石橋凌、5年ぶり新作アルバム「50年で一番の出来」

「自分の音楽史上最高の出来」と新作を語る石橋凌=東京都渋谷区(石井健撮影)
「自分の音楽史上最高の出来」と新作を語る石橋凌=東京都渋谷区(石井健撮影)

歌手で俳優の石橋凌(66)が、5年ぶりの新作アルバム「オーライラ」を発売した。「学生時代からロックを始めて50年。集大成のような作品になりました」。出来栄えに自信を見せる。

収録曲は10曲。すべて、新型コロナウイルス禍の自粛期間中に書き上げた。

「創作の時間はたっぷりあった」。そこで、普段とは違う作り方を試みた。行きつけの喫茶店でノートを広げ、歌詞と旋律が同時に〝降ってくる〟のを、待ち続けたのだ。

これまでにも歌詞と旋律が瞬時にひらめき、出来上がった歌が、まれにあった。それらの歌は、言葉と旋律とリズムが有機的に結びつき、完成度が高く、広く、長く愛されているという。

石橋凌のアルバム「オーライラ」のジャケット写真
石橋凌のアルバム「オーライラ」のジャケット写真

自粛期間を逆手に、時間をかけて、天命的な〝ひらめき〟を呼び寄せてやろうということだったが、なんと、これが成功した。

「あるときついに、歌詞と旋律が同時に降りてきたんですよ。別のあるときは、あきらめて喫茶店を出て歩いているとゲリラ豪雨のように降ってきた。喫茶店に引き返して『コーヒーお代わり!』。歌詞をノートに書き留め、旋律は頭の中に刻み込みました」

当初、このやり方で8曲作ることを目指した。アルバムには10曲入れたいが、あと2曲は昔のレパートリーをリメークすればいい。だが、10曲できてしまった。

「あの期間だからこそ、なにか特別に自分の中にたまっていた言葉や思いがあったのでしょう」

俳優だ。北野武監督の「キッズ・リターン」(平成8年)、最近では「マスカレード・ナイト」(令和3年)や4月ドラマ「やんごとなき一族」(フジテレビ系)など多数の映画、ドラマで活躍している。

だが、世に出たのは伝説的なロックバンド、ARBのボーカリストとしてだった。昭和53年のことだ。

福岡県久留米市の出身。「映画と音楽が、〝学校〟でした」という少年時代。各家庭にテレビが普及する前だ。石橋少年は、近所の映画館に足しげく通い、ジョン・レノンやボブ・ディランのレコードを歌詞カードと首っ引きで聴きまくった。

「自分の音楽史上最高の出来」と新作を語る石橋凌=東京都渋谷区(石井健撮影)
「自分の音楽史上最高の出来」と新作を語る石橋凌=東京都渋谷区(石井健撮影)

「彼らのアルバムには、ラブソングもあれば、仕事についての歌もある。社会の理不尽や戦争についての歌までが同居していた。それが普通だと思って育った。自分もそういう歌を作りたかった」

だが、そんなARBは、「社会派バンド」「メッセージバンド」と紹介された。

「サザンオールスターズが同期で、レコード会社も一緒なんですが、どうして俺たちはサザンみたいに売れないんだと思うわけです。行き詰まって、もう田舎に帰ろうと決めた」

そんなとき、生前の俳優、松田優作に出会った。悩みを打ち明けた。「理由は自分でもわからないけど、直感的にこの人だと思ったんだね」

腕組みをして話を聞いた松田は、石橋に「やってきたことは間違っていない。ただ、俺たちは穴を掘って種をまき続けるしかない。まじめに続けていれば、誰かが見ていてくれる」と教えてくれた。

その後、松田が監督した映画「ア・ホーマンス」(昭和61年)に起用されるなど松田との交流は続いたが、平成元年、松田は40歳の若さで亡くなってしまう。このとき石橋は、音楽を封印。松田から教わったことを自分が継承しようと俳優に転じた。

それから7年かかったが、松田同様、全米映画俳優組合に加盟し、ハリウッドでの活動も視野に入った。そこで、音楽の封印も解き、俳優とミュージシャンの2足のわらじをはくようになる。

いや、「2足のわらじという言い方は、どっちも合間にやっているみたいで好きじゃない」と首を振る。

「人生にとって何が大事かを黒澤明の映画とビートルズの音楽から学んだ。だから、映画と音楽はどちらも同じように大事」

俳優としては、映像作品にこだわる。「舞台に立つなら俳優じゃなくミュージシャンとして立つ。演劇もミュージカルも食指が動かない」というから面白い。

そんなこだわりのある石橋にとって、今回は「may Burn!」(平成29年)以来、5年ぶりの新作。初作「表現者」(23年)から数えて3作目のソロアルバムだ。

表題の「オーライラ」は造語。4曲めの収録曲の題名をもってきたが、「オーライ」から派生した言葉だろう。歌詞には、「将来」や「無頼」に引っ掛けた造語も出てくる。

「これを書いたときは65歳だったから、65歳の男の所信表明。これからもこういうふうに生きていきますという決意表明ですね」

コロナ禍に負けるなという思いを込めた歌もあれば、一昨年、102歳で大往生した母親を歌い、次女で女優の石橋静河(しずか=28)に歌いかける、家族がテーマの歌もある。内容は多彩だ。

サウンドはシンプルなロックンロールが基本。サックス奏者の梅津和時らが変幻自在の編曲を施している。そして、石橋が俳優ならではの豊かな表現力で歌い上げ、独自で、愉快で、万華鏡のような音楽世界が展開する。

「高校生でロックバンドを始めて半世紀。自分の音楽史の中で、一番のでき」と自信を見せる。

こわもてだが、熱心に、たくさんの言葉で語る。優しく笑った目でこう言う。「これからも決して手を抜かず、俳優と音楽の本質を見極めていきたいですね」。生前の松田に教わったことを貫き通す。(石井健)

今月4日から「KEEP IN TOUCH」と題した全国ツアーを開始。今月18日=大阪・なんばHATCH、11月6日=東京・日本橋三井ホールなど。

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