日本の議論

LGBTに厳しい塀の向こう側 個々の事情に対応進まぬ拘置所・刑務所

同性愛書籍は? ホルモン剤投与は?

多様な性の在り方への社会的理解が進む中、拘置所や刑務所といった刑事施設での性的少数者への対応の是非が議論を呼んでいる。東京拘置所が男性拘置者に同性愛が描写された書籍の閲覧を禁止した措置について弁護士会が「人権侵害だ」と警告したほか、男性から性別変更した女性拘置者に同拘置所が女性ホルモン剤の投与を認めない決定をしていたことも判明。刑事施設を所管する法務省も改善に向けた動きを進めているが、識者は「対応が遅れている。専門家の意見をより取り入れるべきだ」と指摘している。

東京弁護士会は平成27年10月、昏酔強盗罪で服役中の男性受刑者(45)が東京拘置所での未決拘置中、同性愛が描かれた書籍の購入を申請し、同拘置所が許可しなかったのは憲法が保障する図書閲覧の自由に反する人権侵害だとして、再発防止を同拘置所に申し立てた。

同会によると、男性は22年5月~10月、男性同士の性行為や恋愛などが描かれた書籍など22冊の購入を申請。しかし東京拘置所は「規律や秩序が乱れる恐れがある」として却下した。同拘置所は、男性がこうした書籍を入手すると、(それを読んだ)同性愛者でない他の拘置者も性欲が刺激され、(1)他の拘置者への発作的なわいせつ行為や性的暴行に及ぶ恐れがある(2)同性愛を嫌う他の拘置者とけんかが起きる可能性がある-などと説明した。

法務省によると、刑事施設では成人向け書籍も閲覧可能だが、どこまで閲覧可能にするかは描写の過激さや収容者の資質などを考慮し、各施設が個別に判断しているという。

この問題の調査を担当した神谷延治弁護士は「男性は性犯罪により収容されていたのではない上、他の収容者と離されて単独処遇を受けていた。拘置所のいう『恐れ』は抽象的な可能性に過ぎず、図書閲覧の自由を制限できるほど蓋然性の高い現実的な危険性とは言い難い」と指摘した。

一方、交際男性を殺害したとして殺人罪に問われた東京・銀座の元ホステス、菊池あずは受刑者(29)=27年12月に東京地裁で懲役16年確定=の公判でも、拘置所での処遇が問題化された。菊池受刑者は男性として生まれたが、性同一性障害と診断され、性別適合手術をして女性となっていた。

弁護人によると、菊池受刑者は起訴後、収容された東京拘置所に女性ホルモン剤の投与を希望したが、同拘置所は「病気治療薬ではないため認められない」と却下。弁護側は「人権上な観点から、速やかな投与が必要だ」と主張したほか、証人として出廷した医師も同様の証言をした。

性同一性障害を研究する「GID学会」の理事長で医師、中塚幹也・岡山大学大学院教授=生殖医学=は「性別適合手術を受けた後はホルモン投与が不可欠。投与がないと、抑鬱症状や体調不良、血圧上昇など身心に変調が生じる」と指摘。その上で、「刑事施設にも医師はいるが、性同一性障害への対応について詳しい知識を持っているとはかぎらない。対処に悩んだ場合は外部の専門家に問い合わせ、意見を取り入れるなど柔軟な対応をしていくべきだ」と話している。

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法務省も取り組みを始めている。性同一性障害で男性から女性への性別適合手術を受けた収容者に対し、戸籍上の性別変更をする前でも入浴や身体検査は女性職員が対応するよう全国の拘置所や刑務所に通知を出したことが27年10月に判明。「戸籍上は男性」との理由で女子刑務所に入れなかった受刑者について兵庫県弁護士会が法務省に改善を申し入れていたことなどを受けた措置だが、今後は女性から男性への性別適合手術を受けた収容者に対しても同様の措置がとられるとみられる。

ただ、同省によると、全国の刑務所や拘置所で性同一性障害と診断されたり、その傾向があると認められたりしたのは27年6月時点で約50人に過ぎず、同省担当者も「対処ノウハウが蓄積されているとは言い難い。原則的には個別の事情に応じて判断している」という。

さらに性別適合手術を受けて戸籍の性別を変更しても、周囲の一部から「元男性(元女性)」として嫌悪されたり避けられたりする事例も一般社会で起きており、刑事施設でも同様のことが起こりうる。

中塚教授は「社会の問題として、性的マイノリティーの人々に対してどのような処遇が必要で望ましいのか、議論をより進める必要がある」としている。(小野田雄一)

LGBT

性的少数者を総称する言葉。レズビアン(女性の同性愛者)、ゲイ(男性の同性愛者)、バイセクシュアル(両性愛者)、トランスジェンダー(生まれついた性別に違和感を持つ人)のそれぞれの頭文字を取った総称。トランスジェンダーは、生まれついた性別とは反対の性別になりたいと願う人や、自らを特定の性別に当てはめない人など、多様な分類を含む。東京都の渋谷区と世田谷区は条例や要綱を整備、同性カップルを男女間の結婚に相当する関係として認める証明書の発行を始めるなど、LGBTへの認知度が高まっている。

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