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源義経の天才的な軍略は鞍馬天狗から授けられたものなのか?

鬼滅の戦史74


昭和の名作映画などで知られる鞍馬天狗。その元の姿は、文字通り、鞍馬に住む大天狗のことであったとか。NHK大河ドラマで天才的な軍略を発揮する義経だが、その兵法を学んだのも、この大天狗からであったとも伝えられている。果たしてその真相とは?


黒頭巾姿の異質なヒーロー

鞍馬山で天狗に兵法を学んだとされる義経。『舎那王於鞍馬山学武術之図』月岡芳年筆/都立中央図書館特別文庫室蔵

 鞍馬天狗といえば、黒頭巾(ずきん)姿の怪剣士ヒーローである。剣士といいながらも、拳銃片手に悪を懲らしめるというその雄姿、今もしっかり目に焼き付けておられる方も少なくないだろう。

 

 元々は、大佛次郎(おさらぎじろう)が著した時代小説として発表されたものであったが、世の多くの人々にとって印象に残っているのは、「アラカン」こと嵐寛寿郎(あらしかんじゅうろう)演じる映画『鞍馬天狗』シリーズであるに違いない。昭和前期の世代、あるいはそれ以前の人たちにとってヒーローといえば、何と言っても鞍馬天狗だったからである。

 

 これを演じた役者も数知れないが、嵐寛寿郎演じる『鞍馬天狗』が何と言っても圧巻。彼が演じた映画だけでも実に46本を数えるというから、凄まじい人気ぶりである。シリーズによって内容が異なるが、人気だったのが、幕末の勤皇(きんのう)の志士が跋扈(ばっこ)する京の都で、倒幕に加担する浪人として活躍する鞍馬天狗。新撰組の近藤勇との対決も、期待されたものであった。

 

鞍馬天狗とは、鬼一法眼こと鞍馬山僧正坊?

 

 それにしても、小説や映画に登場するこの鞍馬天狗像、なぜか名前の印象からは大きく離れ、天狗らしさは皆無。名前だけから推察すれば、「鞍馬に住む天狗」としか受け止められないからである。アラカンの黒頭巾姿の鞍馬天狗像と、鼻の長い妖怪としての天狗像、どう見ても同じようには見えないはずである。

 

 実は名前は同じとはいえ、小説や映画に登場する鞍馬天狗と、それ以前に流布されてきた鞍馬天狗とは、全く異なるものだったからである。

 

 以前の鞍馬天狗とは、鞍馬山の奥に位置する僧正ヶ谷(そうじょうがたに/京都市左京区北西部)に住む大天狗のことであった。別名、鞍馬山僧正坊。実は、かの牛若丸こと源義経に兵法を伝えた(あるいは剣術を教えた)という鬼一法眼と同一視されることもある御仁だったのだ。

 

 室町時代に制作された能の演目『鞍馬天狗』が、まさにその実像に近いものとして演じられた。ただし、それは元服前の牛若丸だった頃のお話であったということを頭に止めておいていただきたい。

 

 注目すべきなのが、南北朝時代あるいは室町時代初期に記されたという軍記物語『義経記』である。そこには、元服後の義経と鬼一法眼(きいちほうげん)との駆け引きが生々しく記録されているからだ。ただし、この鬼一法眼と前述の鞍馬の大天狗(僧正房)こと鞍馬天狗がどのような経緯で同一視されるようになったのかは謎。

 

 元服前後と時代が異なるにも関わらず、この三者(鞍馬天狗、鞍馬僧正房、鬼一法眼)が同一視されることが多いのだ。ともあれ、ここでは『義経記』に記されたその情景について見てみることにしよう。注目すべきは、巻第2の「義経鬼一法眼が所へ御出の事」である。

 

鬼一法眼の娘・皆鶴姫と情を交わした上で、兵法書『六韜』を盗み出させようとする義経。『三鬼一法眼略巻』歌川豊斎(歌川国貞(3世)筆/都立中央図書館等区別文庫室蔵    

娘を籠絡する邪な男だった?

 

 奥州から京の都に戻った義経が、一条堀川の園城寺法師(おんじょうじほうし/あるいは陰陽師法師)の鬼一法眼が秘蔵する兵法書『六韜』を盗み出そうとする場面である。ここに登場する鬼一法眼とは、悪事を好むならず者を妹婿にしているようなくせ者で、かつ傲慢な者であった。しかし、文武二道の達人であったというから、義経にとっては気になる存在だったに違いない。何よりも、太公望(たいこうぼう)が撰したというその兵法書を手に入れたいと、切に願っていたからだ。

 

 もちろん、鬼一法眼にとっても、これは秘蔵すべき貴重な書。やすやすと小僧に渡してなるものかと、応じる気配がなかった。

 

 そこで義経が一計を案じたのが、法眼の娘皆鶴姫と情を交わした上で、これを盗み出させようというものであった。

 

 義経の伊達男ぶりが功を奏したものか、見事娘を籠絡することに成功。その後の義経の娘への言い草が、何とも辛辣であった。何と、「親父に俺との関係をバラされたくなかったら、兵法書を盗み出してこい」というのである。義経に首ったけの娘はこれを拒むことができず、あっさりと盗み出して義経に差し出してしまうのであった。

 

 これを知った法眼が、怒ったことは言うまでもない。密かに計略を用いて義経を討とうとするも、その企みをも娘が義経に告げたことで、無事逃げきることができたのであった。

 

 ともあれ、見事兵法書を手に入れた義経が、武芸の仕上げとしてこれ(特に「虎の巻」)を活用したことはいうまでもない。小兵でありながらも、豪胆かつ素早く動き回るといった義経らしさも、この甲斐あってのことだったのかもしれない。

 

 ただし、ここに記されたように、義経が本当に鬼一法眼から兵法を学んだのかどうかは定かではない。舞台が鞍馬でないというのも気になるところ。本当に鬼一法眼が、鞍馬山僧正坊及び鞍馬天狗と同一視していいのか、疑いたくなってしまうのだ。

 

 加えて、義経が兵法書を手に入れるために娘を籠絡したというところなども、これまで流布されてきた「無粋なまでに一途」な義経像とはかけ離れたものだっただけに、疑いたくなってしまうのである。

 

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藤井勝彦ふじい かつひこ

1955年大阪生まれ。歴史紀行作家・写真家。『日本神話の迷宮』『日本神話の謎を歩く』(天夢人)、『邪馬台国』『三国志合戰事典』『図解三国志』『図解ダーティヒロイン』(新紀元社)、『神々が宿る絶景100』(宝島社)、『写真で見る三国志』『世界遺産 富士山を行く!』『世界の国ぐに ビジュアル事典』(メイツ出版)、『中国の世界遺産』(JTBパブリッシング)など、日本および中国の古代史関連等の書籍を多数出版している。

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