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太宰治を殺したのは「所得税」だった!? 太宰を追いつめた「莫大な税金」の金額とは

炎上とスキャンダルの歴史


1948年(昭和23年)6月、愛人と入水自殺を遂げた作家・太宰治。その理由についてはさまざまな議論があるが、実はこの年、太宰のもとには莫大な税金の通知書が届いていた。太宰は泣き、「自分のように毎日、酒と煙草で莫大な税金を納めているものが、この上、税金を納めることはない」とダダをこねたというが、どのような納税状況だったのだろうか?


  

■「酒とタバコで莫大な税金を納めているのに…」所得税に絶望した太宰

太宰治(「太宰治の生涯」毎日新聞社 1968)

 太宰治のもとに、武蔵野税務署から一通の手紙が来たのは1948年(昭和23年)2月末のことでした。彼の妻、津島美知子による『回想の太宰治』によると、封筒には「前年の所得金額を二十一万円と決定したという通知書と、それにかかる所得税額十一万七千余円、納期限三月二十五日限りという告知書」が入っており、太宰夫妻は驚愕しました。当時の1円=現在の10〜100円程度でしょうか。

 

「太宰は税務署からの通知書を前に泣いた。そのころ、心身ともによほど弱っていたのだと思う」という美知子ですが、結局、毎晩飲み歩いたことで、収入のほとんどすべてを蕩尽していた太宰は税金を納めぬまま、この年の6月、愛人の山崎富栄とともに玉川上水に飛び込んで死んでしまいます。

 

■「貯金や保険は絶対しない主義」だった

 

 太宰は妻の美知子にも「貯金や保険は絶対しない主義」と公言し、彼女もこの時まで「税金を納めた記憶がない」のでした。太宰は原稿料や印税を自分ですべて管理していました。

 

 つまり、妻の監督をうけぬまま、太宰は収入の大半を飲み代、タバコ代、クスリ代などに浪費しており、もう11万円も残っていないと泣きながら「自分のように毎日、酒と煙草で莫大な税金を納めているものが、この上、税金を納めることはない」と子供のようにダダをこねるだけでした。

 

 太宰がこの調子で役にたたないので、美知子が、生まれたばかりの赤ん坊を背負いながら飯田橋の国税局に通い、「執筆には莫大な経費が(酒や煙草などで)かかった」という申告を太宰の代わりにさせられました。

 

■太宰を絶望させた税務署職員の一言

 

 個人事業主であるはずの作家・太宰が税金の支払いをせずにこれまで済んでいたのは、確定申告という制度が、当時、まだ日本にはなかったこともあり、原稿料から源泉徴収分を天引きされていた程度で所得税も賄えていたからだと推測されます。

 

 しかし、47年(昭和22年)の税法改正で、所得税の支払いに申告納税制度が導入されました。48年(昭和23年)131日までに、いわゆる確定申告を行わねばならなかったのですが、それを太宰は怠っていました。それゆえ、サラリーマンのように収入=所得として扱われ、収入の約半分に当たる117千円もの所得税がふりかかってきたわけです。

 

 美知子が税務署への対応に冷や汗をかいている最中、太宰は山崎富栄の部屋に入り浸って、『人間失格』の執筆に勤しんでいましたが、税務署から職員の来訪を受け、二人きりで何かを語り合った後の614日、太宰は富栄と入水自殺を遂げてしまいました。

 

 一説に富栄から無理心中をもちかけられたともいわれますが、それ以上に太宰の死には税務署職員から浴びせられた「税金は安くできません」というような一言が、自殺決行の要因だった気もします。

 

■大宰の死後も税務署と交渉した妻・美知子

 

 持病の結核の悪化と、過密すぎる執筆スケジュールをこなせなくなってきたところに、多額の税金支払いが課され、ノイローゼ気味だった太宰の中から生きる気力が一気に蒸発、消えてなくなったのではないでしょうか。

 

 太宰の死後も、美知子は懸命に税務署と交渉を続け、納税額を117千円から10万円ほどに減らしてもらえたそうです。一説に『斜陽』執筆の取材料として、ヒロイン・かず子のモデルとなった太田静子には、約束通り太宰から1万円が支払われたようですが、美知子はこれを経費として申告できたのでしょうか。

 

『回想の太宰治』という手記を残した美知子ですが、税金の苦労については赤裸々に語るものの、本来ならそれ以上に彼女を悩ませていたはずの太宰の愛人問題については一行も書いていません。正妻の誇り……あるいは怖さを感じてしまうエピソードです。

 

画像出典:国立国会図書館「近代日本人の肖像」(https://www.ndl.go.jp/portrait/)

 

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堀江宏樹ほりえひろき

作家・歴史エッセイスト。日本文藝家協会正会員。早稲田大学第一文学部フランス文学科卒業。 日本・世界を問わず歴史のおもしろさを拾い上げる作風で幅広いファン層をもつ。最新刊は『隠されていた不都合な世界史』(三笠書房)、近著に『偉人の年収』(イースト・プレス)、『本当は怖い江戸徳川史』(三笠書房)、原案・監修のマンガに『ラ・マキユーズ ~ヴェルサイユの化粧師~』 (KADOKAWA)など。

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