谷垣禎一氏「ロシアは潜在的に西側怖い」国会議員の観光馬鹿にするな~夜の政論④終

祖父の影佐禎昭の写真を手にする自民党の谷垣禎一元総裁。影佐は旧日本陸軍で中国担当の謀略課長を務めた=東京都内の自宅(酒巻俊介撮影)
祖父の影佐禎昭の写真を手にする自民党の谷垣禎一元総裁。影佐は旧日本陸軍で中国担当の謀略課長を務めた=東京都内の自宅(酒巻俊介撮影)

自民党の谷垣禎一元総裁(78)の自宅を訪ねた。杯をかなり重ねた後、谷垣さんが「母方の祖父だ」といいながら、一枚の写真を手にした。フレームの中で凛々しい軍服に身を包んでいるのは、中国で謀略活動を進めた陸軍中将、影佐禎昭だ。名前の「禎一」は、影佐から一文字を取ったという。

「祖父は硫黄島で自決した栗林忠道中将と陸軍大学校の同期で、当時の陸軍参謀本部第8課(宣伝謀略課)の初代課長を務めたそうです。米国のCIAのような組織ですよ。戦争を始めようとするとき、そんなところがないとできないから」

影佐は、日中戦争初期の戦争指導に携わり、昭和14年には蒋介石と対立していた親日の汪兆銘政権を樹立する際の中心人物となったという。

「どうすれば停戦交渉に持ち込むことができるか、考えながら任務にあたっていたはずだ。そんなとき、当時の近衛文麿首相が突然『今後は蒋介石を相手にせず』と宣言した。祖父は相当困ったはずだ。仮にロシアのプーチン大統領が『今後はウクライナのゼレンスキー大統領を相手にしない』と言ったら、停戦交渉を考えているロシアの人は『じゃあ今後はだれを相手にすればいいのか』と思うはずだ。それだけ戦争を止めるというのは難しい」

「当時できた南京政府で、祖父は軍事顧問。そのときの財政顧問が、後の福田赳夫元首相だったそうです。だから息子の福田康夫元首相は、幼少期に南京に住んでいた。私が衆院選で初当選したとき、何かの舞台で赳夫元首相とご一緒したことがある。『君が谷垣君か。私は君のおじいちゃんを知っておるよ』と声をかけられました」

おじいさんからみれば、今の日本はどう映るだろうか。

「昔も今も、日本は同じような選択を迫られている。例えばね、加藤紘一元幹事長の縁戚に石原莞爾がいた。彼の本は面白い。『日本は英米のような海洋国家と手を結ぶか、それとも大陸の国家と結ぶか。大陸国家と結ぶのならば、シベリアから新疆(しんきょう)までにらんだ政策を考えなければならない』と書いている。今でも全部通用する議論ですよ。(現代の中国の巨大経済圏構想)『一帯一路』のようなものを日本が考え、中国だけでなくシベリアまで日本が関与できるかどうか。そこまで考えなければならないと説いている」

海洋国家か大陸と手を結ぶか。どちらを選ぶべきだと思いますか。

「今の日本はG7(先進7カ国)だけに目を止めてはならないと思う。難しいけどね」

妻の佳子さんが遺した銀のおちょこを傾けながら、谷垣さんは今度はロシアの話を始めた。舞台は2006年、モスクワで行ったG8(主要8カ国)財務相会合だ。

「このときのロシアの張り切りぶりはなかった。モスクワで会合に臨んだとき、私は有名なオペラに招待された。劇場に足を運ぶと、『今日は日本の財務相がお見えだ。皆さん歓迎の拍手をお願いしたい』となるのだ。歓迎の夕食会では、出演したトップバレリーナが来た。最後は大統領のプーチン氏との面会だ」

「つまりそのときは、ロシアもG8で生きていこうとしていたのでしょう。今のように西側と対立することは望んでいなかったはずだ。もちろん、一国の主権を侵害する今のウクライナ侵略を許すわけにはいかないが、西側も冷戦崩壊後、もう少しロシアを抱き込むためのうまいさばき方がなかったのかと思うのです」

谷垣さんは、米国務省のロシア担当者から聞いた話を続ける。

「『ロシアは潜在的に西側が怖いのだ。かつてはナポレオンに、そしてヒトラーにも攻め込まれた。なんとかあそこに耐えられるようになりたい。こういう気持ちが本能的にある』というのですよ。日本も怖がられているかもしれませんね。小さな国と思っていたら、日露戦争であんな結果になって」

こう言った後、谷垣さんがつぶやいた。

「日本の戦後教育は、こういうことを身に染みて感じるような教え方をしていないと思うんですよね。われわれは、過去の歴史を相当目を広げてみなければならない。例えば民族を寄せ集めた国は、なぜ統合を図ろうとしているのか。米国、中国、ロシアも、日本にはわからない苦労がある。だからさ‥」

谷垣さんは、昨今話題になる国会議員の海外視察に話を転じた。

 歴史を深く学ぶ意義を語る自民党の谷垣禎一元総裁=東京都内の自宅(酒巻俊介撮影)
歴史を深く学ぶ意義を語る自民党の谷垣禎一元総裁=東京都内の自宅(酒巻俊介撮影)

「向こうの議員と会って、会議だけしているんじゃわからない。往年の建築物を見て、何のためにこれを作ったのか、一体この国は何を恐れているのか。歴史を深く体感する必要があるんですよ。国会議員であっても、観光を馬鹿にしちゃいけないんだ。外国の要人で日本の首相や外相と会った人はたくさんいるだろうが、伊勢神宮や出雲大社を知らない人が、本当に日本のことが分かるのか、と素朴に思う」

「例えばフランスに行ったらルーブル美術館を見て、焼けたけどノートルダム大聖堂を見て、『フランスの歴史はふくらみがある』と感じてほしい。現地でしっかり観光し、歴史を学び、建築物に触れ、そこの酒を飲めというのが私の考えですよ」

酒をすっかりたいらげた谷垣さん。

「世論もね、そういうものに触れるゆとりまで叱らないでほしいんですよ」

=終わり(聞き手 水内茂幸)

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