真夏の涼

水の冷気と吹き渡る風 京都・貴船の川床

貴船の川床。間近に水の流れや音を感じることができる=京都市左京区
貴船の川床。間近に水の流れや音を感じることができる=京都市左京区

三方を山に囲まれた京都。盆地特有のまとわりつくような暑さで知られる古都の夏の風物詩といえば川床だろう。この時期、京都市中心部を流れる鴨川をはじめ、郊外にある貴船川や高雄の清滝川では床が立てられ、涼を求める人たちでにぎわう。猛暑日が続いた7月下旬、ひとときの涼を求めて、市北部に足を延ばした。

「京の奥座敷」として名高い貴船(きぶね)(京都市左京区)。街の喧噪(けんそう)から離れた洛北の山峡であり、清らかな渓流沿いに十数軒ほどの料亭の川床が並ぶ。

この日、市中心部の最高気温は36・8度を記録したが、真下を冷水が流れる貴船の川床は約10度低く、天然のクーラーのような涼しさだ。

「大正時代に川の中に5~6尺の畳くらいの床几(しょうぎ)を置いて川に足をつけて涼んだのが始まりです」。江戸・天保年間に創業し、貴船で最初に川床を始めた「貴船ふじや」の藤谷宏徳(ひろのり)社長(63)は説明する。最初はお茶を飲む程度だったが、戦後に現在のような風情になったという。

鴨川では「床(ゆか)」と呼ばれるが、貴船での呼び方は「川床(かわどこ)」。川岸に高床式を構える鴨川とは異なり、貴船の川床は水面が近く、店によっては座敷から足をつけることができる。

貴船荘の川床料理 =京都市左京区
貴船荘の川床料理 =京都市左京区

貴船(きふね)神社近くの「貴船荘」は、以前は約100人が利用できる座敷だったが、昨年、椅子席に変更。通常のテーブルよりも7センチ低くして、少しでも水面に近づけ涼感を損なわないように工夫したという。

そばには野性味たっぷりの自然の大きな岩を配した滝があり、川の音や水しぶきとともに涼味を堪能できる。川幅が広く段差があるため、水の冷気と吹き渡る風が心地よい。女将(おかみ)の桐山しのぶさん(52)は「料理だけでなく、水量によって変わる川の表情も楽しんでほしい」と話す。

小学校の同級生4人で初めて訪れた京都府宇治市の田中勉さん(82)は「滝がこんなに近くにあるとは想像できなかった。いい思い出になる」とうれしそうに話した。

料理を味わいつつ、五感で涼を取る。自然を生かし、風情あふれる避暑が堪能できる。

貴船の川床は、一部を除き9月末まで行われる。

霊験あらたか貴船神社

貴船といえば、古くから都の水源地であり、水をつかさどる神社として信仰を集めてきた貴船神社が有名だ。清らかな水が濁らないようにとの願いが込められ、神社は「きふね」と読むという。

貴船神社には通常のおみくじとは趣が異なる「水占(みずうら)みくじ」があり、白紙を神水に浸すと「小吉」や運勢などの文字が浮かび上がる。女性を中心によく当たると評判だという。

貴船神社へと続く参道=京都市左京区
貴船神社へと続く参道=京都市左京区

さらに今年は、JR東海のキャンペーンの一環で表参道の石段沿いなど境内に涼しげな風鈴や風車がお目見えし彩りを添えている。

また、神社は、夫に捨てられ「丑(うし)の刻参り」をして恨みを晴らそうとした女が、陰陽師(おんみょうじ)の安倍晴明に祈り伏せられるという能の演目「鉄輪(かなわ)」の舞台としても有名だ。神社発祥ではなく、民間で創作されて江戸時代以降にさかんに上演されたことで広まったという。

神社担当者は「もともと丑の刻にお参りするとより強い神威に触れて願い事がかなうとの信仰がある」と説明。その信仰が「呪い」に転じたともみられるが、霊験あらたかな境内はさまざまな涼を感じさせてくれる。(田中幸美、写真も)

記録的な猛暑が続く今夏。記者たちが取材した西日本のさまざまな〝涼〟を8回にわたって紹介します。

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