせは、さすがに外部のウェディングプランナーと業務提携しているが、着付けやヘアメイクの手配確認、お出しする料理のご希望など、ホテル内でろうなく情報共有して備えておかなければならないことは多く、責任は大きい。
 準備のひとつに、宴会場で行われる披露宴やパーティーの招待状作成がある。これも大きなホテルだと、専属のひっこうがかりが常駐していて、美麗な筆文字で招待状の封筒に宛名書きをする。パソコンにいろんなフォントが入っていて、宛名も手軽にプリントできる時代だが、やはり大切な催し物の招待状に関しては、筆で手書きされたもののほうがいいというお客さまが多いのだ。効率や代金を考えれば不思議なことだが、気持ちはわからなくもない。肉筆のほうが、こめた思いが伝わりやすいように感じられるのは事実だ。
 三日月ホテルには宴会場がひとつしかないため、専属の筆耕係を雇うほどの需要は生じない。そこで、町の書道教室の先生や、本業はべつにあるが書道の段を持っているひとを、筆耕士として登録している。具体的には、登録を希望する書家たちから、宛名などを筆で書いたサンプルがホテルに送られてくる。こちらはそれをファイリングしておき、お客さまにはそのファイルをご覧いただいて、「この筆跡のひとがいい」と選んでもらうのだ。それを受けてホテルがわは、指名された筆耕士に連絡を取り、招待状の宛名リストと封筒を発送する。筆耕士は封筒に宛名を書き、期日までにホテルに送り返すといった段取りだ。
 宴会場「三日月」は立食形式でも最大二百名の規模なので、いくら宛名を書いてもそれほどの金額にはならない。だが、登録された筆耕士は、文字を書くことに真剣に向きあっているひとばかりだ。たとえ小口の依頼であっても、一文字一文字、心をこめて宛名をしたためてくれる。
 昨今は個人情報の取り扱いが厳しいから、宛名書きを任せる筆耕士の身元は登録時にきちんと確認する。逆に、筆耕士の連絡先をお客さまにお伝えすることもない。すべてホテルがあいだに立ってやりとりする。そのため、ファイルのサンプルには番号が振られているのみで、筆耕士に依頼するときには登録者名簿を参照する必要があった。まあ、依頼といっても大仰なものではなく、相手は長年のつきあいがある書家ばかりなので、メールや電話で連絡し、封筒を送りさえすれば、あとはたいていスムーズにことが進む。
 ところが遠田薫のケースは勝手がちがった。
(中略)

〈三〉へ続く 

〈三〉

(中略)五叉路のうちの四本が不発だったため、俺は半信半疑ながら最後に残った暗渠の道もどきを果敢に進んだ。すると突然視界がひらけ、といっても住宅街のなかの一方通行の道に通じていただけなのだが、まあ常識的な道幅になって、ひとつめの角に遠田書道教室があった。
 遠田康春さんの筆か、門柱に「遠田書道教室」と木製の小さな表札が掲げられている。風雨にさらされ、表札はやや黒ずんでいたが、きりりと実直な文字はそれにも増して鮮やかに黒い。さすがは原岡さんが一目置いたほどの書の書き手、俺も仕事をご一緒したかったものだ、と表札をよく見てみたら、縦に二枚つなげたカマボコ板だった。……虚飾を排した書風と同様、生活にも清貧の思想を貫いておられたということだろう。たぶん。
 気を取りなおし、ようやく探し当てた遠田書道教室を門の外から感慨深く眺める。
 遠田のメールに「ボロい」と書いてあったとおり、周囲の家々と比べ、抜きんでて築年数が経っているようだ。だが、「ボロい」のではなく「おもむきがある」と俺には感じられた。
 玄関の脇だけ増築したらしく平屋が張りだしているが、あとは木造の二階屋だ。玄関はひさしの具合といい引き戸といい、いかにも日本家屋といったつくりだが、増築部分は三角のとんがり屋根で、繊細なこうのはまった出窓があり、古い洋館風だった。和洋折衷というのだろうか、調和が取れていて静かな住宅街になじんでいる。
 汗でぬめった妖怪のような姿でひとさまのお宅を訪問するのもいかがかと思われ、俺は背広の上着を羽織り、ポケットから出したハンカチで額を拭きながら呼吸を整えた。不測の事態にも対応できるよう余裕を持った行動を心がけているので、約束の時間まではまだ三分ある。ぷらっと角を曲がって側面にまわると、家屋は正面から見た印象よりも大きく、奥行きのほうが長い建物なのだとわかった。
 増築部分のとんがり屋根の背後に、二階建ての木造家屋がくっついているような形だ。瓦屋根で、広々とした庭に面して窓が並んでいた。さざんかの生垣越しにちらっと覗くと、夏草はきれいにむしられ、一階の掃きだし窓の外に朝顔の鉢がいくつか置いてあった。庭の一角には物干し台も設置され、長袖Tシャツやらジーンズやらが気だるそうに午後の微風に揺られている。かたわらに立つ大きな桜の木が、洗濯物に黒く濃い模様を投げかける。二階は腰高窓のようで、ベランダというほどでもない、木製の手すりつきのスペースが張りだしており、そこにも鉢植えが並んでいた。もこもこした緑の葉が見えるが、なんの植物なのかは判別できなかった。軒下に何枚かの手ぬぐいがつるされている。
 敷地の端っこにある一台ぶんの駐車場には、白い軽トラックが停まっていた。さざんかの生垣は駐車場の側面と奥をふさぐ形でつづいていたが、わざわざ門から出て、角を曲がって車に乗りこむのが面倒だからだろう。奥の生垣の一部が破れて、庭から直接駐車場に出入りできるようになっていた。不用心だ。
 遠田康春さん亡きあと、この家に何名が暮らしているのか知らないが、家屋と庭の様子から極めてまっとうな生活を営んでいることは察せられた。
 俺は家屋の正面に戻り、ハンカチをポケットに戻すついでにネクタイがゆるんでいないか確認してから、門を開けて玄関横のブザーを押した。反応がない。もう一度ブザーを押すべきかと指をのばしかけたところで、引き戸に人影が映り、いかにも建て付けが悪そうに中程まで開いた。
 こんいろを着た男が、健康サンダルをつっかけてたたきに立っていた。歳は俺と同じぐらい、三十代半ばと見受けられた。背が高く筋肉質なことに加え、「役者のようにいい男」という形容はこういうときに使うのだなと思うほど華のある整った顔立ちをしている。こっちは汗ぬめり妖怪だというのにと、天をうらみたくなってきた。
 しかしまあ、書家というのはもっとたんの風情を宿しているものだろう。眼前の男はあぶらが抜けきっていない。率直に言えば女にモテまくり骨付き肉をむしゃむしゃ食ってる雰囲気を醸しだしていて、どうも俺が思い描く書家のイメージとかけ離れている。してみると、この男は遠田薫の配偶者かなにかで、作務衣を着ているのは書道教室を営む遠田家のしきたりでもあろうかと推測された。
「本日はお時間を割いていただき、ありがとうございます。三日月ホテルのつづきちからです」
 俺が挨拶すると、
「ああ、もうそんな時間か」
 と男は言い、引き戸を大きく開けた。「ちょっと教室が長引いてるんだ。入って待っててくれるか」
「はい。お邪魔します」
 俺は男にうながされるまま、がたぴしする引き戸を手こずりながら閉め、靴を脱いで板張りの廊下に上がった。(中略)

〈四〉へ続く 

試し聴き partB】

〈四〉

「ツヅキさんが言ったとおり、僕が若先に頼みたかったのは手紙についてです」
 と、遥人くんは姿勢を正した。「土谷、二学期から盛岡の学校へ行くことになったんです。お母さんの仕事の都合で、夏休みのあいだに家族で引っ越すって」
「それはさびしくなるね。遥人くんも、土谷くんも」
 俺は心から言った。石好きの小学生がどれぐらいいるものなのか知らないが、俺も子どものころ、小説や漫画を読むのが好きな友だちが転校してしまったことがあり、同好の士を失うつらさや退屈さには覚えがあったためだ。
「は……、いいえ」
 遥人くんの首が縦とも横ともつかぬあいまいな動きを示した。「たしかにさびしいけど、大丈夫です。岩手にはみやざわけんが石を拾った海岸があるらしくて、土谷は絶対行くって張り切ってます。僕もこれからも石を集めていくつもりだし、いまの学校でなんとかやっていける気がするんです」
 うんうん、遥人くん立派になって……。と、今日会ったばかりなのに俺は感激した。たぶん、土谷くんが言っているのはイギリス海岸のことで、それは海辺ではなくきたかみがわの川辺を宮沢賢治がそう命名したものだが、まあいいだろう。土谷くんが誤って、はなまきではなく岩手県の沿岸部に石を拾いにいかないよう祈ろう。
「こんなふうに思えるようになったのも」
 と遥人くんはつづけた。「土谷のおかげです。だから僕、土谷が引っ越すまえに手紙を書いて渡したくて」
「きっと土谷くんも喜ぶよ」
 と俺は同意し、
「おう、書け」
 と遠田もうなずいて、話は終わったとばかりに立ちあがりかけた。俺は急いで作務衣の袖をつかみ、遠田を座らせる。書けばすむなら、わざわざ居残ることはするまい。遥人くんの頼みごとの核心は明らかにここからだと、ほんとになぜ察しないのだ、この男は。
「でも、なんて書けばいいですか?」
 と、遥人くんはもじもじした。もしや、宿題の作文の内容すらも自分では考案せず、ネットで検索したそれっぽい文章を適当にそのまま書き写すような現代っ子なのか!? と思ったのだが、そうではないとすぐにわかった。遥人くんは照れくさいのだ。手紙を書くことにも、そもそも自分の思いを言葉にしてだれかに伝えることにも慣れていないから、どうしたらいいかわからないのだ。
 そりゃそうだ、小学生だもんなあと、俺は微笑ましく思った。大人でもむずかしいことなのに、感じやすいお年ごろの子なのだから、ますますハードルは高くもなろう。
 そこはやはり、土谷くんへの感謝の気持ちをストレートに……、とせんだつとしての経験を踏まえて助言しようとした矢先、
「そんなもん、『ズッともだよ』でいいだろ」
 と遠田が断じた。これ以上に軽くて役に立たないアドバイスが世の中に存在するなら教えてほしいものである。
「それだけ?」
 遥人くんも不満を示した。「若先は、だれかの代わりに手紙を書く仕事もしてるんですよね」
「代筆屋な」
「そう、それ! 土谷宛の手紙を、若先に書いてほしいんです」
 なるほど、遥人くんの頼みごとがなんなのかが、やっとわかった。遠田が書家、書道教室の先生、筆耕士に加えて、代筆屋も営んでいるというのは初耳だが、しかしどうなんだろう。たとえつたなくとも、やはり手紙は自分で書いてこそ思いが伝わるものなのではないか。代筆屋という、かなりめずらしいと思しき職業に就くひとがたまたま身近にいたからといって、安易に頼るのはいかがなものか。
 だが遥人くんも切羽詰まっているようで、
「土谷から引っ越すって聞いて一週間、僕もずっと手紙を書こうとしたんです」
 と熱心に畳みかけた。「でも、だめでした。そりゃ一言でまとめれば『ズッ友だよ』なんですけど、東京と盛岡は遠いし、僕たちまだ子どもで僕なんかスマホも持ってないし、実際はそんなに会えなくなっちゃうと思う。そしたらいまみたいに友だちではいられなくなって、それでもやっぱ僕のなかで土谷は友だちだとも思うし、あれこれ考えてたら頭が混乱してきて……!」
 これまでの物静かな様子をかなぐり捨て、奔流のごとく言葉を発しはじめた遥人くんを、「お、落ち着いて」と俺はひとまずなだめた。遥人くんはカルピスを飲み干して息を吐き、
「とにかく気持ちがあふれて、便箋が何枚あってもたりない感じで」
 と言った。「だから若先にダイヒツしてもらおうと思ったんです」
 遥人くんは書道バッグの外ポケットからレターセットとペンケースを出した。
「この便箋に収まるぐらいにしてください」
 遥人くんがレターセットの中身を長机に並べる。内訳は封筒が二枚と、太めの横罫の便箋が四枚だった。地は水色で、封筒にも便箋にも、端に丸っこい新幹線のイラストがプリントされている。封筒一枚は予備として、最大で便箋四枚ぶん程度の手紙を代筆してほしいということらしい。
 遠田は「ふうん」とレターセットを見下ろし、
「けどよ、代筆屋はじじいがやってたことで、いまは半ば閉店中なんだ」
 と言った。
「なんでですか。若先なら、僕の字そっくりに書けますよね」
「まあなあ。じじいよりうまく、ミッキーの字を真似られるだろうよ。でもミッキーの要望をかなえんのは、俺には無理だ。じじいの霊を招喚して頼んでくれや。あ、ここで招喚すんなよ、小言がうるせえから」
 もしかしてと薄々悟ってはいたが、「じじい」とは亡くなった遠田康春氏を指しているのだと確信を抱けた。父親であり書道教室の先代でもある康春氏を「じじい」呼ばわりしていいのかと思ったが、
「じいちゃん先生、まじで生き返ってほしい……!」
 と遥人くんが嘆いたことからして、康春氏が当教室内で慕われている高齢男性だったのだとはうかがわれた。
「ね、なんで若先じゃダイヒツ無理なの」
 遥人くんは食い下がる。
「そりゃあ、じじいとちがって俺には学がねえからだよ」
 と、遠田は困惑したように頭を搔いた。「字だけ達者に似せられたところで、文面を思いつけないんじゃなあ……」
 そこで遠田はふと言葉を途切れさせ、この室内で手紙の文面を思いつける可能性のある最後の一人――すなわち俺に視線を向けてきた。
「ええっ!? 私だって学なんてありませんよ」
 必死に首を振ったのだが、遥人くんまでもが期待に満ちた目で俺を見つめている。
「チカ、おまえ趣味はなんだ」
 と、遠田に重々しく尋ねられた。読書と競馬だが、読書はなんとなくまずい予感がしたので、
「競馬です」
 と答えたら、
「喜べ、ミッキー。人間ばかりか馬の気持ちまで汲み取れる学識の持ち主を見つけたぞ」
 ということになった。
「無茶苦茶だ!」
 とうとう俺は叫んだ。「私は遠田さんに宛名書きを依頼したくて来ただけの、いっかいのホテルマンですよ。なのにどうして、手紙の文面を考えるなんて話になるんですか!」
「チカの言いぶんをまとめると、『報酬が必要だ』ってさ」
 と、遠田が勝手にでたらめな通訳をし、
「ずっと貯めてたお年玉が二万円と、今月のお小遣いの残りが三百円あります」
 と遥人くんが真剣な表情で答えた。
「よし。折半な」
 遠田が悪い笑みを俺に向けてくる。
「小学生からお金巻きあげてどーすんですか!!!
 遠田は俺の肩に片手を置き、馬に対するように「どうどう」と軽く揺さぶった。
「考えてもみろよ、チカ。このままじゃらちが明かん。ミッキーも引かねえだろうし、そうすると俺たちは仕事の話ができねえから、おまえは永遠にこの家から出られない」
 不吉な予言じみている。俺は遠田の手を肩からはたき落とし、
「いざとなったら、宛名書きはべつのかたにお願いすればいいだけのことです」
 と言った。
「へえ、本当に?」
 遠田はにやにやする。自信たっぷりなのが腹立たしい。たしかに、宛名のサンプルを見たときの水無瀬氏の奥さまとお嬢さまの反応を思うと、よっぽどのことがないかぎり、遠田への依頼をまっとうしなければ三日月ホテルの名折れだし、ホテルマンとしての俺のけんにもかかわる。いや、すでに「よっぽどのこと」が起きている気もするが、少なくとも遠田はぼんくらではなさそうだ。いいかげんでひとの話をあまり聞いていないと見受けられるが、書道教室での振る舞いや遥人くんへの対応からして、宛名リストを悪用するような人物には思えない。
 となると、やはり遠田に協力し、早いところ仕事の話に持っていけるよう努めるのが最善の道なのか。ああ原岡さん、予想だにしなかった展開なんですけど、俺はどうしたらいいんですか……!
「とにかくさ、ちょっと試してみようや」
 俺の内心の揺らぎだけは鋭敏に察せるらしく、遠田はここぞとばかりに説得を続行した。「チカはミッキーの気持ちを代弁する。俺はそれを片っ端からミッキーの字っぽく便箋に書く。な?」
「……わかりました、やってみましょう」
 俺は不承不承、遠田の提案を受け入れた。

続きは本書でお楽しみください。

audible この小説はAmazonオーディブルで全篇の朗読が配信されています。

 本書は新潮社(書籍)とAmazonのAudible(朗読)の共同企画で、全篇の朗読が先行して配信された後、書籍が刊行される、というものです。
 数多くの作品が映画化、アニメ化、舞台化されている三浦しをんさんがこの共同企画のために書き下ろした長篇小説となります。
 2022年11月、朗読の配信がスタートすると、文芸、人文、自己啓発などのオーディブルのオールジャンルでランキング1位を獲得、「笑って泣いた」「心が共鳴した」「最高!」「小説をあまり読まない自分でも引き込まれた」「映像化希望」と早くも大好評、感動の声があがっています。

シェア
Twitter