北朝鮮が切り裂いた家族の絆 映画で知る帰還事業の冷酷無情

「人権に国境も時効もない」と訴える安藤宗光さん。多くの人に関心を持ってもらいたいとの思いで北朝鮮人権問題を考える映画上映会を開いた=11月4日、広島市中区
「人権に国境も時効もない」と訴える安藤宗光さん。多くの人に関心を持ってもらいたいとの思いで北朝鮮人権問題を考える映画上映会を開いた=11月4日、広島市中区

北朝鮮によって自由に生きる権利を奪われた家族を描いた映画「かぞくのくに」の上映会が広島市中区で開かれた。主催したのは拉致問題に長く取り組んでいる「北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会(救う会)広島」会長の安藤宗光さん(69)。「なんとか多くの人に人権問題を考えてほしい」という安藤さんらの強い願いが上映会には込められていた。

国民の怒りの声が必要

安藤さんは「北朝鮮帰国者の命と人権を守る会(守る会)中国地区」の会長も務める。両会の立場で各方面に呼び掛け、「在日本中国広島韓国人連合会」(連合会)が協力して11月4日、同市中区袋町の合人社ウェンディひと・まちプラザにあるマルチメディアスタジオを会場に上映会が実現した。

安藤さんは平成14年に救う会広島を結成して以来、ずっとボランティアで北朝鮮による日本人拉致という解決の糸口が見えない深刻な問題に立ち向かい「やるしかないという思い」で闘ってきた。「全員を取り戻す。日本国民の怒りの声が必要なのだ」と訴え続けるが、身を削るような思いで街頭活動をしても人はそれほど集まらず、声が届いていないのではないかと、もどかしさを感じてもいた。「なんとか人が集まるようにしたい」と考えたのが今回の取り組みだった。

守る会中国地区で活動しているのは、実は安藤さん1人だけ。同会は戦後の昭和34年から59年まで行われた在日朝鮮人の帰還事業で北朝鮮に帰国した日本人配偶者を含む約9万3000人の現状を救おうと、平成6年に作られた。安藤さんも「人権問題に国境も時効もない」と賛同して立ち上がった。

連合会は1980年代以降に来日した韓国人で構成する組織で、韓国大邱(テグ)市出身で広島市在住のソプラノ歌手、車景實(チャギョンシル)さん(45)が会長を務めている。車さんは広島市と大邱市が姉妹都市提携を結んでいたことから、広島市にあるエリザベト音楽大学に院生として留学。そのまま広島市で暮らし、歌手のほか日本語教師や韓国料理の講師などとしても韓国文化を紹介する活動をしている。

安藤さんが協力を呼び掛けたとき、車さんは「守る会は何人ですか」と質問したという。安藤さんは「私1人だけです」。車さんは絶句した。安藤さんは「もう一度よく考えて、仕切り直そうと思った」と打ち明ける。車さんの答えは「やりましょう」だった。

家族の絆、人権、命…

安藤さんとともに映画上映会を実現したソプラノ歌手で在日本中国広島韓国人連合会会長の車景實さん(右)=11月4日、広島市中区
安藤さんとともに映画上映会を実現したソプラノ歌手で在日本中国広島韓国人連合会会長の車景實さん(右)=11月4日、広島市中区

車さんが在日韓国人や北朝鮮に拉致された人、帰還事業の当事者たちの問題に接するようになったのは来日してからだという。特に今回、上映会の準備に携わり「こういうことがあったのだと改めて知った。深く考えるようになった」と話す。「帰還事業で北朝鮮へ行った人たちは自由に生きることのできる日本を知っている。自由に家族に会えないのは辛い。日本から拉致された人たちも同じです」と、拉致被害者やその家族たちに思いを寄せた。

映画会冒頭のあいさつで車さんは「家族の絆、人権、命について考える集会にしましょう」と会場に呼びかけた。続いて美しい歌声を披露。エレクトーン奏者、白石陽子さんと2人で「赤とんぼ」「いのちの歌」「アリラン」など6曲のミニコンサートを繰り広げた。

帰還事業への考え深めて

映画「かぞくのくに」は平成24年、在日コリアン2世のヤン・ヨンヒ監督が実体験をもとに製作した。16歳で北朝鮮へ渡った兄が病気治療のため25年ぶりに極秘で日本に帰って来たという設定。妹をはじめ家族は喜ぶが、兄は打ち解けない。兄は北朝鮮に家族を残しており、監視役がつきまとう。突然、北朝鮮から帰国命令が出て、兄は去ってゆく。兄役を井浦新さん、妹役を安藤さくらさんが演じている。映画では自由のない国に引き裂かれた者の悲しみ、葛藤がリアルに描かれ、観賞した人たちの涙を誘っていた。

「皆さんの関心と支援を」と呼びかける「北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会」理事、山田文明さん=11月4日、広島市中区
「皆さんの関心と支援を」と呼びかける「北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会」理事、山田文明さん=11月4日、広島市中区

救う会広島の安藤さんは「日本と韓国の間に政治的課題は残るが、尹錫悦(ユンソンニョル)大統領になって対日政策の方向が変わった。拉致、帰還事業の問題は日韓に横たわる大きな課題でなんとか解決しなければならない。蟻(あり)の一穴かもしれないが未来志向で互いに事情を理解しながら拉致、帰還事業への考えを深めようという流れになった。大きな心でいろんなことを乗り越えて、手と手をつなぐべきだ」と訴えた。

守る会理事の山田文明さんは上映後、「ヤン・ヨンヒ監督には3人の兄がいて3人とも北朝鮮へ行った。一番下の兄が映画の主人公だ。北朝鮮では自分のため、家族のために生きることが許されない。これはなんなんだと考えなければならない。『地上の楽園』とだまされ、数十年にわたる損害を負ったその責任は北朝鮮にある」と話し、北朝鮮の人権問題追及のため、理解と支援を呼びかけていた。(村上栄一)

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