いらっしゃい!何にしましょうか-。
夏の盛りを過ぎても真夏日が続く9月初旬、市民に愛される〝台所〟には威勢の良い声が響いていた。
かつて軍港の町として栄えた長崎県佐世保市に、先の大戦で掘られた防空壕(ごう)をそのまま店舗として利用する商店街「とんねる横丁」がある。岩山に掘られた8本の防空壕などに鮮魚店や居酒屋などが並ぶ。戦後、路上で営業していた露店が市の要請で壕に移ったのが商店街の始まりで、店舗の数に合わせて新たに穴が掘られた。
店に入れてもらうと、湿気はこもるが、外に比べひんやりと涼しい。冬は暖かく、防空壕の中は意外にも快適だという。約60年前から、かまぼこ店を営む寺田千枝子さん(86)は「初めて来たとき『こんなところでお店をやるんだ』とびっくりしました。路上は品物であふれ、どこもにぎやかでしたよ」と、当時を懐かしむ。
終戦間近の昭和20年6月、佐世保は大規模な空襲を受け、市史によると市街地の3割強が焼失した。多くの死者が出たが、防空壕に避難して助かった人もいたという。とんねる横丁の上に建つ旧戸尾小学校に通った田口勝利さん(90)は、警報が鳴る度に親にせかされ、防空壕に潜った。「中は広く、大人が立って歩けるくらいの高さがあった。避難している間『早く警報がやまないかな』と思っていました」と話す。
戦後78年がたち、当時のことを知る人も少なくなった。「昔のことを取材するなら今がもう最後のチャンスかもしれんね」とつぶやく住民もいた。
焼け跡からの復興を見つめてきた「戦争遺産」でもある横丁で、市井の人々の営みは続いている。 (写真報道局 川口良介)