心停止から復帰の司令塔、エリクセンが高めるAEDへの関心

デンマーク代表として出場しているクリスティアン・エリクセン=974競技場(蔵賢斗撮影)
デンマーク代表として出場しているクリスティアン・エリクセン=974競技場(蔵賢斗撮影)

【ドーハ=小松大騎】突然の心停止というアクシデントを乗り越え、ピッチ上で勇躍する司令塔がいる。サッカー・ワールドカップ(W杯)カタール大会にデンマーク代表として出場しているクリスティアン・エリクセン(30)。昨年6月の試合中に倒れ、一時生死の境をさまよった。その命を救ったとされるのが医療スタッフによる迅速なAED(自動体外式除細動器)処置だ。挑戦を続ける背番号10のプレーは、世界中の人々に勇気を届けている。

「この場にいられて、とても幸せだよ」

1次リーグの2試合で軽快なプレーを見せたエリクセン。試合後に笑みをたたえてそう語った。

現地でプレーを見届けたデンマーク出身のエンジニア、ムハンマド・アルムズさん(26)は「エリクセンはチームのエンジンで欠かせない存在。彼のカムバックはサポーターとしても本当にうれしい」と感慨深げだった。

悲劇に襲われたのは昨年6月の欧州選手権。前半40分過ぎ、ボールを受けようとした際、ピッチに突っ伏すように崩れ落ちた。異変に気付いた選手が気道を確保し、駆け付けた医療スタッフが心臓マッサージやAEDによる処置を施した。その間、エリクセンをカメラから守るようにチームメートが周囲に立ち、涙ながらに無事を祈った。

一命を取り留めたエリクセンは、不整脈を感知すると自動的に電気ショックを送る植え込み型除細動器(ICD)を体内に埋め込む処置を受けた。当時所属していたイタリア1部リーグは選手のICD使用を認めておらず、チームを退団した上で英国のクラブと契約。今年2月に試合に復帰した。

そんなエリクセンの復活劇が意味するものは、想像力豊かなプレーヤーがピッチに戻ったというサッカーの次元にとどまらない。

「エリクセン選手の活躍をきっかけにAEDがより世界中に普及し、助かる命が少しでも増えれば」。そんな期待を寄せるのは医師で日本AED財団の本間洋輔実行委員(39)だ。

同財団などによると、スポーツの現場では心臓突然死のリスクが安静時の17倍も高まるとされる。その原因の多くが心臓の動きが乱れる「心室細動」という。

AEDは心臓に電気ショックを与え、心室細動を収める目的で使われる。心停止から3分以内に処置を施せば7割は救命できるとされ、欧米諸国では国が主導してAEDの普及を進めている。

日本でも平成23年、サッカー元日本代表の松田直樹さんが練習中に倒れ、34歳の若さで急性心筋梗塞で死亡。この悲劇を機にAEDの国内普及が促進された。現在は公共施設やスポーツの現場などに推計65万台が置かれており、設置数は国別ではトップ級という。

機器の整備が充実した一方、厳しい現状もある。本間氏によると、突如倒れて心停止になった人に対して実際にAEDが使われたケースはわずか20人に1人。その主要因として近くにAEDがあっても使い方を知らなかったり、設置場所を把握していなかったりしたことが挙げられる。

本間氏は、まずはAEDの有用性を知ってもらうことが大事だとした上で「選手だけでなく、観客席やパブリックビューイングの会場でも誰かが倒れるかもしれない。エリクセン選手のプレーを機にAEDのことも学んでほしい」と話す。

デンマーク代表は日本時間の1日午前0時、1次リーグ第3戦のオーストラリア戦に臨む。



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