□『そしていま、一人になった』(集英社・1700円+税)
父のエイスケは詩人で作家、母のあぐりは美容師の草分けでその半生が平成9年放送のNHK連続テレビ小説「あぐり」でドラマ化され、兄の淳之介と妹の理恵はともに芥川賞作家-。こんな華やかな家族を持った吉行和子さんは83歳の今も女優として存在感を放つが、27年に母が107歳で亡くなり、とうとう「一人」になった。
母の一周忌を終えた頃、編集者からの打診で家族の記憶を紡ぎ始めたが、出版まで3年の歳月が流れた。
「今まで家族がバラバラだったから、この本の中で一家が団欒(だんらん)できたらいいな、と思いましたが、家族が一緒になって流れていくというイメージが全然書けなくて…。結局、一人一人に単独インタビューをするような形で書きました」
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幼い頃に亡くなった父、最後までプレーボーイだった兄、猫をこよなく愛した妹、猛烈に働き3人の子供を育てた母…。陰影に富む家族の歴史が繊細な記憶とともにつづられる。
中でも際立つのが、母との思い出だ。幼い頃からぜんそく持ちだった吉行さんの苦しさを少しでも和らげようと手を尽くす母のエピソードは強烈だ。「ぜんそくに効く」と言われればどんな治療法でも試した母。「いまどきあんなことをする人はいないでしょうね」と半分あきれるのがからしの湿布だ。
「からしの粉を練って塗った布を体中に貼るんですよ。しかも3時間おきに。貼るときもそうですが、はがすときも痛い」。体を海水で洗って痛みにもだえる因幡の白ウサギと自身を重ね合わせていたという。
一方で、母の愛も感じていた。「ものすごく忙しいのに、湿布を貼りかえる時刻になると仕事場から走ってきて、また行ってしまう。やるべきことは必ずやるのが母のすごいところ」