名脇役としてドラマや映画に欠かせない存在だった佐野さんは、太平洋戦争中から俳優として活動し、戦後に劇団民芸入り。1945年の「後に続くを信ず」で銀幕デビューし、54年からNHKラジオ番組「お話でてこい」で童話の朗読役として親しまれてきた。
昭和を代表するTBS系ホームドラマ「ありがとう」シリーズで気風のよい店主などを演じるなど長年庶民に寄り添ってきた名優は、ついに「水戸黄門」の主役に。初代黄門の東野英治郎さん(享年86)、二代目の西村晃さん(享年74)に続いて93年から2000年まで三代目を務めた。佐野さんは黄門の高笑いが好きではなかったといい、「悪人を諭し、庶民のために涙する黄門さまを演じようとした」と語るなど情にもろい〝泣き虫黄門〟を独自に作り上げた。
私生活では、1998年に前妻の英子さん(享年76)が脳梗塞で死去。子供もおらず、一人で悲しみに暮れる中、知人の紹介で京都・祇園の料亭の女将(おかみ)だった育子さんと出会い、2000年に再婚。記者会見では新妻の写真を手に「この女房が目に入らぬか!」と名ぜりふを決めて話題になった。
公私ともに〝めでたし〟な人生を送った黄門を人々は決して忘れない。
■佐野 浅夫(さの・あさお) 1925年8月13日、横浜市生まれ。日大芸術学部を中退し、43年に劇団苦楽座に入団。新協劇団、民芸の再建に参加した。宇野重吉、滝沢修という名優に鍛えられ、映画「真空地帯」「硫黄島」やドラマ「藍より青く」「肝っ玉かあさん」など代表作は多数。黄門を演じながら全国の老人ホームを回るなど福祉にも取り組み、戦時中に特攻隊員になった経験から平和の大切さを訴えていた。96年勲四等瑞宝章。168センチ。