産経抄

世界に衝撃を与えた血まみれの少年 8月22日

骨と皮だけになった少女が、うずくまっている。背後にたたずむハゲワシは、まるで少女の死を待っているかのようだ。内戦の続くスーダン南部で撮影された、「ハゲワシと少女」の写真をご記憶だろうか。

▼撮影した南アフリカのカメラマン、ケビン・カーターは、1994年度のピュリツァー賞を受賞した。ところが、カーターに寄せられたのは、称賛より非難の声だった。「なぜ、少女を助けなかったのか」と。受賞の3カ月後、カーターは自殺してしまう。

▼「人命か報道か」。今も議論は続いている。ただこの写真をきっかけに、多くの人が、アフリカの飢餓の問題に目を向けるようになったのは、まぎれもない事実である。

▼シリア北部の町、アレッポから届いたオムラン・ダクニシュ君(5)の写真も、世界に衝撃を与えている。アサド政権側によるとみられる空爆を受け、自宅アパートから助け出された直後をとらえたものだ。ほこりと血にまみれて、呆然としたまま救急車内で前を見つめている。

▼世界の主要メディアは、「シリア内戦の象徴」としてこぞって大きく取り上げた。幸いダクニシュ君の命に別条はない。「ぼくの写真が国際世論を盛り上げ、休戦への圧力になった」。大人になったダクニシュ君が過去を振り返り、誇らしげに語る姿をぜひ見たいものだ。

▼冒頭の少女がその後どうなったのか、不明である。約200万人の死者を出した内戦の末、南スーダンは2011年に、独立を果たした。リオ五輪にも初めて、選手団を派遣している。もっとも、新しい国になっても、民族対立は解消されていない。再び内戦に突入する恐れも出てきた。戦いにはやる人たちに、「ハゲワシと少女」の写真を突きつけてやりたい。

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