大阪特派員

「危機」か 「魅力に満ちた時期」か 木村さやか

香川県土庄町の豊島
香川県土庄町の豊島

河合隼雄は『中年危機』のあとがきで「中年とは魅力に満ちた時期である」と書いた。かつての中年は「働き盛り」「熟年」と称された社会のマジョリティーだったが、人生100年時代は違う。心身には更年期によるさまざまな不調が出始め、仕事では出世の「限界」が見え始め、家庭でも子供の自立や親の介護…と、新たな課題が降りかかる。一体どこが魅力に満ちているんだ、と言いたくもなる。

ただ河合は、「それは強烈な二律背反によって支えられているように思う」と続け、こう指摘する。「これほど安定して見えながら、内面に一触即発の危機をかかえているように感じられる時期はないだろう」。そんな「危機」にこそ意義があるのかもしれないと思ったのは、香川県の豊島で今月上旬に行われた2泊3日の「人生のリ・デザインの旅」に参加してしばらくたってから。自分の「転機」の渦の中での気づきだった。

平成22年に始まった瀬戸内国際芸術祭を機に「アートの島」として国際的な認知度が高まった豊島は、人口約760人、信号やスーパー、コンビニはない小さな島だ。そんな島への旅は、日常から離れた場所で心身をリセットさせるというはやりの「リトリート」っぽかったが、メインは法政大キャリアデザイン学部の廣川進教授(64)によるワークショップだった。

主催したのは、更年期世代の課題を考える一般社団法人「オトナ思春期をデザインするプロジェクト」(東京都)。参加したのは40代前半の働き盛りから、完全退職してボランティアを始めたという65歳まで、経歴もさまざまな男女14人。ワークショップではまず、現在と何年か後の自分について、仕事、地域・コミュニティー、家族や友人、学び、遊び、生きがい…といった項目別に所定のシートに書き込んで発表し、意見や感想を言い合った。

初対面の人と出会って数分後に、仕事や家庭のまあまあシビアな内容を赤裸々に語り合うのは不思議な感覚だったが、リトリートのなせる技かもしれない。40代の女性は「利害関係がないと、人はここまで正直な意見を言ってくれるのか、と新鮮だった」と話したが、同感だった。

廣川さんは「会社ではやるべき『ミッション』に『できる』と答えてきた人が出世するが、これをやりすぎると自分がやりたいことがしぼんでしまい、分からなくなる」と指摘する。河合は、年収や肩書といった「一般的尺度に還元しうるのみの『私』」がその尺度上は成功しても、「これが私だ」と感じた独自性がなければ「人生を安心して終えること」はできないとし、こうした「私」の定位が「老いや死を迎える前の中年の仕事」だと書いたが、廣川さんは「キャリアの中に『ライフ』の観点を入れ、自分の人生を自分で作り上げていかなければならない」と話す。

廣川さんには、阪神淡路大震災が起きた平成7年が転換期だったという。雑誌編集者として働いていたが、「雑誌を作っている場合か」と自問自答が始まり、8月には母をがんで失った。大学院に入って臨床心理学を学び、退職してカウンセラーの道を歩み始めたときは「暗中模索で大変だったが、それが人生の宝物になった。その3年間の経験で今がある」と振り返る。

語り合い、島のアートに触れ、思い思いの時間を過ごしたゆるやかな3日間。最終日、各参加者の気づきはとても興味深かった。「ずっと最新技術を追究してきた」というIT技術者の男性は、「走ればいい仕事ができるわけでもない。走らなくてもいいんだ、と気付いた。大学院で学びたい」。観光マーケターの女性は「舗装された道を行きたいと思っていたけれど、ぼこぼこな道でもいいんだな、と思った。人生とは何回もリ・デザインしていくものなのかな」と語った。

旅の後、同居する親が介護が必要な状態となり、心身ともに大きく揺さぶられた。まだ渦の中にもまれているが、豊島での時間を振り返ると、「頑張らないと」ではなく、シンプルにこう思うのだ。さまざまな経験ができる今こそ、今後の人生の糧となる「魅力に満ちた時期」なのかもしれない、と。(きむら さやか)

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