コメディアン目指すきっかけは先生の一言 萩本欽一さんインタビュー㊤

欽ちゃん走りのポーズをするタレントの萩本欽一さん=昨年11月、東京都世田谷区(鴨志田拓海撮影)
欽ちゃん走りのポーズをするタレントの萩本欽一さん=昨年11月、東京都世田谷区(鴨志田拓海撮影)

昭和の頃、コント55号で一世を風靡(ふうび)し、個人としても「視聴率100%男」と呼ばれ、お茶の間の人々をテレビにくぎ付けにした萩本欽一さん(81)。令和3年7月にはユーチューブチャンネル「欽ちゃん80歳の挑戦!」を開設するなど、今もお笑いへの探求心は、尽きることがない。だが、テレビなどでのイメージと違い、幼少期は極度のあがり症で引っ込み思案だったという萩本さん。コメディアンを目指すきっかけになったのは中学時代の担任の一言だった。

教室中が大爆笑

萩本さんは東京都台東区で生まれた。疎開のため、埼玉県の浦和(現・さいたま市)へ転居するが、終戦後は再び台東区へ戻り、御徒町中学校へ進学した。担任は体育教師の杉田静枝先生。「背筋の伸びたスラッとした先生だった」という。

中学生は今も昔もいたずら盛り。クラスでは、黒板に先生のあだ名を書くいたずらがはやっていた。普段は落書きをするクラスメートたちを眺めているだけだったが、ある日、いたずらっ子に唆されて初めて落書きを書いた。クラスメートの「先生来たぞ!」の声で慌てて席に着くと、自分が書いた落書きだけが残っていた。「やり慣れてないから僕だけ消せなかったの」

教室に入ってきた杉田先生は落書きを見て「誰? これ書いたのは」と呼び掛けた。知らんぷりをしていると、杉田先生の口調はだんだんと厳しくなり、とうとう「誰!」と怒鳴った。思わず飛び上がるように立ち上がると、「萩本君ね、男の子ってこのくらいの勇気がなきゃだめよ」と言って、そっと落書きを消した。

おとなしく、これまでは授業中にも手も挙げたことのなかった萩本さんは、この一言に勇気をもらった。「あんまりにもうれしくて、先生が何か質問したら手を挙げようって決めたの」

翌日のホームルーム。早速その機会がやってきた。

「はい、これ分かる人?」と杉田先生が問いかけると、「はい!」と勢いよく手を挙げた。「じゃあ、萩本君」と杉田先生は萩本さんを指名。だが、先生へ恩返しをしたいとの一心で挙手していただけで、答えはわからない。とっさに「わかりません!」と答えた。すると次の瞬間、教室中が笑いに包まれた。「ドカーンとウケた。それがコメディアンになるきっかけですね」

「大きな家を建てる」

この出来事で萩本さんは笑いをとる楽しさを知った。「最初は面白いと思ってやっていたわけではないけど、『お前は面白いやつだな』って言われて悪い気はしなかった」

こうして笑いに目覚めた中学時代には、コメディアンの道へ進むことを決定づける出来事もあった。

萩本さんの父、団治さんはカメラ店からカメラの製造などにも進出。幼いころはお手伝いさんがいるなど、裕福な暮らしだった。だが、次第に事業は傾き、借金を抱えるようになった。萩本さんが中学3年のころには、家にも借金取りがやってきた。

ある日、萩本さんが学校から帰ると、玄関先で母、トミさんが「ごめんなさい、ごめんなさい」と言って借金取りに頭を下げていた。衝撃的な光景を目にしてしまった萩本さんは「涙が止まらないぐらい悔しくて、お金をいっぱい稼いでお母さんに大きな家を建てるぞ」と決意した。

クビを救ってくれた先輩

浅草修業時代の萩本欽一さん(佐藤企画提供)
浅草修業時代の萩本欽一さん(佐藤企画提供)

当時、喜劇映画で活躍していた森繁久彌さんの豪邸を目の当たりにしたことも決め手となり、高校卒業後、「浅草東洋劇場」でコメディアンとしての修行を始めた。

だが、順風満帆には進まなかった。せりふをうまく言えず、踊りも踊れないまま3カ月が過ぎたある日、演出家の緑川士朗さんから、「早いやつは1週間、遅くて1カ月でコメディアンの雰囲気が出てくる。お前は3カ月たっても何もない。今辞めた方がいい」と告げられた。

しょんぼりと落ち込む萩本さんに、声をかけたのは座長格の俳優、池信一さんだった。萩本さんが納得していないのを知ると、「あいつの返事は元気がよくて気持ちがいい。あの『はい~!』って返事だけで置いといてもらえないか」と緑川さんに掛け合い、残れるようにしてくれた。

直後、緑川さんは萩本さんにこう声をかけた。

「お前みたいな下手くそに一人でも応援してくれる人がいるのは、大したもんだ。ひょっとしたら何かになるかもしれない。二度と辞めるんでないぞ」

その後、坂上二郎さんとコント55号を結成し、瞬く間に人気者の階段を駆け上がっていった萩本さん。やがて舞い込んだのは長野オリンピック閉会式の司会という大仕事だった。(長橋和之)

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