小野武彦、黙ってやり通して57年 「シェアの法則」で映画初主演

デビュー57年の昨年、初の主演映画を撮ったベテラン俳優、小野武彦=東京都新宿区(石井健撮影)
デビュー57年の昨年、初の主演映画を撮ったベテラン俳優、小野武彦=東京都新宿区(石井健撮影)

東京で上映が始まり全国でも順次公開される映画「シェアの法則」(久万真路監督)は、東京にあるシェアハウスを舞台に他人を思いやる心を描く人間ドラマだ。

原作は劇団「青年座」の舞台で、その脚本を書いた岩瀬顕子が映画のために脚本を改稿した。

意外なことにベテラン俳優、小野武彦(81)の初主演映画となった。

小野が演じる主人公は、税理士の春山秀夫。自宅は妻(宮崎美子)が改装してシェアハウスになっており、年齢も職業も国籍もバラバラの住人が、互いに協力し合い、衝突しながらも共同生活を営んでいる。人付き合いが苦手な秀夫は自宅に近寄らない。

「シェアハウスをやろうと発想できる人と尻込みしちゃう人がいるでしょう。僕なんか後者ですよ。ただ、人間ってのは不思議なもんで、秀夫のように、嫌だと思っても触れているうちに気持ちが変化するってことは、あり得ると思います」

妻が入院し、秀夫はシェアハウスに関わらざるを得なくなり、住人たちと向き合い、思いやりや寛容を学んでいく。

昨年の撮影時点で芸歴57年。大ベテランの小野だが、「映画は、初めての主演です」という。

「ただ、クレジットは主演なんですけど、群像劇なんで、俺が主役だって肩肘張った感じはまったくないです」

昭和の大スター、石原裕次郎へのあこがれから俳優になった。

「それまでの俳優とは全然違った。14歳の頃から裕次郎さんに夢中でした」

自宅から自転車で10分のところに日活の撮影所があり、裕次郎にひと目会いたいと待ち伏せをしたが、撮影所の中に入ったほうが早道だと考え、エキストラのプロダクションに登録したほどだった。

劇団「俳優座」の養成所を出て劇団「文学座」に入り、女優の長岡輝子が演出したウジェーヌ・イヨネスコの戯曲「犀」に23歳で出演したのがプロの俳優としての最初の一歩。

順調に踏み出した俳優生活だったが、NHK大河ドラマ「勝海舟」(昭和49年)に出た後から、どういうわけか、パタッと仕事がなくなった。

俳優を辞めようとしたとき声をかけてきたのが、「勝海舟」を手掛けた脚本家、倉本聰(88)だった。

倉本は、小野に、萩原健一主演の青春ドラマ「前略おふくろ様」と渡哲也主演の刑事ドラマ「大都会 闘いの日々」のどちらに出たいかと問いかけた。

「大都会」はあこがれの裕次郎が設立した石原プロモーションの作品だったが、小野は「前略おふくろ様」を選んだ。田中絹代が出演するというので、この名女優となんとしても会いたかった。

「裕次郎さんや渡さんとは別の機会に共演できそうだけど、田中さんにはいますぐお会いしたい。そう思ったんですね。実際、田中さんは、それから3年ほどで亡くなってしまった」

「あ、そう」。小野の選択に意外そうな声で答えた倉本から3日後、電話がきた。「ごめん、哲(渡のこと)のほうじゃだめ?」という。

「だめどころじゃないですよね。これで首がつながった。俳優を辞めずに済んだ」

その後も名作ドラマ「北の国から」など倉本からはしばしば声を掛けられ、こんどはこれを見た脚本家の市川森一に呼ばれた。西田敏行(75)主演の人間ドラマ「港町純情シネマ」(55年)や、同じ西田の「淋しいのはお前だけじゃない」(57年)だ。

さらに、これらを見た脚本家の三谷幸喜(62)にドラマ「王様のレストラン」(平成7年)で起用された。

そして若者に支持された刑事ドラマ「踊る大捜査線」(9年)シリーズがめぐってくる。北村総一朗(88)、斉藤暁(70)と3人で見せたコミカルな「スリーアミーゴス」が話題になって、小野は、さらに広く知られた。

「倉本さんに拾っていただき、そこからの流れは、ゾッとするぐらいの奇跡。ただ運がよかったんだと思います」

振り返って小野には、折に触れて思い出すせりふがあるという。脚本家の山田太一(89)が書いた青春ドラマ「ふぞろいの林檎たちⅡ」(昭和60年)出演時のもので、こんな言葉だ。

「世の中、やりがいがぎっしりつまった仕事なんて、100万に一つよ。だからといって次々辞めてりゃあ、一生辞めて歩かなきゃならねえ。意味のねえ苦労でも、やりがいのねえ仕事でも、黙って立派にやり通す人間になるんだ」

黙ってやり通して、デビュー57年の映画初主演だ。(石井健)

貫地谷しほり、浅香航大、鷲尾真知子らが共演。1時間47分。

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