subtitle

 第10回NHK講座は、京都放送局の技術カメラマン、林克明さんを講師に迎え、「カメラマンの仕事 ~映像で表現するということ~」と題して、お話を伺った。林さんは、大学時代は音響を勉強してきたが、初任地の佐賀放送局で表現者としてのカメラマンの仕事に興味をおぼえ、この道に進もうと思ったそうだ。きょうの講座では、カメラマンとはどんな仕事なのか、そして映像で表現することの面白さとそれに伴う大変さなどを、林さんが実際に撮影した番組を見ながら解説していただいた。

 林さんは、普段は戦争番組を見ない人にも見てもらえるよう、視聴者の心に印象的に残る番組作りをしたいと、昨年の夏に『幻の甲子園』という戦争特番を撮影・制作した。この番組は、戦時中のため朝日新聞主催の甲子園大会が中止となった年に、戦意高揚のため文部省が国策として開催した、まぼろしの大会を取り上げたものだ。

 この番組で使った映像は、戦時中の資料映像、当時の選手たちのインタビュー、再現シーンという3つの大きなシーンに分類される。林さんは、視聴者に当時の雰囲気を「リアル」に感じてもらいたいと、昔の映像と今の映像を組み合わせても興ざめせずに見られるよう、映像の設計を試みた。それは、まぼろしの試合の再現シーンを、ハイビジョンカメラで撮ったクリアな映像で表現するのではなく、あえて当時の雰囲気を伝えるために古ぼけた映像になるように撮影したのだ。

 映像のリアルさとは、視聴者の気持ちの中でいかにリアルに再現されるかだと、
林さんは指摘した。そして、いい映像はナレーションをつけなくても、映像そのものが喋ってくれ、見る人に伝えてくれるのだという。そして、映像のその向こう側にあるものを伝えていくことを林さんは目指しているそうだ。

 林さんは、これまで多くのドキュメンタリー番組でカメラをまわしている。ドキュメンタリーには番組の概要が書かれた提案書はあるが、台本はない。現場では何が起きるか分からないし、感動的な場面が撮影できる保障はまったくない。撮影現場に行ってから、はじめて何を撮るか見つけなくてはならないのだ。それは大変なことではあるが、カメラマンとして一番面白いことでもあるそうだ。

 ドキュメンタリー番組では、撮影を始めた時から、「これが無いと番組にならない」番組を象徴するシーンを探し続けて撮影しているという。『にんげんドキュメント 14歳の職場体験』では、林さんたち撮影クルーは美容院で職場体験する中学生たちの姿を追っていた。しかし撮影3日目の夜までは、決め手になるシーンが撮れずにいた。その晩、美容師の大会出場に向けて練習に取り組む大人たちの真剣な目つきに刺激を受けて、これまで殆ど変化が見られなかった中学生たちの顔つきががらっと変わるシーンが撮れた。この時、これは番組の核となるシーンになると確信したそうだ。

 いいシーンに出会うことが出来ても、そのシーンをカメラマンがどう撮影するかによって出てくる映像は全く違ったものになっていく。例えば、中学生の顔つきががらっと変わったシーンでは、大人の美容師たちの真剣なまなざしと、それを見つめる中学生の顔の表情が全てを物語っていた。だから、林さんは美容師さんの目と中学生の顔のアップを交互に撮ることで、そのシーンを映像で表現していった。どのシーンを、どのサイズに切り取るかは、カメラマンの腕にかかっている。この場面ではナレーションが一度も入らなかった。映像そのもので表現できるシーンを撮影して、初めてシーンが「撮れた」といえるのだそうだ。

 そして、いいシーンが生まれたときに、それをそのまま撮影するためには、カメラマンと取材先とのいい関係性が出来ていることが肝心なのだと、林さんはいう。実際に教室で再現してくれたように、テレビカメラで撮影すること自体、とても非日常的な空間になってしまう。そんななか、いかに自然体で喋ってもらうかは、撮影しているカメラマンが取材者と信頼関係をいかに築けるかが大切となってくる。林さんが制作・撮影した『カメラマンシリーズ チヅさんの駅前 ~東京・新橋駅~』では、取材者との信頼関係が出来たからこそ撮影できた番組の好例だ。今でもチヅさんとはお昼を食べたりする関係が続いているという。

 林さんが新米カメラマンだった頃、取材内容に自信が持てず、「撮影するのは先輩のほうがいいんじゃないか」と弱音を吐いたとき、音声担当の先輩から、「それならカメラマン辞めたほうがいいよ」と言われたことがあるそうだ。カメラマンは「これは自分が撮りたい!」という強い気持ちがないと、放送に使える映像は撮れないからだ。カメラマンは、その場で感じたことを切り取って伝えるのが使命。それができないのなら存在価値はないのだという。取材では撮影したテープが全てで、画面には撮った映像と音声しか出て行かない。取材先に一番近い場所にいるカメラマンが何を切り取るかで番組が変わってくる。今回の講座では、林さんから、カメラマンの仕事の醍醐味を存分に教えていただいた。


pic2

林 克明(はやし かつあき)
NHK京都放送局技術部カメラマン 

 兵庫県出身。静岡大学の工学部で音響工学を学び、その後九州芸術工科大学で音響設計を学ぶ。1999年NHK入局。佐賀放送局の番組技術部に所属。2000年よりカメラマンを中心に仕事を始め、2005年より東京・制作技術センターに所属。2009年より京都放送局の番組技術部に所属し、現在に至る。主な仕事は「プロフェッショナル 仕事の流儀」、「カメラマンシリーズ チヅさんの駅前 ~東京・新橋駅~」、「夏の『戦争と平和』関連番組 夏の甲子園」など。



stu1

産業社会学部2回生
檜垣知也さん

 今日初めてカメラマンの人から話を聞き、カメラマンに対する意識が変わった。今までは、カメラマンは上から言われたとおりに撮影しているだけだと思っていたが、カメラマンが自分の判断で撮影していることが分かった。自分が撮りたいものを自発的に選んで動いていることが、凄いと思った。これからテレビを見るときは、このカメラマンはどんな気持ちで撮影していたのかなということも気にして見るようになると思う。

stu2

産業社会学部1回生
吉川綾乃さん

 「カメラマンの仕事は、自分が感じたことを責任もって切り取ることだ」とか「私たちが映さなければ誰が映すんだ」という言葉など、林さんが仰っていた言葉の一つ一つに重みを感じた。カメラマンのそういう強い思いで、ドキュメンタリー番組は成り立っているのだと思いながらお話を聞かせてもらった。カメラマンの仕事はただ撮っているだけではなくて、実はとても責任があるジャーナリスティックなものだと感じた。自分自身も写真部なので、今日のお話はとても役に立ったし、面白かった。

このホームページに含まれるいかなる内容も無断で複製・転載を禁じます。
home