フィギュアスケート全日本選手権の男子フリーで演技する羽生結弦選手=2021年12月
フィギュアスケート全日本選手権の男子フリーで演技する羽生結弦選手=2021年12月

 いよいよ今日、北京冬季五輪が幕を開ける。冬季五輪の華で注目競技のフィギュアスケート男女シングルスについて、採点方法とスピンの種類を解説した前編に続き、後編では全6種類あるジャンプの解説をし、フィギュアスケート観戦を楽しむポイントを紹介する。(Sデジ編集部・宍道香穂)

【写真特集】北京五輪で輝いた羽生結弦選手 フィギュアスケート男子  

 (前編)フィギュアスケートの観戦、より深く楽しむには? 技の種類や採点方法を解説<上>

 

▷ジャンプの違い、見極めるポイントは「跳ぶ直前の足の位置」
 演技に組み込むことができるジャンプの回数は、ショートプログラムが3回、フリープログラムが7回。うち、複数のジャンプを連続で跳ぶ「コンビネーションジャンプ」はショートプログラムでは1回、フリースケーティングでは3回まで行うことができる。

 ジャンプは全6種類。跳ぶ直前の姿勢や左右どちらの足で踏み込むかで種類が異なる。着地はいずれも右足で、進行方向に対して後ろ向きに着氷する。

 試合を見ていると、同じジャンプでも選手それぞれの特徴があることが分かる。オリンピック3連覇がかかる羽生結弦選手はジャンプに高さがあるのが特徴。同じ回転数でも、高く跳び上がる方がゆったりと回転することができ、一連の動作が滑らかに見える。滞空時間が長いため空中で十分に回転することができ、回転不足で着地して減点されるリスクが減るのも強みだ。

ジャンプを跳ぶ宇野昌磨選手

 同じく日本代表・宇野昌磨選手のジャンプは、回転速度が速いのが強み。滞空時間が同じでも、回転速度が速いとより多く回転できる。跳び上がった後に腕や足をきゅっと締めて、ぶれずに安定した軸を保ちながら回転している。
 強い遠心力に負けない筋力があるのだと感じる。3回転、4回転と回転数が増え難易度が高くなるにつれて、回転速度を速くすることやジャンプに高さを出すことが成功の鍵になる。

 競技経験のある記者の感想を交えながら、全6種類のジャンプを、基礎点が低い順に紹介する。

① トウループ
 進行方向に対して後ろ向きに右足で滑り、左足の「トウ」(つま先)をついて跳ぶ。ジャンプの直前で右足から左足へと重心を入れ替え、再び右足で着地するため、回転軸がぶれないよう体のバランスを保つことがポイント。回転軸がぶれた状態で着地すると、思わぬ方向に転倒して、ひざや腰の骨を打ってしまい、とても痛い。トウループは個人的に「転ぶと痛いジャンプ」ナンバーワンだ。

トウループを跳ぶ前の姿勢

② サルコウ
 進行方向に対して後ろ向きに、左足で踏み込む。左足の跳躍力と右足を振り上げる力で、ジャンプの高さを出す。記者が初めて跳べるようになった1回転ジャンプはサルコウだった。選手それぞれに得意なジャンプ、不得意なジャンプがあるものの、「サルコウが苦手」という人はあまり見たことがない。サルコウはバランスを崩したり転んだりといったリスクが少なく、コンビネーションジャンプとして演技に組み込みやすかった記憶がある。

サルコウを跳ぶ前の姿勢

③ ループ
 進行方向に対して後ろ向きに右足で滑り、そのまま右足でジャンプする。左足は前側に添えるようにする。ジャンプの中で唯一、右足だけで踏み込みから着氷までを行うため、右足の筋力が問われるジャンプだ。フィギュアスケートは実は持久力が必要で、演技を終えると息も絶え絶えということも多かった。演技の後半にループを跳ばなければならない時は「もう右足は使いたくないのに…」と、もつれる右足をなんとか動かしていた。

ループを跳ぶ前の姿勢

④ フリップ
 「トウループと同じ動きで、足の左右を入れ替えたジャンプ」とイメージすると分かりやすいかもしれない。進行方向に対して後ろ向きに、左足で滑走し、右足のトウを氷についてジャンプする。跳び上がりから着氷まで軸足が右足のまま変わらないため、トウループと比べると、バランスを崩したり、軸がぶれたりしにくいジャンプだ。

フリップを跳ぶ前の姿勢

⑤ ルッツ
 飛ぶ前の姿勢や使う足の組み合わせはフリップとよく似ているが、スケート靴の刃(エッジ)のどちらに重心をかけているかが異なる。エッジの内側を「インサイドエッジ」、外側を「アウトサイドエッジ」といい、フリップはインサイドエッジに重心をかけて踏み切るのに対し、ルッツはアウトサイドエッジに重心を置いて跳び上がる。

ルッツを跳ぶ前の姿勢

⑥ アクセル
 フィギュアスケート経験があると話すと、「アクセルはできるか」と質問されることが多い。最もなじみのあるジャンプなのだろう。アクセルはジャンプの中で唯一、進行方向に対して前向きに踏み込むため、ほかのジャンプよりも回転数が半回転分、多くなる。例えば「シングルアクセル」は1回転半、「ダブルアクセル」は2回転半となる。左足で踏み込み、両腕と右足を上に振り上げることで高さを出し、滞空時間を長くすることがポイント。

アクセルを跳ぶ前の姿勢

 6種類のうち最も基礎点が高く、難易度が高いとされるのがアクセル。高得点を狙い、試合では多くの選手がダブルアクセル、トリプルアクセルに挑む。
 今回の五輪の見どころの一つが、羽生結弦選手の4回転アクセル。空中で4回転半を回る大技だ。昨年末の全日本選手権で挑戦した際は、回転が足りず両足での着氷。惜しくも成功させることができなかった。選手が公式試合で4回転アクセルに成功した例はまだなく、成功すれば人類初の快挙になる。羽生選手のチャレンジ、生中継が今から楽しみだ。

2021年の全日本選手権で4回転半ジャンプに挑戦する羽生結弦選手

▷芸術性も楽しむと、より観戦が楽しく
 ジャンプやスピンを中心に技の種類やルールを紹介したが、細かい部分まで完璧に把握しなくても、フィギュアスケートの観戦は十分に楽しめる。

 フィギュアスケートは採点競技で、技の成功・失敗で単純に得点が決まるわけではなく、審査員それぞれの感じ方の違いが得点に反映されるのが特徴だ。テレビ中継やインターネット配信で競技を観戦する私たちも、「この選手は滑りがしなやかで美しい」「この振り付けは、曲の雰囲気をよく表している」「音楽と体の動きがぴったりと合っていて、見ていて楽しい」など、自分なりに好きなポイントを見つけながら、芸術を鑑賞する感覚で観戦するだけでも十分に楽しむことができる。

2021年の全日本選手権で演技する坂本花織選手

 例えば、北京五輪女子日本代表の坂本花織選手は、優雅で穏やかな表情を作るのがうまいと感じる。いくつもの技をこなした演技終盤はかなり疲弊した状態のはずだが、それを感じさせない、余裕のある表情を浮かべ続けるのはさすが。

2021年の全日本選手権で演技する樋口新葉選手

 樋口新葉選手は演技の節々で見せる明るい笑顔や、見る人を元気づけるパワフルな身のこなしが魅力的だと感じる。期待の新星、河辺愛菜選手の魅力は、手足を大きく使って振り付けをダイナミックに見せている点や、りんとした表情。ジャンプの回転速度が速いのも強みだと感じる。

エキシビションで演技する河辺愛菜選手

 今回の北京五輪には出場しないが、同じく女子シングルスの紀平梨花選手や本田真凜選手は、柔らかくしなやかなスケーティングに加え、軽やかな身のこなしが魅力で、演技を始めた瞬間、リンクがぱっと華やかになる選手だ。

 今回紹介した技の種類やルールをざっと把握した上で、選手ごとの滑りの特徴や、魅力的だと感じる点など、自分なりの注目点を持っていると、観戦の面白さがグッと増すはずだ。